Ⅱ パーティチェンジ
なんとかガラテアたちを撃退できたオリン達は引き続き宿を探す。
民衆は警戒して、オリン達を遠巻きにして見ながら足早に立ち去って行った。
人が散ったところで、
「ごめんね、オリンちゃん。あたしはここで引くしかないみたい」
ユナが手を合わせて、首をちょっと傾けた。
おねだりするときの得意のポーズだ。なんだか妙だと思ったら、ディールに何やら合図を送っている。
「俺もここで引かせてもらう」
ディールが女王の護衛を買ってでる。
ユナとディールは、ふたたびラキエルの迷宮を抜けて、ルベドラール城に戻るという。
「アレクシスが直々に動いているとわかった以上、俺達はここで引くしかない。すまぬなオリン」
有無を言わせない凄みを漂わせてディールは謝った。
「どうして」
不満そうな顔をするオリンにサウルが云う。
「イリュリースの女王であるユナ様とルートヴィナの王族であるアレクシス様が直接剣を交えるわけにはいかぬということです」
敵にも様をつけるのは、サウルの性格か。
オリンが慌てて止めに入った。
「ちょっと待ってくれよ。いくら迷宮を抜けたといえ、今度はあいつらに狙われるんだろ。サウルとオレだけだなんて、無謀すぎる。殺されちゃうよ」
「それはわたしがなんとかしましょう」
聞き覚えのある声がしてオリンは弾かれたように振り返った。
「ユクト! どうしてここにいる」
オリンは息をのんだ。
「助太刀に来ました、といいたいところですが、偶然ですよ」
んな都合のいい話があるか、とオリンは、納得しない。
サウルがオリンの隣に来て耳元でささやいた。
「どなたですか?」
「ユクトは、――オレのおにいちゃんだよ」
「嘘をおっしゃい。わたしはオリンの弟、ユクトです。すみません。事情を知っているあなたたちに嘘などつく必要はないのですが、この人は嘘をつく癖がついているんです」
ユクトがオリンを小突きながら、サウルに会釈する。
「で、ユクトはどうやってここまで来たんだよ」
「もちろん、ダンジョンを抜けてです。手こずりましたが、なんとか無事に通過できました」
「まさか一人で来たわけじゃないだろ。誰と一緒に来たんだ」
「ヒルキアですよ」
「ヒルキア? なんでまたあんな奴なんかと」
顔色を青くしたり赤くしているオリンを前に、ユクトは穏やかに笑みを浮かべるだけだった。
「よく喧嘩せずにこれたな」
オリンは天を仰ぐしぐさをした。
「あいつが仲間に? 信じられない。裏切られるんじゃないか」
などと、とにかくもう、ひどい言いようである。
「じゃあ、急ぐから」と言い残し、ユナとディールはふたたび迷宮へと消えていった。
「あいつら、ふたりだけで大丈夫かな」
彼らには彼らの役割があるのだ。それがわからないオリンでもないのだが、ディールの何事にも屈しない強さはやはり魅力的だった。
ラダティムールだけでなくディールも抜けて、大幅に戦力ダウンである。
(まぁ、いいかユクトがいるし)
ディールとは違った意味で、ユクトは頼りになる。力以外で解決する方法をユクトが探してくれるだろう。
***
ユナ達を見送った後、オリンは改めて残されたメンバーを見直した。
「ユクトとサウルか」
面子としては不満はない。だが、ここにヒルキアが顔を並べると思うとげんなりした。
だが、戦力としてはアテにできる男だ。ガラテアのイスカリオンを思い出すだけで身震いする。
ここはくやしいが、ヒルキアに加わってもらうしかないだろう。
ユクトがきょろきょろして周囲を見回した。
「ラダティムールはどうしました?」
「ああ、あいつは、ラキエルの迷宮に置いてきたよ」
明るくオリンはいう。
「置き去りにしたのですか!?」
めずらしくユクトが動揺をみせた。
「ひどい。置き去りなんて、そんな非道なこと、よくできましたね」
ユクトの声が震えている。
「みそこないましたよ、オリン。ラダティムールにだけはやさしくできる子だって信じてたのに。それをも裏切るとは」
弟に詰め寄られて、オリンは慌てて取り繕った。
「大丈夫だよ。ええと、あいつの親、というかおじいちゃんみたいな竜がいて、そいつにあげちゃった」
「あげちゃった!?」
「だって、おいてけっていうんだもの」
「おいてけと言われて、家族の一員を置いてくるのですか。兄さんは」
「ドラゴンだもの。ドラゴンと一緒にいたほうがいいのかと思って」
「ラダティムールは納得していたのですか」
「しらないよ。あいつ無口だもの」
「本人の同意も得ず、勝手に決めて。……いいでしょう。いつかあなたにきた縁談をわたしが勝手に決めてさしあげますよ。好きでもない相手と結婚しておしまいなさい」
一部始終、見守っていたサウルが、最後に問うた。
「ラダティムールって雌だったのか?」
しばらくして、ヒルキアが戻ってきた。
ディールほどではないが、背が高くがっしりした体形の男が、重そうな大剣を肩に担いでいる。
サウルは穏やかさを保ちながら、するどくヒルキアを観察した。
筋骨たくましく、なかなかの手練れにみえた。年齢はユクトより三つほど年上に見えた。
「もうすぐ死ぬ死ぬ言ってたわりには元気そうじゃないか」
オリンをみて、ヒルキアがへらへら笑う。
ヒルキアは剣士とは思えないほどに、けばけばしい身なりの男だった。魔法対策と思われるアミュレットが胸当てを飾っている。
金だけかけた感じの装備品だ。しかも、これじゃ「魔法に弱い」と言いながら歩いているようなものだ。
もし隠密行動でこの「いでたち」ができるならば、ある意味、大物かもしれない。
オリンは顔をしかめた。
ディールともウマは合わなかったが、ヒルキアはその比ではない。ディールは無償でオリンを守ってくれるが、ヒルキアは金を払ってもオリンを売り飛ばしそうだ。
だが、ヒルキアが敵視しているのはあくまでユクトであって、オリンはその憎しみの付属品でしかなかった。そこがまたオリンが気に食わない理由の一つだった。ただのライバルとは言い切れない関係が、ユクトに対する執念めいたものが、ヒルキアにはあった。その執着の正体をオリンはまだ知らない。
いずれにせよ、この兄弟とヒルキアは自他ともに認める犬猿の仲であった。
その仇敵のような奴を伴って、たった二人でラキエルの迷宮を抜けてくるとは、リンディスの人材不足問題も深刻である。オリンはユクトの顔をちらっとみた。
ヒルキアに助太刀を頼むほどにリンディスには人材がいないのか。それともオリンとユクトに人望がないか。
オリンは失笑した。少なくともユクトに人望がないとは思えない。
今のリンディス王国には英雄や賢者と呼ばれる存在がいない。
もう数年待てばレメクが頭角を現すかもしれない。ユクトの聡明さもなかなかのものだが、心が優しすぎる。リンディス王家にカリスマ性があるわけでもない。
サウルやディール、そして女王ユナ。イリュリースと比べるとどうしても見劣りする。
追放された国とはいえ、リンディスの行く末が危ぶまれるオリンであった。
「これからどうする?」
ヒルキアとオリンが同時にユクトに訊ねた。妙なところで気があってヒルキアとオリンは互いにぞっとした。
「レデレンシアの本拠地、シャムガルを目指します」
ためらいなくユクトは断言した。
***
一行は、ユクトとヒルキアが拠点としていた宿屋の一室に入った。
「ここからは、大切な話になります。特にオリン、しっかりきいてください」
ユクトは念を押した。
「まず、オリン。あなたについてです」
「て、手短に頼むよ」
「アルヴィース、シャランダールなどの魔剣が今、我々の手元にありますが、ここで一度、魔剣の基本を振り返ってみたいと思います」
一同はうなずいた。
「魔剣所持者は魔剣を装備するために、魔剣と契約します。その契約には、人間のある臓器が触媒にされます。男性の場合は、心臓が媒体となります。魔剣と契約者をつなぐ魔法の結晶、これをクロウリーチェインと呼びます。つまりサウルの心臓には魔剣アルヴィースとの契約の証となるクロウリーチェインが刻まれているということです」
サウルが胸をおさえて、うなずく。
「魔剣の装備は所持者本人が死ぬか、ルーンスレイザーの技を受けて、外すしかありません。それが魔剣との契約、クロウリーチェインの特徴といえるでしょう」
「魔剣にはそんな制約があったのか」
ユクトの言葉に驚きを隠せないヒルキアが唸った。
「オリンはシャランダールと契約をしています。本来、オリンの心臓にはシャランダールのクロウリーチェインが刻み込まれているはずです。しかし、オリンにはもう一つ、クロウリーチェインがあるのです。それがセイラムクルスの結晶」
「セイラムクルス?」
ヒルキアが口を挟む。ユクトはゆっくりと説明を始めた。
「セイラムクルスは時間を司る魔法です。オリンはシャランダールを手にしたとき、セイラムクルスを発動していたのです」
「あれはダークロア級の魔法だ。あの頃のオレならば、造作もなく使える魔法だった」
オリンは得意げに胸を張った。ユクトとサウルは苦笑いを浮かべるでもなく、真剣なまなざしでうなずく。
「セイラムクルスやダークロアなどの魔法は詠唱中に術者の全身に、魔剣装備時と似た現象、クロウリーチェインを組成します」
「あのときのシャランダールは、サビまみれの古びた剣だった。封印を解くためにセイラムクルスの魔法で、シャランダールの時を巻き戻そうと考えた」
オリンは記憶をたどった。やはり、あの場面ではああするしかなかったと思えた。
「そのセイラムクルスの発動中にシャランダールの封印がとけ、オリンと即座に契約したことにより、セイラムクルスの詠唱が中断されました。結果、シャランダールのクロウリーチェインとセイラムクルスのクロウリーチェインが同時にオリンの体内に発現したのです。この二つのクロウリーチェインがねじれ合って、クリスタルメビウスを生成しました。このクリスタルメビウスこそ、オリンの短命の原因」
ユクトに代わりオリンが云う。
「そしてセイラムクルスもまた本来であれは時を循環させるものだ。たとえば、人や空間に対して、時間の流れを巻き戻したり、早めたりできる。具体的にいうと、空間に作用すれば、未来へ行ったり、過去へ戻ったりできる。遺跡の攻略時などに使われることもある。一方、人に作用すれば、若返ったり、老いたりする」
ごくまれにセイラムクルスの結晶が、ダンジョンの報酬アイテムとして出現することがある。時間を操作して、ダンジョンを攻略するという上級技として知られている。
「オリンの場合は、そのセイラムクルスが心臓部にて結晶化してしまいました。その瞬間、十一歳の年齢で、時が止まってしまったのです。これが、オリンの不老の秘密です」
ユクトは、辛辣な表情で、オリンをみた。
「オリンにかかる負担を軽減するために聖地ロアナにシャランダールを預けましたが、その判断は誤りでした。早急に、クリスタルメビウスと化したクロウリーチェインを破壊する必要があるのです」
「つまりシャランダールの装備をはずせれば、オリンは助かるということか?」
サウルが問いかける。ユクトは首を横にふった。
「もはやシャランダールのクロウリーチェインだけを解除することはできません。オリンの心臓部でセイラムクルスの結晶と結合して、絡み合っているからです」
暗い表情をする一同をみて、ユクトは力強く語った。
「ですが、クリスタルメビウスとクロウリーチェインの解除の方法は同じなのです。つまりルーンスレイザーで心臓に衝撃を加えることでクリスタルメビウスも破壊可能なのです。
ルーンスレイザーをもってすれば、シャランダールのクロウリーチェインごと、セイラムクルスの結晶も砕け散ることでしょう」
「そのルーンスレイザーが使えるのが、レデレンシアのアレクシスというわけか」
ヒルキアは組んでいた腕をほどいた。
オリンはこれまで思い悩んできたことを洗いざらい白状することにした。
「ルーンスレイザーは、クロウリーチェインだけでなく、魔剣そのものを破壊してしまう可能性があるのだろ?」
「はい。こればかりは運ですので、なんとも言えませんが、シャランダールは砕け散ってしまうかもしれません」
ユクトは、オリンを見つめて、やがて目をそらした。
「もちろん、契約者のほうを死に至らしめてしまう可能性もあります」
「オレもシャランダールも消えてしまう可能性があるということか」
「はい。五分五分かと」
凍結してしまった時の流れが戻り、魔剣から解放される。
その代償としてシャランダールを失うことになる。
あのおしゃべりな魔剣を犠牲にして、助かろうとするのは見苦しいことだろうか。
自分の命を惜しむことはそんなに格好悪いことか?
オリンは、苦しんできたからこそ、この命に執着する。だが、オリンはこの場では答えなかった。
「オリンに関しては以上です。次に……」
「ええ、まだあんの?」オリンがうんざりした顔をした。すでに長い間話し込んでいる気がする。
「いえ、まだです。ここからはレデレンシアに関してです」
ユクトは服の裾を払いながら、改めて姿勢を正した。
「レデレンシアに関する噂ですが、彼らは地の不利の欠点を補うために、空の交通手段として、ハコブネなる飛空艇を製造しているらしいのです」
「飛空艇って?」
「空を飛ぶ軍用艦ですよ。どのくらいの規模かはまだわかりません。わたしたちの目的はそのハコブネの調査および破壊です」
「なぁんだオレのために来たわけじゃなかったのか」
「どちらも重要な任務です」
ユクトは真剣なまなざしを兄にむけた。
「任務って」
オリンは、肩をすくめた。兄のことも案件のように理路整然と説明するあたり、ユクトの性格をうかがわせた。やさしいからこそ、あえて事務的に進めないとユクトの心がもたない。彼なりの防衛本能なのだ。
「あーあ、疲れた」
オリンはあくびとともに伸びをした。
「おまえ、弟がこんなに必死になっておまえのことを調べたのに、その態度はないだろ」
誰のためにこんなに長々と話し込んだと思っているんだと、ヒルキアだけでなくサウルも呆れ顔である。まぁ、オリンはこういう奴だ。すぐに彼らの方が折れることになる。
「話をまとめると――」
オリンがポンと膝を叩く。
「ハコブネとやらを破壊して、アレクシスをキレさせて、ルーンスレイザーを打たせてクロウリーチェインをはずしてもらえれば万々歳ってところだね」
「ちなみに今現在、ルーンスレイザーを使うことができる人物は三人ほど確認されています」
「ちなみに誰なの?」
オリンは興味津々である。
「ダルティーマの皇帝オルドス、その妻レーシャ。そしてアレクシスです」
「レーシャってあの、お妃さまか」
つい先日会った人物だ。そのときにすべてを知っていれば、強敵アレクシスに挑まなくて済んだかもしれない。
いまさらわかったところで、あのダルティーマの魔女が、おいそれとオリンのためにルーンスレイザーを死なない程度に加減して放ってくれることはなかったろう。
「良かったじゃないか。目的がはっきりするというのは気分がいいものだな」
ヒルキアが肩を叩いてくる。
「そう都合よくいくかな」
オリンの顔色は冴えない。
「アレクシスって強いんだろ? なんだか全滅しそうな予感しかしない」
「全滅してもいいですよ。あなたの呪いがとけるならば」
真顔でさらりとこういう台詞を言えるのはさすがユクトだった。怒らせると怖いタイプだ。捨て身で挑んでくる。
「わたしもそう思うぞ」
サウルが力強く同意する。ヒルキアはそっぽをむいている。
「無茶いうな。オレがいやだよ」
オリンは、仲間と心中する気などさらさらないと言い切った。もうすぐ命が尽きてしまうかもしれないオリンとて、死ぬのは御免だと思っているのに、健康で元気な連中ほど、命を粗末にしたがる。
「あとで、シャランダールと話す時間をくれよ」
オリンは力なくぽつりとつぶやいた。