Ⅰ ガラテア強襲
ラキエルの迷宮を抜けた一行は、ルートヴィナの最南端に位置する、エフタの街に到着した。
ラダティムールが離脱したことで、戦力は激減した。ディールとサウルの剣が頼りだった。
サウルは魔剣アルヴィースの所持者である。このアルヴィースは数年前カルナードのダンジョンで手に入れたものだ。
オリンも同じダンジョンでメイススクリプタを拾った。
もちろんアルヴィースは拾ったわけではなく、それなりの試練をこなして、手に入れたものである。
情勢の安定しないイリュリースでは、魔剣をふるう機会が多かったのだろう、サウルは魔剣を
十分に使いこなしているようだった。クィヴィニアという見習うべき手本がそばにあったからともいえる。
街に入るとサウルは安堵からか、片膝をついた。ダンジョンではかなりの距離を歩かされた。
勾配もある道だっただけに、街の平地を歩くと膝ががくがくした。
さすがのディールも疲れたようで、一行は宿を探すことにした。
街は戒厳令がしかれたように、静寂に包まれていた。
嫌な空気だな、と思いながら歩いていた一行は、二区画ほど街を歩いた辺りで、黒装束の集団に取り囲まれた。
「こんな街中で襲ってくるなんて、非常識な奴だ」
「ラキエルの迷宮を抜けてまで、入国するとは、なんと執念深い連中だ」
たしかに互いに非常識で執念深いことだったといえる。
「密入国だぞ。ひっとらえろ」
そういわれると、たしかにこちらのほうが悪いように聞こえた。
オリンは、舌をちょろっと出しながら、メイススクリプタを構えた。
「目くらましの炎だ。惑わされるな!」
「逃がすな! 殺して構わない!」
中心に立つ、ひときわ大柄の男が、大声をはりあげた。
立ち並ぶ民家の窓が震えるほどの声だった。どうやらこいつが、リーダー格のようだった。
体格だけなら、ディールの上をいく。
サウルがオリンの背中を突っついた。
「あの大男、見覚えないか?」
オリンが目を凝らす。たしかに、どこかでみた顔だった。
「やはり、ガラテア」
サウルがアルヴィースの柄に手をかけ、身構えた。
「魔剣イスカリオンを持っている。間違いない」
「んんっ? 誰だ貴様は。どこの亡霊だ。俺のイスカリオンを知っているとは、怪しいな。俺の剣技をみて、生きている奴などそうはいないはずだが」
見れば墓穴直行のイスカリオンであるぞ、とガラテアは自慢した。
「あなたたち、レデレンシアだよね」
ユナの問いかけに連中は、下卑た笑みで肯定した。
オリンが割って入る。
「昔、会ったときは、レデレンシアとは名乗っていなかった。たしか、≪月かがやく砂漠の大蛇≫とか言って、なぜか海で幅を利かせていた」
「うう、我らの黒歴史を知っているとは、あなどれないやつらだ」
レデレンシアの連中は狼狽えた。
「そういえば、あんたたち、ウィジャってやつ知らない? この国で、有名な鍵職人らしいけど」
ジャワハルラールから聞き出した情報を思い出しついでに、オリンは訊ねた。
「ウィジャはわたしだ」
ガラテアの後ろに控えていた小男が、名乗りでた。
「ええっ。こんなやつがウィジャ? 偉大なる魔導士にして、あの伝説の鍵職人!?」
どうもオリンは見た目で人を判断する悪い癖がある。ラダティムールのしっぽかじりくらい矯正しなければならない悪癖に違いなかった。
「しかも、――ああっ! あれはダークエルダの書」
オリンはウィジャの手元を指さした。
「いいもの持ってるじゃん」
いかにもどこにでもいそうな雑兵タイプ。ほら、あの卑屈そうな眼つき。平凡で根暗な奴に違いない。ダークエルダの書だななんて、どうみたって身の丈に合っていない。
と、オリンはまくしたてた。人を見かけで判断して、何を基準にそういう性格設定になったのかわからないが、明らかにバカにされているのは確かなので、ウィジャは腹を立てた。
オリンのひがみだろうか、ほとんどただの悪口にしか聞こえない。サウルがオリンに問う。
「ダークエルダの書とは?」
「世界で一、二を争う、絶大なる偉大なる魔導書だよ。あのグリモワールと二極をなすといわれるくらい希少な魔本だ」
オリンは少々混乱しているようだった。興奮気味のオリンにウィジャは、
「どうだ。うらやましいか。すごいだろ。すごいんだぞぉ」
大きくのけぞって笑ってみせた。
その様子をみて、オリンの熱は一気に冷めた。
「なんでこんなやつが……」
幻滅というのはこういうときにするものなのだな、サウルは肩を落としたオリンを励ました。
いずれにせよ、一戦交えなければことは収まりそうになかった。
すでに剣をレデレンシアの連中は向けてきている。
「貴様がイリュリースのディールか」
ガラテアが吼える。
「一度手合わせ願いたかった。いくぞ!」
ガラテアのイスカリオンがうなりをあげる。
「ばかやろう、こんな民家が立ち並ぶ界隈で、魔剣が抜けるか」
ディールはガラテアの一撃をかわすと、横腹に蹴りをくわえる。
「ぐぅっ」
ガラテアは血の泡を吹きながら、よろめいた。
「なんか弱くなったな。あいつ」オリンがガラテアの不甲斐なさを笑い、時の流れを嘆く。
「ディールが強いんですよ」サウルが誇らしげに胸をはる。そういえば、ディールはサウルの上官ともいえるんだっけ。
オリンは、目を細めた。
サイザール城で冒険したときは、まさかサウルがイリュリースに仕えることになるとは夢にも思わなかった。
彼はカルナードの海で育った、海賊の息子だったのだ。
***
「アレクシスはどこ!?」
ユナの問いかけに、まさか易々と居場所を答える者などいないと思いきや、
「アレクシス様はシャムガルにおられる。だが、アレクシス様の御手をわずらわせるまでもない。貴様らの相手など我々で十分だ」
馬鹿正直にガラテアは頭目の所在をふれまわる。
「あいつ、あいかわらず単純だよな」
オリンがサウルに耳打ちする。
「聞こえたぞ。小僧。どうせここで死ぬのだ。情報など、いくらでもくれてやる」
ガラテアは、こめかみに血管を浮かび上がらせて、ゆがんだ笑みをみせた。
連中の間では知恵袋的存在だろう、ウィジャもうんうんと頷いている。
「あいつら、よほどのうぬぼれ者か、阿呆だな」
さすがのディールもあきれ顔である。オリンの悪態は止まらない。
「あいつ。どうやって魔本を手に入れたんだろう。そんな器にはみえないのに」
「拾ったんじゃないか? おまえのメイススクリプタのように」
サウルが揶揄る。
オリンがシャランダールを抜き放って、声をはりあげた。
「どうだ。こちらには魔剣が三本もあるぞ」
魔剣を見せびらかしながら、オリンは改めてその事実に気が付いた。
ディールのクィヴィニア、サウルのアルヴィース、そしてオリンのシャランダール。
本数の問題ではないが、ガラテアの顔色が変わった。
「くそっ、我らとて……!」
ガラテアは何か言いたそうだ。ウィジャに制されて、押し黙る。何を言いたかったのかわからないが、相当くやしそうだ。
「今は退いてやる! 小僧、覚悟しておけ!」
捨て台詞を吐きながら、ガラテア達は足音を立てて、派手に退散していった。
オリンは遠ざかっていくレデレンシアの連中をみながら、
「あいつ、強いのにもったいないな」
もちろんガラテアのことである。イスカリオンにはかつて散々苦しめられた。
オリンが複雑な表情で、シャランダールを鞘に納めた。
いつも、こんなこけおどしで敵が退却してくれるならば、楽でいいのに。




