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Ⅱ ダンジョン ~ラキエルの迷宮

 イリュリースとルートヴィナの地底に広がるラキエルの迷宮。火山帯が近いこともあって、地底熱で暑い。

 オリン達は汗だくになりながら、地下を進んだ。トラップはほとんどないが、出現する魔物は強敵ばかりだ。

 なぜかラダティムールの調子が悪い。熱さに弱いのかもしれない。炎を吐くドラゴンが熱さに弱いことなどあるのだろうかと、オリンなりに色々考えてみたが、ラダティムールの不調の原因はつかめなかった。

 代わりにディールが前線に出て戦った。彼の場合、ラダティムールが絶好調であったとしても、最前線に出たであろうが。

 ディールは元々南国の生まれで暑さには強いという。じつのところサウルもオリンもディールの過去をあまりよく知らない。ずっと傭兵をやっていたということだけ知られているが、傭兵以前はどこで何をやっていたかは謎だった。サウルはディールを尊敬している。ほとんど心酔しているといってよい。むろん、その強さに対してである。ディールの追っかけついでにイリュリースに志願した。という一説もある。

 そろそろディールのスタミナ切れが気になる頃、ダンジョンは第五階層へと到達していた。

 ダンジョンはもっと深くまで続くが、ルートヴィナへ抜ける通路は、この階層を起点として折り返すはずだった。

「今度は上るのか」

 オリンは肩で息をした。

 ラキエルの迷宮には階段がない。代わりにずっと緩やかな坂道になっている。難解なトラップはないが、落とし穴があるので注意が必要だった。幸いなことに、いまのところ落とし穴に遭遇していない。

 

 ディール、オリン、サウル、ラダティムール、そしてユナ。たった一人で旅立ったオリンは、いつの間にか多くの仲間に囲まれている。ここにルカもいれば文句なしなのだか。

 オリンは苦い顔をした。ダルティーマで達者にやっているだろうか。なるべくルカのことは忘れようとしているのだが、どうしても考えてしまう。

 街へ戻ったら図書館へ行って、シメオン・アンシェルの本を片っ端から読もうと思っている。なにか、手がかりがあるような気がしたからだ。生きて帰れたらの話になるが。


***


 広大なラキエルの迷宮の完全攻略は不可能と言われている。だが、今回の目的はダンジョンの最深部に到達することではない。

 迷宮を抜けることが、レデレンシアによって封鎖されてしまった国境を突破する唯一の方法なのだ。

 ラキエルの迷宮の入り口は複数ある。確認されているのはイリュリース側とルートヴィナ側の通路。未確認ではあるが、ダルティーマにもつながっているという噂もある。

 手強い魔物が多数出没しているが、ディールとラダティムールによって、ことごとく粉砕されていく。サウルも昔より腕をあげている。

 ディールとラダティムールを前列にして、オリンとユナをサウルが守る形で後に続いた。

 そして、この無謀ともいえる国境越え最大の難関が待ち受けているのだった。


***


「気をつけて」

 ユナが先頭のディールを呼び止めた。

「えっ、ドラゴンの主がいる?」

 オリンは耳を疑った。かつて出会ったエリュトラー級の古代竜がいるという。

「きいてないよ」

 オリンは悲痛な声をあげた。経験からして、ドラゴンから逃げるのは至難の業である。ここで戦うという台詞が出てこないのはさすがオリンである。

 ドラゴンは通路の真ん中で、どっしりとした風体で、寝そべっていた。 

「炎龍ジャワハルラール」

 一同は息をのんだ。ラダティムールの三倍はある大きさだ。

「ぐぅぐぅ寝てるじゃん。起こさなけりゃ、突破できるんじゃ……」

 オリンが小声で囁いた。

 戦わなければならないとは誰もいっていないが、こうも道の真ん中を封鎖されては、気づかれずに突破するのはむずかしい。なんとか回避できないかオリンは思案する。

 炎龍相手ともなると、逃げ腰になるのは必然であった。

「陛下とオリンは下がっていてください」

 剣を構えるサウルをディールの片腕が制した。

「オリンのいうように逃げるのも手かもしれん」

 ディールが思わせぶりにあごを撫でる。一同はそれに賭けてみることにした。

 まずディールが通り、次にオリン、ユナ、ラダティムール、しんがりにサウルとなる予定だった。

 通路は広いが、ドラゴンは中央にどっしりと座り込んでいる。おそるおそるオリンは忍び足で通り抜けた。しかし、ラダティムールがジャワハルラールの真横を通った瞬間、

「待て」と、伏せていた炎龍が立ち上がった。

 ラダティムールと見比べても明らかに大きさが違う。

 年齢の差もあるだろうが、種族が違うのではと推察できた。

「わしは人間相手に鼻は利かぬが、ドラゴン相手には過敏に反応するのじゃ」

 炎龍のくぐもった声が地底に響く。

「ええっ、連れてきたことを後悔させるようなセリフ言わないでよ」

 オリンがラダティムールをちらっとみた。

「やれやれ、聞き分けの悪そうな人間がぞろぞろとやってきたものだ」

 炎龍はめんどうくさそうに、後ろ足で身体をかいた。

 オリンとサウルは目線を交わした。

 しゃべるドラゴンはエリュトラー以来だった。なつかしさよりも、オリンは気が重たくなる。

 人間、ドラゴンに限らず賢いやつは嫌なことを鋭く云うから苦手なのだ。また嫌なことを言われたらたまらんとばかりに警戒する。

「なんて大きいドラゴンだ」

 エリュトラーよりも大きい。

 サウルをはじめ、すべてのものが慄く中、ラダティムールはのんきに自分のしっぽをかじっている。

「その本、ダークロアか」

 ジャワハルラールが炎の息とともに問うてきた。

 革袋の中身を言い当てられて、オリンは当惑した。

「たしかにこれはダークロアの書。でも、鍵がなくて、使える状態じゃない。本物の鍵は行方不明で、開ける方法を探している」

 下手に隠してもロクなことにならないに違いない。オリンは観念してダークロアの本をジャワハルラールに向かってかかげた。

「ダークロアか……」

 ドラゴンは大きく深呼吸した。風圧で飛ばされそうになりながら、オリンはダークロアの書を、革袋の中に戻した。

「魔法の鍵職人ならば、エフタの街にいるはずだ。ウィジャという男を探せ」

 ジャワハルラールはすべてを見抜いたように、鋭い目線でオリン達を見下ろした。

 ダンジョンの奥に住まうドラゴンのわりに、ジャワハルラールはどこで仕入れたかわからない情報をたくさんもっていた。迷い込んだ冒険者から聞き出しているのだろうか。

 訝しむオリンにユナが耳打ちした。

「炎龍には、世界を見通す千里眼が備わっているの」

 この地底に身を潜め、世界の行く末を見守る存在なのだという。

「ジャワハルラールの情報は信じていいはずよ」

 ユナが云う。

 緊迫した戦いが繰り広げられるかと思いきや、ジャワハルラールと話し込むにあたり、なごやかな雰囲気さえ漂い始める。

「この先を行くならば、せいぜい気をつけるがいい」

 ジャワハルラールが忠告してきた。

「レデレンシアの連中は、国境を越えた先、南東シャムガルを根城としている。この頃は王都ザカリアだけでなく、ルートヴィナ国全体の治安が悪化している」

 しゃべり疲れたのか、ジャワハルラールは大きなあくびをした。

「それじゃ、おじゃましました」

 オリンがそそくさと通り抜けようとする。こうやって竜のおしゃべりに付き合って、無事にダンジョンを通り抜けたことは過去にもあった。だがドラゴンの気が変わるということもありえる。油断はできなかった。

 ジャワハルラールの黄金色の瞳がじっとラダティムールの姿をとらえた。

「その竜はおいていけ」

 それだけいうと、ジャワハルラールは、ふたたび寝そべった。大きなしっぽが通路を妨害している。

「ラダティムールをここにおいてけだって? 仲間を生贄にするような真似できるはずないじゃないか」 オリンが啖呵をきる。

「とって食ったりせん。ただ、おいていけ」

 ジャワハルラールは頭をあげて、オリンを睨んだ。

「どうして、ラダティムールだけダメなんだよ」

「理由など知らぬ方がいいこともある。年寄りのいうことは素直に聞くことだ」

「ラダティムールの安全は保障してくれるの?」

 ユナが炎龍に問いかける。

「約束しよう」

「そうは言ってもなぁ」

 オリンはラダティムールの首を撫でた。 

「ごめんな。ラダティムール。帰りに必ず寄るから、待ってて」

 ラダティムールはキュィッと小さく鳴くと、オリンの尻を鼻先でつついた。

 ジャワハルラールにふさがれていた通路は解放されている。

 狸寝入りだろうが、ジャワハルラールは熟睡しているようにみえた。

 こうしてオリンはラダティムールと別れた。やがて悲しい再会になることをこのときのオリンはまだ知る由もなかった。

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