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Ⅰ 女王ユナ

 分厚い灰色の雲が垂れ込める空の下、オリンは西方をじっとみつめていた。

 ディールは気まぐれにラダティムールを飛ばしては、陸に降りたりを繰り返した。

 旅の道連れは、元傭兵とドラゴン。強さに不満はないが、なんだか、色気が足りない。

 シェイアのような美人が仲間に加わってくれたら景気も上がるのに。オリンは口をとがらせた。 

 微妙に少人数で盛り上がらないし。何か間違っているな、とオリンは頭をひねった。

 早急に新しいメンバーが必要である。できれば女の子が。

 オリンの妄想は膨らんでいった。現実逃避といってもいい。

 フィリオはシェイアが心配だからとロアナに戻っていった。元々、魔剣ディスティナはロアナ以外で使用することは禁じられている。ラキエルの迷宮を前にして、フィリオの離脱は痛かった。戦力が大幅にダウンして、オリンのやる気も大きく削がれた。

 

 特にエルタドでは精神に受けたダメージが大きかった。

 オリンはルカに見捨てられたような心地である。見限られるようなことは、少し、したかもしれない。しかしこんな仕打ちはひどすぎる。いつまでも過ぎたことをくよくよするは女々しいことかもしれないが、オリンはエルタドでの出来事を振り返っては、ため息をつく。

 ルカを連れ戻すきっかけ、材料をオリンは探していた。もはや理由もなく、彼女を連れ戻すことはむずかしいだろう。いまのところいい案が思いつかないオリンであった。今できることは、このまま彼女の無事を遠くから願うことだけだ。

「レーシャは役に立たない駒を意味なく手元においておくような女ではない。その娘にも何か利用価値があるのだろう」

 ディールは励ましたつもりだったが、オリンは泣きそうになった。

 特別な魔力がそなわっているわけでもないルカがレーシャの側近になれるとは思えなかった。

 なぜレーシャはルカを連れて行ったのだろう。

「殺すつもりならエルタドでやっているだろう」

 ディールは配慮がたりない言葉をあっさりという。

 向かう所敵なしの百戦錬磨の猛者ディールと、逃げるが勝ちという価値観のオリンとが話が合うはずもなく、オリンは精神的な負担を感じていた。

 オリンは軽口を叩いてストレスを発散させるタイプであるが、この方法はかなり相手を選ぶ。

 話の合わないディールと、無口なラダティムールという珍妙なパーティは、予想を超えてオリンを苛立たせた。

 ラダティムールが無邪気にじゃれてくるが、とても一緒に遊ぶ気になどなれなかった。

 それにラダティムールの面倒を見ていたのはユクトである。餌もろくに与えたことがない自分がどうしてこんなになつかれているのか、まったくもって解せなかった。ラダティムールはディールにもなついていて、どうも節操のないドラゴンのようだ。しかし基本的には、人見知りするドラゴンのようで、街道ですれ違う人間には臆病な態度を見せるのであった。

 凶暴なよりはマシだけどね、とオリンは思う。ユクトは少々ラダティムールを甘やかすきらいがあった。

 いまさら野に放して、野生の仲間にとけこみ、幸せになれるとは思えない。ディールのように程よく厳しく接する主のほうがラダティムールにはちょうどいいように思えた。そういう意味では、このままラダティムールはディールに「あげちゃう」のが一番良い選択なのかもしれない。


 それにしても、この国のおおらかさには呆れる。ラダティムールは、ドラゴンとしては小ぶりなほうとはいえ、往来の多い街道を人間と一緒に肩を並べて歩いていて、大騒ぎにならないのはイリュリースくらいだろう。

 ディールは相当ラダティムールのことを気に入ったようで、エルタドを出てからずっと、その背に乗っては、低い位置で空を旋回した。

「どうだ、オリン。なかなかだろう」

 上手に飛べるようになったのがよほどうれしかったらしい。

「おっさんが……」

 オリンはこっそり毒づいた。

「はぁ、オレ、そろそろ死んじゃうかも」

 独り言のつもりだったが、地獄耳のディールが空から声をかけてきた。

「そんな冗談をいうものではないぞ。本当にそうなったらどうするのだ」

「なぁに、失恋の一つや二つ、男にとっては武勲のようなものだ」

 ディールに便乗して、腰に帯びている剣が、なんかごちゃごちゃ言っている。

 ディールだけでもうんざりなのに、シャランダールの小言なんかに耳を貸していられない。

「失恋なんか、してない!」

 力いっぱいオリンは叫んだ。

「ダークロアの鍵なんて、オレにはどうでもいい」

 ディールには聞こえないように、オリンはシャランダールに囁いた。

 捨て鉢になって、こんな台詞を吐いたわけではない。

 ルカの身と引き換えにダークロアの鍵を持って行ったとしても、素直に応じてもらえるとは思えない。

 オリンはシャランダールに八つ当たりをする。 

 エルタドでの出来事は色々な面でオリンの考え方を変えさせた。

 それにダルティーマの魔女が冷徹であり、物事の加減をしらないことは、理解した。

 アグラとゼレクを(けしか)けてきたことをオリンは忘れない。

 ディールとフィリオがいたとはいえ、勝てたのは奇跡だ。あの魔女がせせら笑った通り、今頃エルタドの土にかえっていたのはオリンたちであったかもしれない。まさに九死に一生を得た心地であった。せっかく拾った命をまた捨てるようなことをしたくない。

 ルカのことは心配だが、その前に己の寿命が尽きては本末転倒である。

 できればもう、ダルティーマの魔女には会いたくない。魔剣コレクターだかなんだか知らないが、大人のわがままほどやっかいなことはない。しかし、ディールの考えは、まったく逆のようだった。早くダークロアの鍵を手に入れて、ふたたびダルティーマの魔女に会おうと勇み足である。

 子供のオリンからみても、ディールとレーシャとの間には何かある。ディールはそれを隠しているつもりだが、あの態度じゃ隠し事にならない。

 オリンは頭を抱え込んだ。予定ではダルティーマを越えて西の大国バロムアへ行くはずだった。

 魔法使いとしてだけでなく、人としても人生終わりかけているのだ。のんびり逆方向に寄り道している場合ではない。

 事情を知らないディールとラダティムールでは、相談することもできない。

 すべてを知っているシャランダールは頑固で、融通が利かない。

「殺すがいい。わしのことなど、どうでもいいんじゃろ」と怒鳴り散らす始末である。すねた老人かよ、と思う。 

 リンディスに戻って、ユクトに相談したいところであるが、なんせ国外追放された身の上だ。いまさら国に逃げ帰るわけにもいかない。これからは自分で決めて、行動しなければならない。

 なりゆきで、ルートヴィナに行くことが前提となってしまっている。いまさら行けない、行きたくないとは言い出しにくい。それどころか、

「早くダークロアの鍵を手に入れないと、あの娘がどうなってもしれないぞ」

「レーシャは気が長いほうではない」

 ディールもシャランダールも口をそろえてオリンをまくしたてる。

「さっき、何があってもルカは無事だって言ってたじゃないか」

「それは、人質として役立つうちはという意味だ」

「思わせぶりな言い方をするのは、あんたの悪いところだ」

 オリンはディールを睨んだ。

「女の子がパーティにいないと性格が変わるのぅ」とシャランダール。

 陰口にしか聞こえなかったので、オリンはムカッとした。

「黙れ、シャランダール!」

 話下手な剣士と、無口なドラゴン、おしゃべりな魔剣。とりあえず、魔剣だけでも、黙らせたい。

「……」

 頭上を飛び回るオッサンは無視することにして、とりあえず自分の身にはりついていた魔剣はおとなしくなった。

「つまらないところで魔力をまた消費してしまった」

 がっくりと肩を落とすオリン。

「どいつもこいつも、オレに魔法を使わせたがる」

 激戦の後は、ダンジョンを攻略しろという。しかも大陸で一番、広くてむずかしいダンジョンである。

 深い階層に生息している魔物は、どれもゼレクレベルだという。

 メイススクリプタだけで、乗り切れるとはとても思えない。魔法の杖もオリンの心もぽっきりと折れてしまいそうだった。

 もう、何もかも忘れて眠りたい。


***


 オリンはひらめいた。

 こうなりゃ、ディールのご機嫌をとって、代わりにガンガン戦わせよう。まぁ、すでにそうしているような気もするが、頼りにされたら張り切る男である。ユクトのように頼まれたら断れないタイプなのではなく、自発的にやっかいごとを抱えようとしている。物事を面倒くさいとは思わない性格のようだ。

 ラダティムールも餌を与えて、飼いならせりゃ、腕のいい剣士の三人分くらいの戦力にはなる。どんどんおだてて、頑張ってもらおう。

 オリンが怪しい野望に火をともしかけたとき、騎馬が二影、オリン達に駆け寄ってきた。

 目立つ白馬だった。乗っている男は見るからに身なりがよく、上品な感じがする。いまどき白馬なんて、カッコつけすぎ。オリンは悪態をついた。

「なんかキザな奴だな」とオリンは眉を寄せた。

 喧嘩腰になっていたオリンに、

「久しぶりだな、オリン」

 馬上から親しげに声をかけられてオリンは当惑する。 

「サウル?」

 オリンは目を丸くして、素っ頓狂な声をあげた。

「どうしてサウルが、イリュリースなんかにいるの?」会うといつもこの台詞をいうことにしている。

「イリュリースなんかとはなんだ」

 ラダティムールからおりてきたディールが、低い声で諫めてくる。

 そういえば、ディールはイリュリースの将軍だったっけと、ようやく思い出す。

 サウルは今年十七歳になる若き剣士だ。本来ならば、オリンと同い年だ。

 真面目だが頭が固すぎるのが玉に瑕だ。いまはイリュリース王家に仕えている。

 容姿端麗なだけでなく、聡明で、礼儀正しい若者だ。性格も悪くない。だが、そういう完璧なところがオリンはしっくりこない。外見上の年齢差ができてしまったせいもあるが、昔ほどサウルと打ち解けて話すことができない。サウルはどんどんオリンとはかけ離れた存在になりつつある。

 数年前までは女の子のように可愛らしいという形容で済んだが、この頃は、色男というだけでは済まない、神々しささえあった。とんだ女泣かせである。男にも言い寄られることがあるらしいという。念のため云っておくが、ディールではない。

 友達にこういうのも(はばから)れるが、外見は、女のように美しくとも、男である。

 ただ付き合いが長いというだけの腐れ縁ともいえるかもしれないが、オリンにとっては無二の親友といえる数少ない存在だ。

 サウルは、カルナードの生まれで、なぜ今イリュリースにいるのかは、様々な事情と経緯があった。


「こんなところにいらしたのですか。ディール。とにかく、一度お戻りくださいませ。オリンも。王都で陛下がお待ちになっておりますよ」

「やだよ、めんどうくさい。それにオレ、いま忙しいの!」

 サウルにまくしたてられてもオリンは譲らなかった。ディールもオリンに賛同してうなずく。

「俺は忙しいのだ」

 


「そういうと思ってぇ、こちらから来てあげたよぉ!」

 もう一頭の馬上で、フードを目深にかぶっていた少女が、オリンに飛びついてきた。

「うわっ!? な、なんだぁ? 陛下?」

 現れた少女は、とんでもなく派手な髪型をしていた。よほど手先の器用な侍女でもいるのだろう。会う度に形が異なる。たいした念の入れようだ。

 その少女が、ネコのようにオリンに甘えてくる。

「会いたかったよぉ。オリンちゃん」

「陛下。おやめください」

 サウルが引きはがそうとする。オリンは硬直している。逆らうと後が怖いので、黙っているのだ。

 やきもちを焼いたラダティムールがギョェェと吼えて女王を威嚇した。

「なに、このドラゴン。あたしのオリンちゃんに、馴れ馴れしくしないでよ。剥製にするわよ」

 笑えない冗談をいう少女だ。

「陛下……離して」

 オリンが鬼気迫った声を吐き出す。強く抱きつかれて、呼吸ができないのだ。体にかかる負担はラダティムールの甘噛みを凌駕する。

「いまはユナだよ」

 少女はようやくオリンを解放した。

 ユナこと、イリュリースの女王、ルネフェルト二世。お忍びで出かけるときはユナである。今年十五歳になる。そういえばそろそろ誕生日だ。なにかおねだりされるかもしれない。オリンは身構えた。

「なんの用だよ。ユナ」

 オリンの変わり身の早さもなかなかのものである。敬語を使わないことをディールもサウルも咎めない。

 立場をわきまえないオリンに対し、いつもサウルは立腹するのだが、

「そのうち夫婦になるのだから、大目に見てやれ」というディールの言葉にサウルは納得した。


「オリンちゃんの呪いの件。ひょっとしたらルートヴィナで解決できるかもしれないの」

 ユナは乱れた髪の毛を気にしながら、話を切り出した。

「どういうこと?」

 オリンが首をかしげた。

「ルーンスレイザーって知ってる?」

「さぁ、なんだったっけかなぁ」

 オリンがすっとぼける。

「ルーンスレイザーだと」

 ディールが顔色を変えた。

「その技がどうした」

 ディールの表情がみるみる険しくなっていく。

 ルーンスレイザー。「魔剣殺し」の異名を持つ。魔剣所持者にその名を知らぬものはいない。

 魔剣と契約すると、心臓を媒体として、体内に小さな結界が形成される。その結界、心臓と魔剣とをつなぐ魔法の結晶のことをクロウリーチェインと呼ぶ。そのクロウリーチェインを破壊できる唯一の方法がルーンスレイザーである。

「本来、一つであるべきのクロウリーチェインがオリンちゃんには二つある。いまのオリンちゃんは、体内で二本分の魔剣を抱えているような状態なの」

「なるほど」ディールがうなずく。

「つまり、そのクロウリーチェインを破壊できればいいということか」

 ディールが腕を組んだ。

「たしかに宿主が死ぬ以外に魔剣を外せるのはルーンスレイザーしかあるまいな」

 ユナがオリンをじっとみつめた。

「オリンちゃん、知ってたでしょ。このこと」

「さぁ、どうだったかな」

 オリンは口笛を吹くふりをした。

「隠したって無駄なんだから。もうバレてるの」

「おまえが知らぬはずがあるまい」

 それまで黙って聞いていたサウルが口を挟んだ。

「わたしとおまえは、昔その技を目の当たりにしたことがあるのだから」

 オリンは観念した。少なくともここにサウルがいる以上、知らぬふりをすることはむずかしい。

「だって、その方法だと、シャランダールが壊れちゃうかもしれないから」

 オリンは舌を巻いた。ユクトとオリンがようやく突き止めた真実に、この女王もたどり着いたのである。かなり一生懸命調査をしたに違いない。オリンに対する想いは、本物の愛情なのかもしれない。


「ルーンスレイザーを放てる者は限られる。まず魔剣所持者であることが条件の一つだ。ちなみに俺は使えない」

 ディールの言葉にユナがうなずく。

「大陸で二、三人いればいいほうだね。そして、そのうちの一人がルートヴィナにいるってわけなの」

「ルートヴィナに!?」

 オリンは声を張り上げた。

「誰だか知っているの?」オリンが身を乗り出した。

 バロムアにならば、ルーンスレイザーの使い手がいるかもしれないと踏んだオリンは西を目指した。

どうせヴェネズディアへの道すがらだ。だが、もしルートヴィナにルーンスレイザーの使い手が存在するならば、こちらのほうが距離も近いし、話も早い。


「ルートヴィナのアレクシス」

「そいつがルーンスレイザーを使えるのか」

「うん」

 ユナは顔を曇らせた。

「でも、そのアレクシスが問題なの」

 ユナの代わりにサウルが説明する。

「アレクシスは、ルートヴィナの王位継承権を放棄して、東のシャムガルという地で、反乱軍レデレンシアを立ち上げました」

「レデレンシア? なにそれ? レジスタンスみたいなもの?」

 オリンが鼻をこする。

「ただのレジスタンスじゃないの。いまや小さな国家となりつつあるの。放っておけないのよ」

「アレクシス、危険な男だとききます。帝国の皇帝オルドスを凌駕する、狡猾な男であるとも」

 サウルはオリンの顔色をうかがった。

「どうする? オリン」

「そう都合よくルーンスレイザーを使ってもらえるかは不明だが、会ってみる価値はあるのではないか」

 ディールやサウルは、この話に乗り気のようであるが、オリンは、複雑な表情を浮かべた。

「心臓だけでなく、全身バラバラにされそうな気がするけど」

 絶妙な力加減で、ルーンスレイザーを食らうことなど天文学的な確率だ。だが、希望が見えてきたのは事実だった。少なくとも目的地の反対方向にきているという嫌な気分はなくなった。

 

「でね、あたし、オリンちゃんと一緒にラキエルの迷宮を越えてみようと思うの」

「ええっ」

 サウルが青ざめた。

「陛下、危険すぎます」

 ユナが片手をあげてサウルを制した。

「沈黙のルートヴィナ。ゆるぎない覇王、ダルティーマ。孤高のイリュリース。……などという人もいるくらい、良くも悪くもこの大陸の各勢力はバラバラなの」

 ユナは目を瞑る。

 最強の軍事力を誇るダルティーマの勢力に屈して滅んでしまった国もあった。ラヴィスニアの滅亡。もう十年前になるが、ラヴィスニアが滅んだことで、各国の均衡は逆に保たれた。位置的に大陸の心臓と呼ばれたラヴィスニアの消滅は、平和に現を抜かしていた各国を正気立たせた。一方、帝国に対し戦端を開こうとしていた国が沈黙した。その国の一つがルートヴィナといわれている。

「孤高のイリュリースなんていうけれど、帝国が怖くておとなしくしているだけ。あたしはついこの間まで、ルートヴィナの沈黙もイリュリースと同じものだと考えてきたの。でも違うのかもしれない。ルートヴィナが動こうとしている。……黙って見過ごすことはできないの」

「ですが陛下自らがなさらなくとも……」

 ここへ来た時点で女王の決意が覆らないことは承知していた。だが万が一の可能性で、せめてオリンの顔を見て、考え直してくれるならばと、あえて黙ってついてきたのだが。やはり逆効果だったか。

 サウルもオリンの事情を知る数少ない人物の一人だ。今のオリンが無理ができない体であることは理解しているつもりだった。となると女王の護衛として頼れるのはディールだけになってしまう。見慣れないドラゴンがいるが、戦力として、アテにできるのか、それ以前に、いまはおとなしくしているが、どこまでその理性が保たれるのか、わかったものではない。――場合によっては斬り捨てなければならない。

 真面目なサウルは、よくよく考えた。それを見抜いたかのようにディールがいう。

「ラダティムールのしつけは俺が責任をもってしている。もし、暴走するようなことがあれば、俺が責任を取ろう」

 ディールがこぶしを突き出した。

「おれんちのドラゴンを勝手にしつけないでくれる? 暴力も反対」

 オリンが口をはさんだ。

「オリンのドラゴンなのか」

 サウルが目を丸くした。生き物を飼えるほど責任感があったっけと言わんばかりである。

「ユクトのペットだよ。オレは連帯責任があるから、今は飼い主みたいなものかな」

「なるほど」

 納得したサウルはとりあえず、ドラゴンに対する警戒は弱めた。


 ユナとサウルが加わるとオリンは急におとなしくなった。サウルと話すとユナがやきもちをやくし、ユナと話をするとラダティムールが無駄吠えする。

 どこまで通用するかはわからないが、オリンは考え事をするふりをして、声をかけづらい雰囲気を漂わせることにした。

 ユナはオリンと腕を組んで歩いている。念願のオリンちゃんと会えて、かなりご満悦のようである。

 オリンもその手を振り払ったりなどしない。ユナのことは苦手だが、嫌いというわけではない。

 ただ運命の相手ではないのだと思う。うっかり好きになって、辛い別れになるのを避けたいのだ。

 一方ユナは、「運命だって変えてみせる」と、根拠のない自信に満ち溢れている。

 いずれにせよ、今は女王のご機嫌を損ねるような真似は、しないほうがいい。オリンは少しズルい考えをもった。

 ユナの治癒魔法はこれから先、ラキエルの迷宮で大いに役立つことだろう。

 前線で戦うことになるだろうディールとサウルのためにも回復手段の確保は重要だった。

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