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第3話  燃え盛る髪の主

「大丈夫か? 少し休んでからにしようか」

「いいえ……わたしは、大丈夫です」

 炎帝エンテイ陛下の部屋に向かう途中、耀青ヨウセイは何度も烏龍ウーロンを気づかってくれた。皇后の宮とはうって変わった心配のしようにかえって恐縮してしまう。

 彼の心配も無理はなかった。自分でさえ小刻みに震えているのが分かったから。しかしこのまま親王邸に戻り、休ませてもらったとしても、寒空の下で過ごしたときの悪夢を見るだけだろう。


 何より「炎帝」のことが気がかりだった。皇后の様子では想像していた以上に病状は重いようだ。考えてみれば人が治せる病なら、耀青が、皇帝に代わり政務を一手に引き受けている弟君が、わざわざ山奥に乗り込んでくるはずなどない。それもたったひとりきりで。

 本当に……兄君思いのひとなのだろう。

 胸がきゅ、とした気がして、烏龍は目を伏せた。





「さあ、着いたよ烏龍。この向こうが陛下の御部屋だ」

 艶々と真っ赤に塗られた扉の前で、レイ親王耀青は振り返った。

「ここからは貴女ひとりで行かねばならない。もし、ためらいや不安があるのなら、やめて屋敷に戻ることも出来る。『決して無理はさせるな』との陛下のお言葉だ」


 まっすぐに見つめてくる目は凛々しく、意志の強さを秘めるよう。烏龍はひとりで行かねばならない戸惑いと緊張に身を固くしたが、耀青に応えるよう見つめ、言った。

「行き、ます。陛下と、親王殿下の、お力になります」

 耀青のまなじりが、ふと、ゆるむ。


 皇帝の居室でありながら周囲には誰もいなかった。堀に囲まれ、湖に浮かぶ霊廟のようになった住まいは、辺り一帯は、静謐せいひつさに支配されている。

 耀青は烏龍の頬に触れ、次に、頭を撫でた。ゆっくりと確かめるような手つきに頬を染めると、声を上げずに微笑んでくれる。

「貴女は優しいのだな」

そして、振り返り、扉の前にひざまずいた。


「偉大なる炎帝陛下、麗親王耀青がお茶の精をお連れしました。名は烏龍、この世でただ一本の、『天空の茶園』より降り立った茶樹の化身にございます」


 朗々たる声が辺りに響き渡る。

 耀青の声は心を打ち、静寂に持ってゆかれるのが惜しかった。皇族というものはまず挨拶なのだな、と思っていた烏龍だが、彼の凛々しく張りのある声を聞けるのなら、挨拶だらけでも息苦しくはない。

 ときに凛々しく、ときに熱く、ときに朗らか。

 耀青の色々な声を想い、緊張がいくらかほぐれた途端、扉が重苦しい音を立てて開いた。


「……烏龍、ここで一度お別れだ」

「親王殿下……」

「耀青と呼んでくれ、烏龍」

 烏龍は言われたとおりにした。麗親王耀青は、烏龍がこれから拝謁はいえつする炎帝陛下の弟君は、今までになく真剣な眼差しで見つめてくる。

「あなたは陛下の希望、そして、私の希望だ。どうか陛下をお助けしてほしい……いや、陛下の……」

 言葉が途切れ、耀青は、ゆっくりと後ろを向く。


 彼の目には煌めくものがあった気がした。だが、ここで、苦しんでいる陛下の前で見せたくはないのだろう。背筋を伸ばした姿は凛としていながら烏龍の胸を刺す。

 烏龍は耀青に歩み寄った。

 あの夜のよう、唇を重ねたい衝動に駆られたが、衣の裾をくい、と引っ張るだけで背を向け部屋へと消えた。





 炎帝の部屋はまるで淫魔の胎内だった。

 壁全体がゆっくりとうごめき、鼓動のような音がする。びっしりと張り巡らされた血管のような盛り上がりは、音に合わせて這いずり回る蛇のようだった。蒸し暑いのは壁から滲むとろとろとした液体のせいだろうか。

 烏龍は薄紅色の明かりの中を進んだ。


 無造作に置かれた調度品はどれも豪華絢爛だった。金銀や螺鈿らでん細工が施され、耀青の屋敷にあったものに比べ過剰なまでに妖しくギラギラとしている。

 よく見ると、細工は全てお茶にまつわるかたちをしていた。食卓や棚の上には茶器と茶の容れ物が置かれ、蠢く壁には、茶畑や茶師を描いたものだろうか。おびただしい数の絵がはりつけにされている。

 びっしりと並んだ皆に見つめられ、烏龍が、立ち止まっていたときだった。


「そなたが……お茶の精、か」

 部屋の奥から声がした。


 薄い、金色の帳で隔てられた一角に、誰かの姿が見える。

 ゆらゆらと揺れているのは髪だろうか。長く、燃え盛る炎のように紅く、離れていても熱が伝わってくる。腰から上には何も着けていないのだろうか、白い身体が、耀青よりもはるかに大きい肉体が透けている。


「近う寄れ」

 烏龍は髪に招かれて、帳の目の前まで来た。


「おお……おお、おお。なんということじゃ、ついに、そなたに巡り会うことが出来た…………そなた、名は『烏龍』か」

 弱々しい、今にも消えそうな灯火のような声。しかし烏龍が返事をすると一変する。

「嗚呼! ああ、ああ、まさにお茶の精の御名みな! 神も仏も朕を見捨てたと思うたが、茶の神だけは別であったのだ!」

 皇帝は、「炎帝」はいきなり大声で泣きだした。燃え広がるようますます揺らめく髪は帳の外まで這い出て、烏龍の、頬に触れてくる。


 無垢な肌を愛おしげに撫で、抱き寄せる髪は、烏龍を帳の向こうに引きずり込んだ。思わず上げた悲鳴にパッと離れてくれれば、揺らめきが、視界いっぱいに広がる紅が段々と大人しくなってゆく。

「陛、下」

烏龍はかすれた一声しか出せなかった。


 目の前の光景に。「フカフカ」の上、一面に茶葉と茶道具が広がる世界には。


 紅と金に囲まれた世界には、燃え盛る髪を持つ大男がうずくまっていた。腰から上には何も着けておらず、うっすらと汗が滲んでいる。腰から下には毛皮と錦の布が巻かれ、腰がくびれるほどきつく締められた帯が、屈強な胸板から肩まわり、腕を引き立てていた。耀青の肌にはほんのりと褐色が忍んでいたが、目の前の「炎帝」は、月の光のよう青白い肌をしている。


 ずっと、ひとりで。陽の光を避けてきたのだろう。暗い崖の下で耐えていた日々を思い出し、烏龍は、泣きはらした幼子のような皇帝の手を取った。

「陛下、わたしは、あなたを助けに、来ました」

 途端に「炎帝」の目に別の色が宿る。


 どこか、耀青に似た、濃く精悍な顔つきだった。耀青が湖の龍なら皇帝は炎の龍だろうか。その気になれば国ごと焼き尽くせそうな。

「どうしたら、お助けできるのか。今はまだ、自信が、ありません。でもわたしはあなた様の力になりたい……『お茶の精』として」

 不思議と震えは出てこなかった。炎帝の手はあたたかく、それは、心のあたたかさかもしれないと思ったからだ。このひとは純粋であるがゆえにひどく傷つきやすいのかもしれない、とも。


「まことか? そなたは、朕の傍に、いてくれるのか?」

「……はい」

「朕が怖くはないか? 焼き殺される、喰い殺されるやもしれぬとは、思わぬか?」

「…………はい」

 烏龍はしっかりと炎帝を見つめ、答えた。


 大きな手や、指先ではなく紅い髪が。烏龍の頬を、顔の線をなぞる。ひとつひとつ、確かめるようにして、やがて黒髪の中へと入る。両の手でまさぐるようにしていれば、ふと、あの夜切り落としたところに触れてくる。


「そなたは、朕の弟を助けてくれたのだな。話は聞いておる」

 一瞬、頬が熱くなった。しかし炎帝は優しげに目を細めただけで、口づけのことには触れてこない。

「礼をしよう。……と、言っても、朕にはこれしか出来ぬがのう」


 しばらくの間烏龍の髪をまさぐっていた炎帝は、離れさせた紅髪で、傍らの小さな水瓶を包んだ。





 燃え盛るような髪は本当に燃え盛った。


 水瓶の中身は一瞬にして煮えたぎる湯に変わった。炎帝は少し考えたような素振りの後、辺りに散らばった茶葉をかき集め蓋つき茶碗の中に入れる。

 茶碗が髪で包まれあたたまった頃、澄みきった湯が注がれた。

 帳の中は、閉ざされた世界はたちまち芳香に包まれた。烏龍が知らない、しかしどこか懐かしい香りは、花を抱いた霧深い森を思わせる。炎帝は茶碗に蓋をして唄を口ずさんだ。


  ただ一本の茶樹に宿るなり

  麗しきひと 単叢美人タンソウビジン

  天に最も近き茶園にて

  陽の光を浴び月に愛され…………


 目蓋を閉じ、夢を見ているのよう。うっとりと、香りを吸い込みながら、唄の世界を思い浮かべているのだろうか。やがて唄が終わる頃、茶碗の蓋がずらされ中身が別の蓋つき茶碗に注がれる。

「これは……?」

「朕の髪を練り込んだ蓋碗ガイワンじゃ。いつも温かいゆえわざわざ湯であたためる必要がない。便利であろう?」


 烏龍はほんのりと朱に染まったような白磁をしげしげと眺めた。流れる雲のような、龍のような線は炎帝の髪だろうか。燃え盛るような紅が、美しい紋様を描いている。

「ささ、熱いうちにはよう。朕が淹れた茶は美味じゃぞ」

「は、はい……感謝します」

もしかして、自分の肌もこうなるのだろうか。烏龍は胸の鼓動を感じながら「蓋碗」に口づけた。


 すると、どうしたことだろう。

 目の前の景色が一瞬にして変わったのだ。


 そこはかつていた高い山の上、そこには見知らぬ誰かがいた。一人は茶師、もう一人は皇族か、尊い身分の人間だろうか。顔は見えずとも美しさ仲睦まじさが伝わってくる。

 二人は身を寄せあい、一本の、背の高い茶樹を見上げていた。

 烏龍は茶師の衣に見覚えがある気がした。よく、見ようとしたときのことだ。

 幻は霧が晴れるよう溶け消えてしまった。


「おお、おお、左様にも美味であったか。朕は嬉しいぞ……そなたはまるで夢の中にいたようじゃ」

「夢の中……ですか?」

炎帝の言葉に手の中を見る。いつの間にか茶を飲み干していたことに気づいて、烏龍は、炎帝と蓋碗を交互に見つめた。

「何が見えた? とても美しいものを見たのじゃろう、朕にも教えてくれ」


 身体は大きく、顔つきは精悍で濃く。だがキラキラと潤んだ瞳は表情は幼子そのもの、龍の赤子のような皇帝。

 烏龍は、ゆらゆらと懐いてくる髪を撫でながら、幻の光景を話し始めた。


 皇帝は拙い言葉を、途切れ途切れになる声を真摯に聞いてくれた。烏龍が言葉に詰まるとかわるがわる色々な茶を勧めてくれる。口の中が渋くなれば果物を切り分け、茶菓子を並べて、いつしか二人は閉ざされた世界で茶会をしていた。


「そうか。そなたは、生きていた頃の茶師を見たのじゃな」

「茶師……ですか?」

「嗚呼烏龍、どうか堅苦しい言葉は抜いてくりゃれ。朕のことも陛下ではのうて『耀煌ヨウコウ』と」

耀青でさえ陛下と呼ぶひとを。烏龍が戸惑い、もじもじとする様を、炎帝はこう表現した。


「かわゆいのう」と。烏龍が首を傾げるとまた同じことを言った。茶会が始まりしばらくが経った頃のことだ。


 炎帝は、自らの過去を打ち明けはじめた。





 朕は先帝の第八皇子として生まれた。つまり皇帝の八番目の息子、男の子供じゃな。そなたを助けた麗親王は第十四皇子じゃ。朕が生まれたときは皇宮中が大騒ぎであったとか……なにせこの髪じゃからな。朕の母は、先帝が愛してやまなかった皇后は、腹を炎に突き破られたせいで死んだ。


 母の分まで、燃え盛る炎のよう光り輝けこの世を照らせと、「耀煌」の名を与えられた。文字はこう……火が、光が高く躍り上がる「かがやき」を意味する文字と。燃える炎、皇帝の皇からなる文字の二つじゃ。きらびやかであろう?

 朕は名に恥じぬよう、母の死を無駄にせぬよう、勉学に武術に芸術全てに寝る間も惜しんで励んだ。もちろん色恋など無縁でな。精進の邪魔じゃと拒み続けて励み続けて月日は流れ……先帝の後継者と目されるようになった頃のことじゃ。


 疲れ果て、朦朧もうろうとしながら口にした一杯の茶が、朕の世界を鮮やかに染めた。


 それは名もなき茶師が作った青茶チンチャァ、そなたに最初に飲ませた茶の仲間じゃ。献上用の茶葉に混ざって朕の元へ届けられたのじゃろう……どんな銘茶もこれには敵わぬ、今すぐ茶師を呼び寄せよ! と、初めて自ら勉学を中断した。


 茶師は相当な変わり者でな。美しい茶園ではのうて岩だらけの山や高すぎて誰も登らぬ山にばかり茶樹を植え、ひとりで茶を作っておった。やっと見つけたときは谷底のボロ小屋で粥を食いながら「なんだ、人間か」と言うたそうじゃぞ。使いの者が連れ出そうとしたが


 「皇族よりもお茶の精だ」

 「金銀財宝酒池肉林、地位や名誉より茶は尊い。銘茶の名だけに振り回され味も分からぬ人間に会う暇などない」

 とまで言ったのじゃ。決して危害を加えるな、不敬であろうと何であろうと会ってくれればそれでよいと言ったゆえ、使いの者を七日七晩泣かせてしまった。朕も七日七晩、何も手につかず茶ばかりを飲んでいたものじゃ。


 そのときじゃ、耀青が茶師を呼びに行くと言うてくれたのは。


 あやつもお茶が好きでのう……その熱さ、真摯さにさすがの茶師も折れた。ある条件と引き換えに朕と会ってくれることになったのじゃ。

 初めて見たときは感極まったものじゃぞ……この美しい手が、しなやかな指先が、あの茶を作り出したのかと。朕はその茶と口づけて血肉にした。言わば茶師が魂を込めて作り上げた分身とも言うべき茶とひとつになったのじゃ。

 それは、恋というものにも似ておった。


 茶師が出した条件はこうじゃ。「全ての茶の作り手に、有名無名問わず皇族の庇護を与えること。茶園を整備し、必要とあらば銀子ぎんすを与え、しかし決して干渉せぬこと」「伝説にある『天空の茶園』を探し出すこと」。嗚呼なんと大胆不敵、不敬を恐れぬ信念であろうか!

 朕は心から惚れ込んだ。媚びることもせず、流行りになびくこともなく、ただ己の茶を追い求める。茶師の心を知りたいその一心で、耀青を巻き込んで、望みを叶えてやることにした。我等三人、茶師が作り出す夢のような茶を飲みながら、夜な夜な語り合ったものじゃ。


 朕は、この国の茶を庇護する皇帝となるべく、ますます勉学に武術に芸術に励んだ。勿論お茶にも。縁談などますます邪魔なだけ、茶師と、耀青と、三人で過ごす時間の方がよほど大切であった。やがて皇太子となった朕が皇宮を出られぬ間は、二人が持ち帰る土産話が何よりの楽しみであった。

 じゃが……天命とは残酷なものでな。先帝が崩御し、朕が、皇帝となったときのことじゃ。


 茶師は不治の病となった。


 奇しくも「天空の茶園」が見つかったときじゃった。茶師は何とかしてそこへ行きたがったが、身体は、言うことを聞かず衰弱してゆく。侍医たちの必死の努力もむなしく朕と耀青がかき集めた治療法も効かず、あっという間に明日をも知れぬ命に……。それでも、茶を作ることだけは止めなかった。


 ある日のことじゃ。耀青が朕に「茶師を天空の茶園へ連れてゆきたい」と直談判してきおった。

 何を馬鹿なことを、と思ったものじゃ。消えかけの命を吹き消すようなものじゃと。耀青も耀青で引き下がらんでな……大喧嘩の末、あやつ、朕に無断で茶師を連れ出しおった。


 そなたを連れてきたときと、同じじゃな。





 皇帝は、燃え盛る髪の主は、寂しそうに微笑んだ。

「茶師は……どうなったのですか?」

 烏龍が問うと唇が歪んだ。


 少しの沈黙の後、ぽろ、ぽろと涙がこぼれる。それは頬を、顎をつたって、茶碗の中へと消えてゆく。

「崖から飛び降りて死んだ」

 耀青の目の前でな。言葉を失う「お茶の精」を見つめた皇帝は、ちこう寄れと手招きした。


 背中に、頬に、あたたかな髪が触れる。炎帝は自らの手では触れず、紅い髪で烏龍を包み込むようにする。

「耀青の話では、茶師は一本の茶樹を愛おしげに眺めていたそうじゃ。まるで己のようであると。そなたが見た幻もきっと同じであろう……」

 くるんとした髪先が烏龍の華奢な手指を握る。あたたかく、しかし震えている紅い髪に、涙が染み込むのが分かる。


「のう、烏龍。朕は皇帝じゃ。きらびやかな皇宮も、この国の素晴らしい茶も、全て朕のものなのじゃ。じゃが朕は一番大切なものを失くした……」

「陛、下」

「朕はの、母を殺したばかりか皇宮を火の海にしたのじゃ。茶師が死んだとの報せで我を見失い、他の兄弟も、皆の正室も側室も、すべて。みーんな、朕が、焼き殺した……」

 突然、炎帝は烏龍を抱きしめた。


 凄まじい力だった。かすれた悲鳴は炎帝の嗚咽にかき消され、烏龍は、自分より遥かに屈強な大男の腕にされるがままに抱かれる。

「のう、烏龍。今となってはこのザマじゃ。朕は今まで、生きる理由などどこにあると思うておった。じゃがな、そなたに出会うてやっと分かった……耀青は、そなたに会わせるため、朕を廃さず生かしておいてくれたのじゃと。朕はそなたに会うため生きながらえたのじゃと!」

 烏龍は腕を伸ばそうとしたが出来なかった。この、大きな幼子から流れ込む想いはあまりに激しく、かつて自分を押し流した嵐のようだったのだ。


 だが炎帝に抱きしめられているというのに、浮かぶのは耀青の。

 雪に埋もれていた自分を助け出してくれた、皇帝の弟の顔だった。


 彼の腕、共に眠ったときの胸板のたくましさ。茶を飲ませたときの唇の感触。着替えの手本を見せるため、自ら露わになった身体。

「のう、烏龍。烏龍。どうか朕と一緒にいてくれ。この病を治さずともよい、ただ一緒に、茶を飲んで、菓子を食べて、傍にいてくれるだけで良いのじゃ。お願いじゃ、朕はもう、寂しいのは嫌じゃ…………」

 耀青の。彼の兄君と、自分が、重なる。


 烏龍は、やっと動いてくれた手で、この燃え盛る髪の主の背に触れたのだった。

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