03
雷の光が、魔獣ゴライアに降り立つ。
【砕破重撃拳】
ゴシャアッッッ!!
一撃。
たった一撃で、ゴライアの頭部が爆散する。
強固な外殻を砕き、その下の頭蓋を叩き割り、脳漿と肉片が大地にぶちまけられた。
(――!?)
死を覚悟していた少女達は、身を寄せ合ったままその奇跡を目にした。
三m程もあったB級魔獣ゴライアの頭部が、上空から降った光に一撃で叩き落とされたのだ。信じられない光景。ありえない力。しかし、自分達はこれを可能にする人物を知っている。一人だけ知っている。この光を降らせる人物、それは。
「ハアッ!」
ゴライアの背からふわりと男が反転して大地に降り立つ。こちらに背を向けて立つは、見覚えのある純白の外套。自分達が恋い焦がれ、待ち望んでいたその姿。すらりとした長身。両手に輝く白銀の籠手。
A級冒険者 マル。
彼が助けに来たのだ。
「あ……」
「ああっ……!」
『烈風の戦乙女』の少女達は感激に打ち震え嗚咽を漏らす。
「ブオオオオオオッ!」「ブアアアッ!」「ゴアアッ!」
仲間を殺されたゴライア達が怒声を上げた。
親らしい巨体のA級ゴライアが一際高い雄叫びを上げ、五体のC級ゴライア達も呼応するように吠えたてる。囲まれた岸壁内に咆哮が響き渡り、周囲の空気がビリビリと震えた。圧倒される。並みの兵では恐怖で腰を抜かすだろう状況。完全に呑まれた少女達も身をすくめて固まってしまう。
しかし、彼には通じない。
「オオオッ!」
威圧を掻き消すように吠えると、マルは両拳を叩き合わせた。白銀の籠手から雷がほとばしり周囲を白く照らす。大きく屈んで拳を構え、そのまま魔獣達に向かって飛び掛かった。
「なっ――?」
「危ない!」
少女達から悲鳴が上がる。
いくらなんでも正面から挑むなんて無謀過ぎだ。武勇伝に聞いた以前ゴライアを倒した際も、攻撃の届かない上空から叩いたと聞いている。そうだ。人間があの巨体と正面切って戦える筈がな――
ゴッッ!!
轟音と共にゴライアの顔面が粉々に吹き飛ぶ。
『!?』
迫り来るゴライアより素早く懐に飛び込み、大地を踏み込み、全身をひねって側頭部へ一撃。
たったその一撃で頭部がざくろの様に吹き飛んだ。
「そんな……」
「凄っ……!」
「グギャアアアアア!!」
更に仲間が倒されたことにゴライアが咆哮をあげたが、既にマルは次のゴライアに迫っている。怯えも迷いも無く懐へと飛び込み、そして全身を込めた一撃。
ゴウッッ!!
「グギャアアアアアッ!」
全長五m近い巨体が真横に吹き飛ぶ。
体重差から考えればありえない光景。彼は身の丈で倍以上の魔獣を、魔力を帯びた拳と速度、全身のバネだけで、物理法則を覆えして吹き飛ばす。彼のその強さが、拳が、非常識を可能にしている。
無謀な特攻では無かった。彼にとってC級のゴライアなど、死角の上空から倒すまでもない相手なのだ。
ゴシャッ!
次のゴライアが弾け飛ぶ。残ったのは二体。頭を振って死角を牽制するゴライアを避けて、マルは行く手に符を打ち空中を駆け回る。上空から、背後から、側面から。自在にゴライアに飛び掛って叩きのめす。
残った二体も同じく一撃で粉砕された。C級クランの男達が、一方的に蹂躙された相手を全て一撃で壊滅だ。
「ブポオオオオオッ!」
子を失った怒りでA級ゴライアが吠える。もう残っているのはこいつだけだった。しかし、A級魔獣のゴライアはC級等とは比較にならない巨体だ。全高にして十mを超え、全長なら十五mは下らない。質量差となると一体何倍か。
ゴバンッ!!
マルが側面を叩き外殻の一枚を砕くも、その巨体はこゆるぎもしなかった。
首を振って敵を捜すゴライアは、空中を駆けるマルの速度に追いつけない。しかし、ここでゴライアは予想外の行動に出る。あろうことか固まって動けないでいる少女達に目をつけたのだ。
「ブホオオッ!」
ゴライアが少女達に向かって駆け出す。
マルが追って背後から更に一撃。しかし速度は落ちない。攻撃は確かに効いている。受けた瞬間は立ち止まり吠え立てる。しかし空中を駆けるマルを捕捉できず、眼前にいる人間。少女達にその怒りをぶつけようと走り出すのだ。
城砦都市を守った時の様に、何十回と叩けば確かに倒すことは可能だろう。しかし、それまでに少女達は踏み潰され肉片と化すのは避けられない未来だった。
「……ッ!」
マルが空を駆け、ゴライアの背を追い越して少女達の前に降り立つ。
何故そこへに立つのか。考えるまでもない。彼は少女達を助ける為に、立ちはだかったのだ。意味を理解した彼女達は血相を変えた。
「駄目っ!」
「逃げて!」
無理だ。無謀だ。何がなんでも相手が大き過ぎる。見上げれば頭の天辺さえ見えない巨体が迫ってくるのだ。質量が違い過ぎる。激突しても一瞬で潰されるだろう。
迫り来るは小山のような巨体のA級魔獣、成体ゴライア。開かれた顎は自分達の身長より大きく、犬歯なんて自分達の腰より太い。立ちはだかるなんて自殺行為だ。
しかし、彼は動こうとしない。後ろに負傷して動けない自分達を守る為に。
「ウオオオオオオッ!」
ガツンッ!
マルが雄叫びと共に両の拳を打ち合わせると、拳から放たれた雷撃が彼の全身を覆う。増幅だ。体内と周囲の魔力を集め威力を高めているのだ。
「オオオオオオオオオッ!」
ガツッ! ガツンッ!!
二撃、三撃と再び打ち合せる度に雷は多く、強くなって、ついにはマルの全身を白色で包み込む。その姿は正に雷神の如く。彼を中心として周囲の空気が帯電し火花が飛び散る。
マルの威圧感が更に増した。とても常人とは思えない覇気だ。見ている少女達はぞくぞくと背筋を粟立てた。
勝てるかも。 ――でも無理。
彼女達の冒険者としての常識が可能性を否定する。どれだけ強くなろうと、あんな大きな相手に人間が勝てる筈がないのだ。
「ハアアアアアアッ!」
マルが雄叫びを上げゴライアに向かって飛び掛る。その姿は巨大な壁に向かったとした思えない。
無謀だ。絶対勝てない。質量差があり過ぎる。
壁が迫ってくる。人間等一瞬で肉片に粉砕されるだろう。
来る。地響きが迫る。一足毎に揺れる地面と、迫る圧迫感に少女達の心臓は押し潰されそうだ。
「待って、待って!」「止めてえ!」
英雄たるA級冒険者をこんなところで死なせるわけには。馬鹿な自分達の無謀に巻き込んで死なせる訳にはいかない。少女達は必死に呼び止める。
しかし、彼は逃げない。弱者を守る為に。
彼は逃げない。強者である故に。
ゴライアへ高速で飛び込む。
マルの全身が輝いた。
「いやああああああーーーっ!」
「だめえええええーーーっ!」
光が弾ける。
ゴウアアアアアアアアッッ!!
発生した衝撃波に少女達は地を掴んで必死に耐えた。暴風吹き荒れる中、懸命に薄目を開けた――其処には。
拳を振りぬいたマルの背の向こうで、頭部どころが脊髄までをバラバラに吹き飛ばされたゴライアの肉片が、視界の一面を舞ってた。
あの巨体を。あの成体のA級ゴアイアを一撃で粉砕したのだ。
矢や火炎、戦斧の突撃にさえ傷もつかない外甲殻をものともせず、砕き、その内部の肉体毎まとめて吹き飛ばした。
――――――信じられない。
前身を失ったゴライアは、大き過ぎる故に転倒することも出来ずにそのままうずくまる。マルの眼前で。頭部を失ってうずくまったその姿は、まるで頭部を地面に潜り込ませ彼に土下座をしているかのようだった。
「ウオオオオオオオッ!!」
マルが両拳を突き上げて勝ち鬨を上げた。強者を倒した戦士の叫びが、岸壁内に響き渡った。
「あ……」
「な……」
「ああっ……!」
彼女達は知った。
彼は城砦都市でゴライアを倒した時は死角からしか攻撃できなかった。それから二年が経ち、彼は更に強くなったのだ。己を鍛え上げ、正面から戦える程に成長したのだ。
巨大なA級魔獣ゴライアに対峙し、一人の人間が、正面切って激突して切って捨てた。
これがA級冒険者。これが山の監視者。
強大な敵にも恐れず、退かず、負けない絶対なる勇者。
英雄たる男。
これがマル・アムルガ・コメッタなのだ。
◇
少女達は支え合いながら、なんとか立ち上がった。
「……また、助けられてしまいましたわ」
「……そうね」
彼を探しにきて、無理をして、騙され、魔獣を呼び込み、死の淵に追いつめられ、また助けられてしまった。なんとも愚かで格好悪い醜態を晒してたものだ。同じ冒険者として情けなくて恥ずかしい。
……それでもやっと会えた。
少女達は念願の出会いに感激し、その身を震わせる。
全員の頬が赤く染まっていた。身体の芯が熱く脚が震えだす。走りよって抱きつきたい衝動が沸くが、未だ脚に力が入らない。みんなで支え合う。抜け駆けはしない。全員で一斉に駆け寄ろう。顔を見せ合って頷き合う。
その時、一陣の風が吹いた。
強風に煽られ青年の外套が剥がれ、マルの素顔が衆目に晒された。
『!!!!』
クラン『烈風の戦乙女』の少女達は衝撃で固まった。
想像もしなかった素顔がそこに存在した。
醜男だったからではない。どちらかといえば、顔は整っている方だろう。
しかし。
しかしだ。問題はそこではなかった。
彼の頭は、いや髪形は――――丸かった。
刈っていた。
正確には五厘刈りだった。
それはそれは綺麗な人工芝を思い浮かばせる青々とした丸刈りであった。
髪色は深緑。まさに芝。
「な……」
「う……」
意味が判らず思考停止した少女達は、絶句したまま動けない。
禿頭ならまだ宗教上の問題かと想像も出来る。しかし、あのようなシンプルで珍妙な髪形を好んでする者はこの大陸にはいない。言いつけを守らない子供への罰や、南部の軍で行われると聞いたことがあるくらいだ。
そう。あの頭はとても格好悪い。成人でしている者は、指差されて笑われる程に格好悪い。整った顔も髪型の所為で田舎の洟垂れ小僧の様な、冴えないにいちゃんと化している。
最初に出会った時に、チラリと覗いた輪郭や澄んだ目から、内心かなりの美形だと想像していたのは否めない。自分達も年頃の娘だ。正直かなり期待していた。しかしアレは無い。本当に無い。全部台無しだ。なんであんななの。
しかも左側頭部には、かなり大きな五円ハゲまでありやがった。
「あっ……」
少女達はまだ二の口を告げられないでいる。漏らした言葉に反応し、マルがこちらを振り向いた。
「「――!」」
互いの目が合った。
瞬間。少女達の目は驚きと期待で光り、対する彼の目には怯えが走った。それは紛れもない恐怖の色。
(!?)(怖がられた――?)(な、何で――?)
少女達は驚く。自分達より遥かに強い彼が、何故自分達にそのような表情を向けるのか意味が分からない。何か誤解があるのか。とにかく話しかけなくては。我々は礼を言う為に、ここまで彼を追ってきたのだ。
「あ、あの……」
「ヒョオオオエエエエーーーーーー!」
マルが奇声を上げた。
ドシュンッ!
土煙を巻き上げ遥か上空へ飛び上がる。
「「え?」」「へ?」「い?」「はえ?」
そのまま彼は上空で符を打って蹴り上がり、空中を走破して――あっという間に、逃げていった。
自分達ではまるで敵わなかったA級魔獣を一撃で撃破した男が、自分達の顔を見た途端、怯えた顔で悲鳴をあげて――もう一度言おう。
――――――――――彼は逃げていった。
「え……」「ちょっ」「ええっ!」
……もう見えない。神速の逃げ足である。
「な……」
「なん……」
「なんなの?」
「「えええーーーーっ!!」」
その場には呆然とした少女達が残された。
◇
「対人恐怖症?」
「って……なに?」
ギルド本部に戻ったクラン『烈風の戦乙女』のパーティーは、重症を負って生き残った男性冒険者二名を引渡し、今回の経緯を説明した。
受付職員ドムスは勝手にC級だけで山に登ったことを散々怒って事後処理の手を回した後で、最後にはやっぱりそうなったかとニヤニヤ笑って説明を始める。
「人が怖くてまともに話せない奴のことさ」
「「…………」」
少女達はしばし硬直し思考停止した。
「――はあ?」
口の悪いエメリーが聞き返す。
なんの冗談だろうそれは。内気な幼児じゃあるまいし。A級だ。A級ランカーだぞ。英雄なんだぞ。
「そうだ。あいつはひでえ人嫌いっていうか。他人を怖がるんだよ。まともに面と向かって喋ることもできねえ」
「……ええ?」
「なにそれ」
「なにせそこらのガキが声を掛けただけで、怯えて逃げやがるからな。筋金入りさね」
そう言って受付の親父はガハハと笑った。
「子供って……」
あれだけの強さを持っていて人が怖い? それはどんな冗談だ。
A級冒険者は云わば人外の領域に到った者達である。腕の一振りでその辺の大人など吹き飛んでしまう。存在するだけで周囲を威圧し、憧れとなり、国に賞され、人々の上に君臨する存在なのだ。人前で母親のスカートに隠れる稚児じゃないのだ。
少女達は困惑した顔を見合わせ再度親父に詰問する。
「病って……病気なの?」
「幼い時に人見知りするガキとかいるだろ。あれの酷いやつだろさ。なんでも子供の頃色々酷い目にあったとかで、御山の一門に拾われた頃にゃ、すっかり他人と話すことができなかったんだと」
それは同情すべきことではあるが、もう良い大人だろう。聞けば既に成人してるという。
「それって冒険者としてどうなの?」「ありえないんだけど」
対人コミュニケーションが出来ないで、どうやって監視員の仕事やギルドと受付をしているのだ。というか、そんなのでまとも生きていけるのだろうか。
「おう。だから話すのも一苦労なんだよ。うちでも無口なベンズ爺さんが窓口をやってる時に来て、無言でやりとりしてんのさ」
見てると面白れえ光景だぜと親父はゲハゲハ笑う。
「……騙されたりしないんですの?」
対人コミュニケーション能力が低いということは、親しくなってさえしまえば騙されやすいということでもある。A級で国官となれば資産も莫大であろうし狙う者は多いだろう。なんとか顔を繋げられれば、相手はコミュ障で大金を所持しているカモだ。騙そうという者はさぞ多い筈。
「怒らせたら躊躇無くぶっ殺されるからな。奴が暴れたら誰もかなわねえ。以前騙そうとした馬鹿共を廻りの建屋八件毎吹き飛ばしてからこの街で奴に手を出す奴はいねえよ」
巻き込まれるのが怖いから、そんなこと考える奴は俺達も許さねえしな。と暗に都市全体が彼の味方だと話す。
「元々あいつの仕事は御山での監視員だ。監視所で魔の異邦勢の動向を監視して、状況を都市に知らせるのが本業なんだ。そこを峰山の巡回で討伐までしてくれてるってんで問題になったのさ。魔獣を討伐して報酬を得ていないとなると俺達の立場がないからな。体裁上こっちのギルドにも席を置いてもらっている訳だ」
その片手間の討伐で、あっと言う間にA級ライセンスを与えられたという。如何に彼が常識外れの強さを持っているか分かるものである。
「まだ礼を言いたいって? 止めとけ止めとけ。絶対逃げるし追いつけない。下手にお前らに怯えて奴が街に来なくなってみろ。お前さん達この都市全員から恨まれて叩き出されるぞ」
「……」
都市の皆が彼の味方なのだ。庇護していると言っても良い。少女達は頭を振る。
「というか、あの頭はなんなの? ありえないんだけど!」
台無しじゃんとムクれるエメリーの最優先は常に顔だ。正直過ぎる娘にドムスは楽しそうに笑う。
「なんでもあいつ等の流派のスタイルらしいぜ。爺さん達もそうだった。魔力を雷にして身に纏うだろ。髪の毛が伸びてると雷が飛び散って邪魔なんだと。だからいっつも綺麗に刈ってるんだとさ」
「そんなあ」
「いい男だったのに……」
「幻滅ですわ」
コメリーどころか元貴族のカタリナまでぼやきだした。顔が整っているだけに、あの髪形は本当に勿体無い。涼しげな眼差しもあの髪型のおかげで、ぼーっとした田舎者の風体に成り果てていた。見てしまった残念五円ハゲは、いつまでも脳裏から消えてくれず今晩も夢に見そうである。昨夜もコメリーが『五円ハゲ~っ、残念ハゲがあ~っ」』と寝言で喚き、起こされた仲間達全員に蹴り飛ばされたばかりであった。
「驚いたろ! 娘共はみんなそう言って幻滅しやがるんだ! ざまあみろ。ガハハハ!」
してやったりと下品に笑う親父。男の嫉妬が晴らされたといわんばかりの大人気ない姿だ。誰だこのオヤジを良い人だと云った馬鹿は。
クランの頭脳担当エスティマは頭を抱える。
顔が整っていてA級ランカーともなればさぞ周囲の男達から妬みも買っているだろう。それなのに彼は男性にも人気があった。その理由はこれだ。あの強さだけではなく、人見知りで女性から逃げ回るという弱い面も見せ、かつあの頭髪で女性達をドン引きさせて自分達の女に手を出さないから好かれているのだ。
「どうすんのリーダー」
「どうするったって……」
問われてリセリナも口篭る。
憧れや夢心地で追いかける意欲はすっかり萎んでしまった。自分勝手な話だと思うが若い娘は自分の恋愛感情に正直だ。これ以上頑張っても危険なだけだし、コメリーとエメリーは完全に意気消沈しており無理強いしても足を引っ張るだろう。
追いかけるのは物理的に無理。追い掛け回し続けて怖がられて街に来なくなれば、今度が自分達が都市の敵になる。それでは諦めるしかないではないか。
仕方なく預かっていた彼の分の報酬を、お礼状を添えてギルドから渡して貰うよう頼む。
「実はな……同じこと聞いてきてB級冒険者達を紹介し、最後に文句言ってくる連中は多いのさ。お前等で丁度六十組目だぜ!」
「六十……」
「そんな……」
聞きたくなかった事実を告げ「毎度あり」とゲラゲラ笑う親父の声を背に、少女達は冒険者ギルドを後にする。
ふらふらと肩をぶつけ合って歩くなかで、エスティマが呻く。
「おかしいと思ってた。街中で聞いても誰も彼に会う方法を教えてくれない。それなのに、ギルドではあんなに簡単に教えもらえて、B級の護衛まですぐ見つかった。彼等がどうしてあんなに巡回ルートを熟知してたのか。契約金額がギリギリ届く範囲で高めだったのか」
これは冒険者ギルドのマル専用オプショナル捜索ツアーだったのだ。
「嵌められたの!?」
「騙されたの?」
エメリー、コメリーの二人は瞬間沸騰で激昂するが、エスティマは首を振る。
「おそらく最初は親切でやっていたんでしょうね。でも、あまりにも頻繁に依頼が来て、勝手に中層に行って死なれても困る。だから都市内に触れを出して、窓口を作って対応することにしたんでしょう。B級クランの予定を数組確保しておいて、経路や宿泊場所も調べて即時対応できるように。当然相場より高めの報酬になるけど、巡回場所で待つだけなら危険も少ないし、ギルド側もB級クランの人達も安全に収入を得られるということで、自然と街ぐるみで仕組みが出来上がったのだと思うわ」
まんまとしてやられた。自分達は男に熱を上げた馬鹿娘として、散々カモられたのだ。
そこらの女共と同じことを考えて、ギルドの金策に嵌められたのだ。自尊心をいたく傷つけられた彼女達の目と口は某埴輪の様に真っ黒だ。
「ああ……」
「今日はお風呂入ってもう寝よう」
「いや飲もう」
「どっちもですわ」
「そうしよう……」
少女達は肩を落としながら宿へと向かうのだった。
この城砦都市スベェンデールには有名なA級冒険者が存在する。
最強の強さを持つ一方、他人が怖くて逃げ出すというおかしな性癖を持つ彼の名は、マル・アムルガ・コメッタ。脅威の強さと特徴的な髪型で、この城砦都市において『マルコメ』と呼ばれ慕われる青年であった。
てってれー。
ひねりもなんにもない話ですいません。ちょっと書いてみたかっただけなんです。
二幕タイトル 炎姫帰還 (いつか、そのうち)
あらずじ 城砦都市スベェンデールにもう一方のA級クラン『グランネビュラス』が帰還した。隣国の廃嫡子にしてクランリーダーの炎姫(戦闘狂)マルガリーテは叫ぶ『私は帰ってきたぞマル!』彼女の目的はマルだ。追いかければ空中を駆けて逃げていくマルを捕まえる為、彼女達は北方へ出向き飛翔の魔具を入手してきたのだ。『今度は逃がさない。さあ手合わせだ。アハハハハハ!!』『ッ!?』半裸の美女が魔剣を片手に大声で空を追いかけてくる。マルは大いに恐怖した。城砦都市西の山峰で壮大な追いかけっこが始まった。一方、山脈西方からは繁殖期のグリフォンを追って災害級魔獣たる炎竜が飛来してくるのであった。