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対人恐怖症のA級冒険者  作者: BAWさん
第1幕 御山のA級冒険者(エースアドベンチャラー)
1/3

01

 ワン○ンマン見てたら無性にそういうのが、書きたくなった。

 少女達は林の中を逃げていた。


「ハァ、ハァ、ハァッ!」

「まずいよリセリナ。また増えた!」


 普段お調子者のエメリーが悲壮な声をあげる。それ程に状況は悪い。追ってくるD級魔獣ヴェアアントの数は二桁を超え、このままでは倍以上の数に追いつかれそうだ。命の危機をリセリナ達は感じとる。


「あたしはもう駄目……置いて逃げて!」


 肩を貸されている魔術士エスティマが、脇腹を押さえながら叫ぶ。


「駄目だよっ!」

「バカ言うなっ!」

「畜生カタリナッ、起きてっ、起きてよこのバカッ!」

「リセリナッ……!」


 パーティーは五人。うち一人は昏倒し背負われ、もう一人は負傷して仲間に引き摺られている。

 追ってくる甲殻型魔獣ヴェアアントの数は、目視できるだけで十二体。追いつかれて背後から襲われたら一斉に呑まれての乱戦になるだろう。後背を取られての戦いは不利だ。このまま逃げ続けるか、戦うか――負傷者を見捨てて逃げるか。

 リーダーのリセリナに決断が問われる。


(くっ……!)


 どうする。一番生存確率が高いのはエスティマの言う通りに負傷者を囮にして逃げる案だ。彼女達が抵抗しエサになっている間だけ時間が稼げる。しかし長年一緒にいた仲間を見捨てて逃げるという決断ができない。したくもなかった。

 駄目だ。しっかり考えなくては。迫るヴェアアントの総数だって判ってない。エスティマ達を見捨てても魔獣が更に増え続ければ逃げ切れるとは限らないのだ。そうなればただの悪手。二人を失った自分達は更に劣勢に追い込まれる。


(失敗したっ。ちくしょう。不用意に進み過ぎたんだ)


 後悔しても、既に遅かった。



 彼女達は冒険者、クラン名『烈風の戦乙女』うら若い女性のみの五人パーティーである。


 結成して二年。隣国の都市で魔獣の討伐業を主に行っていたが、先月この城砦都市にやって来た。この地域の上層は異邦の領域に隣する為、強力な魔獣が闊歩する。しかし、低層は鈍重なオーガ系や外皮の軟い四足獣達が主流であり、その生息数も多いことから女性冒険者には稼ぎ易いとの話を聞いたからだ。

 情報は当たりだった。女性ばかりでスピードタイプの自分達とこの地の魔獣は相性が良く、ここ数週間で今迄滞在したどの都市より多くの報酬を得ることが出来た。ここは良い狩場だ。良いところに来た。皆が満足し連日豪遊して気も大きくなった。それで気が緩んでいたのだ。


 今日は思った以上に討伐数が上げられず、体力に余裕もあったことから中層手前迄登ってきてしまった。閑散とした林に岩と砂場が増え、気がつけば甲殻系の魔獣と遭遇。緊張したのも一瞬、出くわしたのはE級魔獣ミニアントだ。こいつは多少硬いが数さえ増えなければ楽勝だ。一度緊張した神経が弛緩。これもマズかった。報酬の低いミニアントを不満の声を上げながら討伐していたら、更に奥に入り込んでしまい、そこを上位種のD級魔獣ヴェアアントの群れに襲われたのだ。こいつらは甲殻蟻系の中でも成人男性と同じくらいの体長で外殻も硬い。主武装がサーベルのリセリナと風術系の魔術士エスティマには相性が悪かった。コメリーが戦斧を振り回し獅子奮迅の活躍をするも、まず法術士のカタリナが襲われた。陣形が崩れた隙を突かれ、こんどは魔術士エスティマまで負傷した。後は皆で強行突破して敗走となったのである。

 少しの油断であっという間にパーティーは壊滅の危機となっていた。


 広場に出る。剣を振るうには最適な広さだ。リセリナは決断した。


「円陣組むよっ! 二人を中にっ!」

「おうっ!」


 こちらの戦意を感じたヴェアアント達が、飛び掛るのを躊躇して次々止まりだす。多少の知能があるのか、後続の仲間が追いつくのを待って自分達を包囲するように囲みだした。数にして――十六体。


(多い……くそっ)


「やるよっ……!」

「「おう!」」


 周囲から次々襲い来るヴェアアントに対し、彼女達は必死に防戦を始める。コメリーが槍で牽制し、リセリナが剣と盾でカバーし、エメリーの戦斧が叩き潰す。負傷したエスティマは自分と倒れたカタリナの応急処置だ。


「はあっ、はあっ! 残り十一!」

「いけるよっ!」

「「おうっ!」」


 限界が近い。口では勢いよく掛け合うも、息は上がりきっている。頼りのコメリーが疲労でふらつき始めた。しかし、彼女達は自らと仲間を鼓舞する為にも掛け声を止めない。誰かの心が折れた瞬間が、全滅する瞬間だと知っているからだ。


「申し訳ありませんでしたわ。立て直します!」

「「よっしゃああ!」」


 昏倒していたカタリナが復帰した。リセリナ達は咆哮を上げて敵に立ち向かう。手が空いた魔術士エスティマが牽制の魔術を飛ばし、カタリナが体力回復のヒールを唱え始める。


(いける。いけるぞ。これなら助かる!)(なんとかなる!)


 更に一匹を屠る。


「一匹!」

「おおしっ!」


 誰もが形勢逆転を感じたその時、突然ヴェアアント達が攻撃を止め、距離をおき始めた。


「やっぜ!」「こっちの勝ちだ!」「待って!」


 単純に喜んだ仲間達を余所に、頭脳役たるエスティマはいぶかしんだ。引き方が不自然なのだ。


 ズン……


 攻勢が止まったおかげか、周囲を観察する余裕ができた。途端に地響きを感知する。なんだ。これは何だ。いつから。どこからだ。周囲を見回したコメリーが震える声をあげる。


「リセリナあぁっ……」

「何?」


 リセリナと仲間達は、林の中空を見上げる彼女の視線の先を追う。


「「「!!?」」」


 そこには巨大な目玉が浮かんでいた。

 視線が合った瞬間、ぶわりと背筋に鳥肌が立つ。仲間達も次々と奴を見付け息を呑んだ。


「ギガント……」


 身の丈五mを越える巨大な魔獣が林の中から顔を出したのだ。それは巨人。それは巨人型魔獣。クラスにしてB級の一つ目型巨人ギガントだった。

 巨大な影が彼女達をすっぽりと覆う。地響きが迫りアント達が逃げ惑って場を開ける。避け切れず足元にいたヴェアアントの一匹がぶちりと踏み潰された。自分達が必死に倒している魔獣を一踏みで圧殺。脅威度が桁違いだ。


「な、なんでこんなとこに……」

「あんなの、もっと上の層にいるんじゃなかったのかよ!」


 こいつが下層手前まで降りてくるなんて、めったに聞かない話だ。その不幸に自分達は出会ってしまった。不運の連鎖。それは簡単に死を予感させる。マズイ。このままではマズイ。


「グオオオオオッ!!」


 ギガントが雄叫びをあげた。周囲の大気が震え、五人は恐怖に身をすくめる。視界の端にいるヴェアアント達は下がったが、未だ去ろうとしない。ギガントが自分達を撲殺した後に遺骸を漁るつもりなのだ。状況は一転して最悪となった。


「なんてこと……」

「む、無理だよあんなの……」

「くっ……!」


 仲間達の声が絶望に染まっている。ギガントが木々をへし折りながら迫って来た。

 リセリナは対応策を考える。まともに戦う訳にはいかない。奴が手にする巨大な棍棒が一振り当たるだけで自分達は肉片と化すだろう。身につけた耐性魔具や加護も圧倒的な物理攻撃の前には役に立たないのだ。


「二人共走れる?」「ええ」「大丈夫ですわ」


 弱点はあの大きな一つ目だろう。エスティマの魔術で目潰しを図って林を逃げ回るしかない。リセリナは背嚢から牽制用の小弓を用意する。仲間達も瞬時に察して連携準備に入る。


「行くよっ!」「ええっ」


 小弓で腰を打ちギガントの注意を引くと同時に、エスティマの風魔術がギガントの巨目に命中する。


【烈風】


「ガウッ……!」

「えっ……」

「何?」

「「「そんな…………」」


 ギガントが煩わしそうに首を振った瞬間、風魔法【烈風】が掻き消された。

 通常なら二体の四足魔獣をズタズタにする筈の風の嵐が、ギガントの眉を模した触手が振られると同時に掻き消えたのだ。

 ギガントは外皮に魔術耐性がもつと聞いたことはある。しかしあんな方法で急所を守っているとは彼女達は知らなかった。


「なんだよアレっ」

「あんなの反則だよっ!」


 泣き言を叫んでも状況は好転しない。


「オアアアアアアッ!!!」


 怒ったギガントが雄叫びをあげて棍棒を振るうと、周囲の木々が次々なぎ倒される。発生した突風で五人は簡単に煽られ地に転がった。


(まずい――!)


 即座に立って全員で逃げなくてはならない。ギガントは動作自体は鈍重だが鈍い訳ではない。歩幅が大きく違うのでこちらが全力で逃げなくては数歩で追いついてくる。リセリナは仲間に号令を飛ばす。


「走って!」

「駄目っ、道がっ!」

「何?」

「嘘っ!」

「……そんな」


 コメリーの叫びに皆が彼女の視線の先を追う。そこには退路と決めていた獣道が、なぎ倒された木々で塞がれていた。行動を読まれた。ギガントはまず自分達の退路を塞いだのだ。

 見上ればギガントが巨大な犬歯を見せて笑っている。やられた。こいつは知能がある。自分達は奴を侮って逃げ道を塞がれたのだ。どう戦っても勝つ見込みの無いこいつに。どうする。後ろは塞がれた。前にはギガント。左右にはヴェアアント――無理だ。


(終わった――)


 活路を見出せずセリナは硬直した。散開して戦うか逃げ回るかの指示も出せず立ち尽くした。この瞬間彼女の心は折れていた。死を感じた仲間達も立ち尽くしている。ギガントが巨棍を振りかぶった。もう駄目だ。もう何をしようと、間に合わない。


 (――死ぬ)


 少女達は条件反射的に武器を向けたまま息を呑む。

 一瞬、仲間達と視線が交差するも、誰もが死を予感し諦観した表情だった。

 今迄一緒にやって来た仲間達。騎士を諦めたリセリナと家出したカタリナ、揉め事から加わったエスティマと、コメリ-。呑み屋で意気投合して一緒になったエメリー。今ではかけがいのない仲間達だ。仲間達だった。一緒に喜び、つかみ合いの喧嘩をし、背中を預け助け合って生きてきた。今日が最後だったのだ。今日、ここで自分達は終わるのだ。


(そんな)(やだ。やだ)(死にたくない)(嫌だ。こんなところで)(もう駄目――)




 その時――轟音と共に、上空から閃光が降り立った。




【砕破重撃拳】


 ドゴオオオオオンッ!


「うわあっ!」「「きゃああっ!」」「なにっ!」


 土砂が舞い上がり、少女達は転がりながら武器で身を守る。

 何がおきたのか。ギガントに光の柱が立ったと思った途端、奴が爆発したのだ。


「「!!?」」


 違った。よく見れば眼前の巨体は地に倒れ伏している。しかも、頭部は地にめり込み大きく凹んでいた。上空から何かが高速で襲ってきて、ギガントの頭部を叩き潰し巨体ごと倒したに違いない。ピクリとも動かず完全に絶命している。

 倒したであろう人物がギガントの頭部からむくりと立ち上がった。


「あ……」

「ああっ……!」


 そう、人であった。

 外套を被っているためはっきりとは分からないが武装をしている。明らかに人間だ。上空から戦士が舞い降りて、魔獣ギガントを一撃で倒したのだ。


「ギガントを一撃で」

「信じられない……」

「凄い……」


 少女達は感動に打ち震える。

 なんという強さだ。自分達Cランク冒険者では集団で囲まなくては厳しいB級の魔獣ギガントを、ただの一人、たった一撃で粉砕したのだ。まさか彼はあのA級ランカーなのか。

 コメリーとエスティマが安堵で膝から崩れ落ちた。カタリナは無意識に指を組んで、彼に祈りを捧げていた。

 外套に隠れて顔は見えない。しかし、悠然と立つその姿は、上空から射した日を浴び勇者が光臨した如く荘厳な光景であった。

 ぶるりと少女達は身震いする。

 そう、彼である。外套の隙間から覗く引き締まった体躯は、彼が背の高い青年であることを示していた。両手に装備するは剣でも槍でもなく、鮮やかな意匠が彫られた白銀の籠手(ガントレット)。彼は拳士なのだ。

 青年が顔を上げる。その視線を浴びて周囲のヴェアアント達が一斉に下がった。


「「!!」」


(なんてことっ)(凄い!)


 魔獣達が脅えている。人の身でありながら、彼は魔獣達が怯む程の威圧感を視線だけで放ったのだ。人が威圧で魔獣を抑えるなど初めて見る光景だった。人間はここまで強くなれるのか。


(カッコいい……)


「ハアッ!」


 掛け声と共に光の軌跡が空を翔ける。否、青年が魔獣達に飛びかかったのだ。彼の拳が光り輝き、動きを追って光が翔けたかの様に見えたのだ。軌跡と共に魔獣達が粉々に吹き飛び肉片と化していく。ヴェアアントの硬い外殻等まったく障害にもなっていない。

 迅い。そして桁違いに強い。

 自分達が苦戦したヴェアアントの群れが、紙細工の様に次々と肉片となっていく。なんという……なんという圧倒的な戦闘力だ。

 その光はあっという間に自分達の周りを周回し――――そして、何故かそのまま遠くへと消えていった。


「ええっ?」「あっ、ああ!」「……行っちゃった」


 青年は自分達に声も掛けず、そのまま去ったのだ。討伐した魔獣の討伐報酬となる魔結晶を回収することもなく。


「た、助かったの?……」

「助かったのよ」


 エメリーの呆けた声にエスティマが答える。その場には少女達と、数多の魔獣の屍骸が残された。

 クラン『烈風の戦乙女』の少女達は、急死に一生を得たのだった。


          ◇


 なんとか城砦都市に戻った『烈風の戦乙女』の一行は、怪我の治療を終え休息を取った後に冒険者ギルドを訪れた。魔獣達から得た魔結晶の換金を兼ね、自分達が遭遇した状況をギルド職員に話し助けてくれた彼の情報を求めたのだ。なんとか彼に再会し礼を言いたい。代わりに回収した魔結晶の報酬も手渡したい。

 ドムスと名乗った隻腕の受付親父は、黒い顔にいやらしい笑みを浮かべながら少女達の質問に答える。 


「そりゃあ……マルだろうな」

「マル……さん」

「マル様とおっしゃるのですか?」


 随分簡素な名前であった。


「マル・アムルガ・コメッタ。連峰の監視官にして、このギルドのA級ランカーだ。ギガントを一撃で叩き潰すなんて芸当は、あいつにしか出来ねえ仕業だな」

「マルさん……」

「やっぱりA級なんだ」

「凄いですわね」

「あたしA級なんて初めて会ったよ!」

「あたしも~っ!」

「「格好良かった~っ!」」


 手を合わせて甲高い奇声を上げる娘達を見て、ドムスはげんなりした顔で説明を続ける。


「手が光ってたと言ったろ。あれは奴の使う『覇王舞闘流』の特徴だ。体内の魔力を雷として身に纏って拳から放つらしい。奴の走った後に紫電が残像として残るんでそう見えるんだよ」

「拳…闘家ですの?」


 格闘技として拳闘という武術があるのは知られているが、主に対人用のものだ。あの巨大な魔獣達に対して対人格闘技など役にたたないとして、大陸での拳闘の知名度は低い。


「おう。ここの御山の監視官は対魔獣格闘技の宗家、『覇王舞闘流』の一門が代々担ってるのさ。奴はその何代目かだ」


 監視官。

 この大陸において、城砦都市西域の大山脈より西は異邦の地とされ、人は住めず多くの魔獣に支配されていると言われていた。立ち入った者は数あれど、無事に帰って来た者は殆ど居ない未開の地なのだ。

 その大山脈を越え、十数年に一度「大海嘯」と呼ぶ魔獣達の大侵攻がおきる。高峰の監視所に居を構え、奴等の動向を監視し魔獣侵攻に備えるのが監視官の役割である。国家の役職でもあった。


「といってもあそこは世襲制で役割を担っているからな。国官と言っても現地職みてえなもんだ」

「A級ランカーで、更に国官……」

「超優良物件……」


 はしたなくも、ごくりと少女達誰かの喉が鳴った。何処の世界でも女は現金である。


「……是非会ってお礼を言いたいのですが」

「あっリセリナずるいっ! はい、はいっ。あたしも、あたしも!」

「あー……難しいだろうなあ。あいつは高峰の監視所から、めったにこの城砦まで降りてこねえんだよ」

「「ええ~っ!」」


 少女達のブーイングにドムスは顔をしかめる。


「俺に文句言ったって知るかよ。奴は御山での監視が仕事なんだぜ」

「それでは、会うためには、こちらが監視所へ赴かなくてはならないのでしょうか?」

「できねえよ。監視所はB級魔獣がうろうろいる上層にあるんだぜ。道なんかあってないようなもんだし、辿り着くまでに魔獣共に喰われちまわあ」

「では、彼はどうやって下界と行き来をしているんですの?」

「ここの都市長別邸に転移陣が設けられているんだ。でも役人共の管理下にあるんで、俺達や一般人は使わせて貰えねえ。会うためには奴のほうから降りてきてもらうしかねえんだ。もっとも、あいつ自身は自力で行き来できるんで使ってねえんだけどよ」

「どうすれば会えるの?」

「だから会えねえって。俺も数年に一度しか顔見たことねえよ」

「そんなあ」

「諦めろって。助かったのは幸運だったと思って感謝しとくんだな」


 少女達は受付から離れて相談を始める。しかし諦めきれない。なんとかして彼に会い、礼を言いたいという結論になる。それ程までにあの救出劇に感動したのだ。今回の討伐報酬も含め、当面生活資金にかなり余裕が出来たのも大きい。


「……やはり、是非とも会って礼を言いたいのですが」

「出来ねえっつーの!」

「そこをなんとか」「オジさん色男」「渋くて素敵ですわ」「意外とまぶたが長いのですね」

「うるせえよ!」


 見え透いた世辞に親父がキレる。

 コメリーとエメリーがカウンター越しに親父の手を握って、前かがみになって胸元を見せ嘆願を始めた。若い色気が弾ける。


「馬鹿たれがっ! も少し色気出てから出直して来い!」

「ええ~っ!」「そんなああ~っ、酷~い」


 あんまりな言われ様に、自信のあった二人はぷんスコぶうたれた。色気は弾けただけだった。

 ギルドの受付で散々女性冒険者のおねだりを聞いているドムスからすれば、小煩い娘達の色技なんてうっとうしいだけである。

 それでも諦め切れずに『お願い』と言う名の営業妨害を続け、周囲の冒険者が迷惑そうな顔を向けるのを受けて、とうとうドムスが折れた。


「お前等そんなに奴に会いたいのか」

「はい。きちんと礼を告げ、報酬も渡したいのです」

「カタリナ・ウィンバードの名にかけて、命を救って頂いた礼はキチンとしなくてはなりませんわ」

「そして、出来れば御近付きになりたい」

「良い。早く素顔を見てみたい!」

「こら」


 男好きのコメリーと面食いのエメリーが本音を漏らし、クランの頭脳役たるエスティマが二人の尻に膝を叩き込む。

 要はすっかり彼女達はマルのファンになってしまっているのだ。是非とも会ってお近づきになりたい一心なのである。

 ドムスはしぶしぶ監査官たる彼の御山での巡回経路について話す。そこを張っていれば、いずれ通り掛かった彼に会えるだろうと。


「でもこの経路は時々B級魔獣もうろついてるからな。指定した場所以外で待つんじゃねえぞ。戦力的にもお前たちだけじゃ無理だ。ちゃんとB級クランに護衛依頼して集団で行くんだぞ」


 会える目処がたったことに、少女達は歓声をあげ抱き合って喜んだ。


 そのB級クランにも数組当てがあるというので、少女達はドムスに依頼を出して人選も任せた。なにせ自分達はこの都市で新参だ。ギルド職員の紹介なら間違いは無いだろう。


「それでは」

「よろしくお願いしますわ」

「待ってるよー!」

「ヨロシクねー!」


 少女達は各々礼を言ってギルドを後にする。一人は目がハート型に、一人はスキップをしていた。


「はあーっ……。止めときゃいいのによお……」


 親父の言葉は少女達には届かなかった。


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