第22話 天岩戸
目が覚めると、目の前は真っ暗だった。電気がないので、当然だが。
今日も夢落ちでありませんようにと、祈りつつ周りを確認。
ミリアのすうすうという規則正しい息遣いが聞こえる。
今何時だろうと時計を見ると、まだ5時前だった。あんなに早く寝たのは久し振りだった。
少しだけ伸びをしたら、ミリアがもぞもぞし始めた。どうやら今ので起こしてしまったらしい。
「う? あぁ、おはようございます」
「うん、おはようミリア」
ミリアの頭をナデてあげながら、今日は何を行おうか考える。
ひとまずミリアには、昨日の俺と同じように今習得出来るジョブを全て覚えてもらおう。それでどの職の効果を得たいか直接聞いてみるのも良いかもしれない。
言い訳は、昨日一緒に風呂に入ったからとでもしておこう。
「ミリア、体調はどうだい?」
「え、あぁ、はい。だい……じょうぶ? だと思います」
まだ寝惚けているのか、手を天井に伸ばし、掌を開いたり閉じたりしている。
「あれ? でも、何で部屋に居るんですか? あれ? しかも何気に一緒の布団で寝てるし?」
やはりまだ寝惚けているらしい。いつもなら、ここできゃああとか悲鳴を上げるのに。
「昨日風呂に入ってたら、のぼせたのかミリアが気を失ったんだよ。だから、あそこから部屋まで連れてきて介抱してたんだよ」
「あぁ、なるほど。ご迷惑を……を? を、お! お!? ななな、何で下着姿なんでえええ!?」
「のぼせちゃったから、服を脱がせてあげたんだよ。暑そうだったからね」
ミリアの温もりが名残惜しかったけど、俺はそう言ってベッドを出て火魔法を使って蝋燭に火を灯す。
「うえぇ!? ぱぱ、ぱん、ぱ、つ、下着! 下着が変わってる!」
「うん、お風呂入ったから。びしょびしょのまま全裸で運ぶのもどうかと思ってね。仕立て屋さんから貰った下着を穿かせておいたよ。そのパンツかわいいよね」
「み、見られた。見られた。見られた……」
思い出して恥ずかしいのか、布団を被ってしまった。
「もう動きたくないです。もうこれ以上恥ずかしい思いしたくないです」
「大丈夫。もうこれ以上恥ずかしい事なんて無いよ。昨日ミリアの全身を洗う時、洗い残しがないよう隅々まで確認したから」
「隅々!? あうあ、もうやだぁ。お嫁に行けない……」
「俺が貰うから大丈夫。安心して俺に任せておいて! さぁ、今日も一日がんばろう!」
いつまで経っても布団から出てこなかったので、強制的に布団から引きずり出そうとするが、布団にしがみ付いて離れない。
「いーやぁ! もうやだぁ! やーだー!」
寝起きで頭の処理が追い付いていないようだ。完全に子供だな。まぁ、子供だけど。
仕方がないので、顔を洗うため部屋を出ようとドアに手を掛けたところで、音を立てずに少しだけドアが開く。
ミリアの声が聞こえていたのか、ミーアが隙間からこっちを覗いている。
あ、目が合った。怖いわ! 暗殺者か!
ミリアはまだ、やだやだ言ってる。ミーアに気が付いていないようだ。
「それじゃ、俺はミーアさんの美味しい朝飯を食べに行ってくるから、ベッドの中で待ってなさい」
「っ!?」
「そんなに部屋から出たくないなら、もう魔法も使うことないね。魔術士は一生封印だ」
「えぇ!?」
魔術士を封印というのが効いたのだろうか、ミリアがベッドから飛び降りて、走って俺の腕に抱き付いてくる。
「いく。私も行きます!」
「一緒に行くの嫌って言ってたじゃないか。だったら俺一人で行ってくるから、待ってて良いよ? ミリアくらい養えるから」
「いやぁ! 私も一緒に行く!」
何このかわいい生き物。見てみろよ。ミーアさんも、こんなミリアを見たことないのか驚いた顔でこっち見てるじゃん。
「俺の事好き?」
「すき! だから一緒に行くもん!」
「ミーアさんから俺に奴隷の権利を移すことになるけど?」
「うつす! 移して一緒に行く!」
自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。寝起きのミリアはかわいいなぁ。まるで幼児だ。
「だそうですよ? ミーアさん」
「はぇ!?」
「仕方ないねぇ。元々その子は奴隷として使役する為じゃなくて、私達の子供として購入した子だからね。譲渡はその子が結婚する時だと考えていたけど、そこまで言うなら反対はできないよ」
そう言いながら部屋に入ってくるミーアを見て、ミリアは口をポカンと開けたまま固まっている。
「え……? おかっ!? どこから!?」
「ん? お前が布団の中で駄々をこねてるところから見てたよ」
「いやあああああ!」
折角天岩戸から出てきたのに、また自ら入って行ったじゃないですか。何してくれてんのよ。
「まぁそんなわけだ。タカシ、今日の夕方時間作っといてくれ」
「え? あぁ、はい。分かりました」
それだけ言い、ミーアは部屋を出ていった。ミリアを貰えるのか!?
喜んでいる俺とは反対に、ミリアがまた布団の中で独り言を言い出した。
「あぁ、もう、私何を言って……」
ひとまずミリアの装備を一式出し、ミリアが食いつきそうな事を言ってみる。
「ほら、ミリア。風呂を沸かせられなくて悔しかっただろうし、今日は魔力を上げてあげる。だから、早く着替えなさい」
「魔力!? 本当ですか!」
がばぁ! と布団から出てきてキラキラした目をこちらに向けてくる。余程悔しかったのだろう。食い付きが半端ない。
「魔力! 本当に私の魔力を上げる事なんてできるんですか!?」
「ああ、多分出来るから。ほら、だから早く服を着なさい」
「本当!? 本当ですよね!? 約束ですからね! やったー!」
下着姿でピョンピョンする程度は、俺との生活に慣れてきてくれたのかな。
飛び跳ねながらバンザイしていたので、ついでに上からガバっと服を着せてあげる。
「さぁ、その前に食事だ。今日の日程も決めないといけないし、また食べながら話合いをしよう」
「はい!」
泣いたり笑ったり、落ち込んだり喜んだり、忙しいミリアのことが少しずつ分かってきた。
そんなミリアの頭をナデながら食堂に移動し、朝食をとりつつ今日の行動を決める。
「まずは実験したい事があるから、依頼を受けて狩りを行おう。その後はどうしようか」
「試したいこと、ですか。それはどのくらい時間が掛かりそうですか?」
「うーん、俺は昨日三十分も掛からなかったかな。でも今日はミリアにやってもらうから、ミリア次第だね。それでも一時間もあれば終わるんじゃないか?」
「がんばります」
ジョブを習得するだけだから、すぐに終わるだろう。
ただ、それから夕方とミーアと会うまでかなりの時間が空くことになる。何をするにもお金が必要だし、何かお金になることはないだろうか。
「ねぇ、ミリア。お金を沢山稼ぐ為に何か良い方法ないかな?」
「そうですねぇ。前に言ったと思いますが、依頼を受けるのがコツコツではありますが確実です。素材も集まりますし」
「そうか。じゃあ、物凄く価値のある素材とかない?」
「この国の周辺は、比較的モンスターが弱いです。でもモンスターの居る場所には大抵、昨日のブラックウルフのようなユニークモンスターが居ます。討伐すればもちろん報酬は高いですが、数パーティーで挑むほど危険です」
そういえば昨日、ギルドのおじいさんが倒した狼のことをユニークとか言ってたな。そんなに危険なやつだったのか。
でもアンノウンでブーストが掛かっていたとはいえ、一撃で倒したしな。そんなに強いとは感じなかった。まぁ、統率が取れてたからもっと群れてたら危なかったが。
「ここら辺では、ブラックウルフ以外にどんなユニークモンスターが居るの?」
「まさか!? また戦おうと思ってるんじゃないですよね!? 昨日あんなにギリギリの戦いだったのに!」
「もちろん、戦うよ? お金のためだもん。それに、ウチのパーティーには魔術士様が居るからね」
「えっと……その、私の事をそう言ってくれるのは嬉しいですけど、昨日は偶然数が少なかったから、勝てたんですからね!?」
それは分かってる。でも、あの時魔法が使えてたら多分無傷で倒せていた自信がある。2から3パーティーで戦うっていうのは、ランクEの冒険者になり立ての、魔法が使えない連中が数で押し切る際の人数なんだろう。
「大丈夫。昨日の三倍くらいの数でも何とかなる」
「はぁ……その自信はどこから来るんですか……」
「いざとなれば、俺も魔法を使うから大丈夫だよ。それより、他のユニークの居る場所、分かる?」
「はい、分かります。ここら辺には後6体ほど居ます。最近倒された情報は無かったので、多分今も居ると思います」
ブラックウルフで8金だった。本来なら3パーティーで分配するだろうから、一人44銀程度だろうが、俺等は身内で二人だから8×6で48金にもなる。一気にお金持ちだな!
そいつらを討伐するだけで大富豪になれるんじゃないだろうか? でも、現実はそんなに甘くないよな?
「ユニークって倒してもまた出てくるの?」
「そうですね。ユニークと言っても、群れの長的な存在なので、倒したら次の長が誕生します」
「それはどのくらいの頻度で?」
「大体、一年程度と言われています」
一年か。それだけの収入では生活費だけでなくなりそうだ。
「よし、今日はサクっと作業を終わらせて、全てのユニークモンスターを狩りに行こう」
「えぇ!? やっぱりやるんですか!?」
「当然でしょ。ミリアもお金欲しいでしょ?」
「私は、その、奴隷ですから。一定以上お金は持てないんです」
え? そんな情報初めて聞いたけど? 何その設定。
あぁ、でもミリアは良い子ちゃんだから良いとして、確かに奴隷がお金を持つと色々とまずそうだな。下剋上的な感じで。
「そうなんだ? 知らなかった。ちなみにいくらまで持てるの?」
「50銀程度です。それ以上は持つことができません」
「分かった。じゃあ、はいこれ」
インベントリから45銀と94銅を取り出して、ミリアの前に置く。ほぼ俺の全財産だ。
「え!? 何ですか、この大金! 要らないです!」
「ダメ。持っておいて。何かあった時俺が困るから」
「はぁ。タカシさんがそういうのなら。分かりました」
俺が置いたお金を、いーち、にーい、さーん、と丁寧に数えてインベントリに入れている。律儀だな。
「わぁ! すごい! 私が今まで溜めていたお金と合わせたらちょうど50銀になりました!」
そりゃあ、まぁ、そうだろう。所持金見えてるし。あ、でも見えたらまずいのか。適当に誤魔化しておこう。
「おお、それはすごいね! 俺の全財産だったんだけど、合わせたらピッタリって俺等の相性みたいだね! やっぱり俺等は運命の糸で結ばれてるんだよ!」
「それはないですけど、すごいです!」
何か今日のミリア冷たくない? まぁ、喜んでくれてるから良いけど。
「よし、それじゃあ日程も決まったし、そろそろ出発しようか」
「はい!」
食後のまったりした雰囲気を切り替え、鍵をカウンターに居るミーアに返して宿を出る。
まず向かう先はギルドだ。