第1話 ミリア
「んぅ……」
日が昇っており、もう朝か……と目を開けると、そこは自室のベッドではなく辺り一帯が草原で俺自身は寝転がっていた。
目を凝らして辺りを見回してみると、正面の少し離れたところに、人工的に作られたであろう岩やレンガを規則正しく積み上げたようなものがある。
遠くの方に山があり、それ以外にはただの草原が広がっている。
先程まで自室だったはずなのに、いつの間にか外に居て戸惑う。
周りには誰も居ない。空を見上げると太陽がある。
ふと、今は何時なのだろうかと考えると、突然視界の隅に時間が表示された。
09:01
「おわぁ!?」
突然のことだったので、思わず声が出てしまった。
何だこれ。視界を動かすと時計も一緒に動いてくる。テレビの画面の隅に表示されている時計みたいだな。
何かを操作するデバイスは持っていないし、どうやって表示されたんだ? などと考えていると、時計はスーっと消えてしまった。
頭の中で再度、さっき視界の隅に出た時計をイメージしてみた。
09:03
おお、これは面白い! 本当にテレビみたいだ。
もしかして、ファンタジー世界を夢見過ぎてテレビ――いや、ゲームの中に入ったのか!?
待てよ……まさか、昨日購入した異世界生活権って、本物だったということなのか!?
あぁ、ありがとう自称神様! バカにしてごめんな!
でも、夢かもしれない。寝落ちとかだったら嫌だな……。
意識はハッキリしているみたいだけど、頼むよ? 自称神様!
よし、気持ちを切り替えていこう。これは現実、これは現実! 突然変わる環境に慣れるのは得意だ。
時計は出せた。あと、他に何かできないかか試してみよう!
ゲームといえばやっぱりメインメニューだよな。
そう思い、心の中で過去にやったことのあるゲームのメニュー画面を思い描いてみた。
……。
何も起こらない。
俺の能力はそう――時計を表示させるだけだったのだ。
笑えない。
何か間違えたのかもしれない。ゲームだと、直接ステータスやインベントリを開いたりするショートカットキーがあるよな。
試してみよう。ステータス……ステータス!
▼タカシ・ワタナベ Lv.1 村人
HP:6(6+0)
MP:6(6+0)
ATK:3(3+0)
MAG:3(3+0)
DEF:3(3+0)
AGI:3(3+0)
STR:1 VIT:1 INT:1 DEX:1 CHA:1
おお、ステータスは表示できるのか。それにレベルがある!
ジョブは村人。どこの村だよ。東京村か? まぁ良い。
他にも何かないか、思い付くものを色々と試してみる。
INV:なし
EQP:なし
SKL:なし
QST:なし
PTY:なし
思い付くことは色々と試してみた。
やはりステータスがあり、鞄や装備、スキルといった世間一般でいうRPGのような項目を一通り見ることができた。
しかし、寝間着として着用していたジャージがあるのに、装備なしというのはいかがなものだろうか。せめて布の服とか、色々言い方はあると思うのだが。
そういえば、RPGといえば最初は街の中、もしくは街の近くから始まるはずだから、先ほど見えた壁のような物は街の外壁だったりするのだろうか。
ここにずっと居ても仕方ないし、ひとまず行ってみるか。
そうやって正面の壁を目指し歩いていると、壁は予想した通り街の外壁のだったようだ。
入口辺りには鎧を着て槍を持った人が立っている。誰だ? その人物を注意深く見てみる。
カッシュ・ドレイブ Lv.19 騎士
すると、何か頭の上に名前……なのか? それとレベルやジョブが表示された。
他人のステータスは覗けないのか。でも、職とレベルは見ることができるな――など考えながら歩いていると、声を掛けられる。
「おい、止まれ」
カッシュ(仮)に止められた。街の中に入るには、何か手続きが必要なのだろうか。
「見慣れない奴だな。それに服装も怪しい」
それはそうだ。相手は鎧。俺はジャージに裸足なのだから、場違い感が半端ない。
「身分証を提示しろ」
「え、いや、あの、見ての通り何も持ってないです」
そう言うと、警戒されたのか、槍を前に出された。
「貴様! カードも出せぬとは、犯罪者か!?」
「ちょっ! え!? 何!? 何なの! カード?」
突然大声を出され、戸惑いつつ先ほどの要領でカードをイメージした。すると、突然手の甲が光り出し、カードが現れた。
「……出せるのであれば、初めから出せ!」
そう言われ、カッシュ(仮)にカードを奪われた。強引だな。
タカシ・ワタナベ Lv.1 村人
「ふむ。村人か。素材集めか何かか? とにかく犯罪者のようなことはするなよ? もう良いぞ。通れ」
そう言われ、カードを返してもらえたのでポケットに入れようとしたら、スーっと消えた。時計と同じく時間経過で消えるのか? 便利だな。
カードが消えたことに驚きはしたが、冷静を装いつつ会釈しながら門の中に入ろうとする。
「おい!」
「ひゃ、はい!?」
まだ何かあるの!? もう良いでしょ! 噛んだじゃねーか!
「外はただでさえ危険だ。それなのにレベルの低い内に裸足で一人で出歩くなぞ、自殺行為だぞ!」
知らねーよ。気が付いたら外に居たんだよ。
心の中で悪態をつきながらカッシュの方を見ていると、「待ってろ」と言われたので、待つことにした。大丈夫だよな……?
カッシュは、詰所のようなところに入り、藁のような草で編んである草履を取り、こちらに投げてきた。
「落し物だが、持ち主は現れないし、売れもしない物だ。お前にやろう。裸足よりはマシだからな」
「おお……あ、ありがとうございます!」
この人、実は良い人なんだな。
怒鳴らなければ、な。
「商店で売っていない素材が欲しいのならパーティーでも組んで行動しろよ?」
「そ、そうですよね。次からはそうします」
ここに来るまで特に何も無かったが、やっぱり魔物とか出るのだろうか?
物もくれたし、心配してくれているようなので、ひとまずお礼を言い、足早にその場から遠ざかる。
これが言語設定オプションの効果なのだろうか。明らかに外国人のような風貌だったが、言葉を理解できたし、言葉も通じた。
後は文字の読み書きができるかどうかだな。後で確認してみよう。
そして、しばらく歩くと人が沢山出入りしている建物がある。気になったので入ってみることにする。
(何か皆武器を持っていたり鎧やローブを着てるけど、何なんだここは。ジャージの俺は場違い感がすごいんだけど。)
それよりも……獣耳だ! ケモミミ! ケモミミ! 尻尾もあるし、耳がピクピク動いている。あぁ、モフモフしたい!
それにスラっとした体躯で耳の長い人はエルフか? すごい! 実在したんだな! それに、美形揃いだし!
獣人やエルフを見て、やっとここが自分の住んでいた世界ではないことが、実感できた!
あとは夢ではないことを祈るだけだ!
そうやってキョロキョロと周りの人達を観察すると、受付のようなところがある。
そこを挟んで反対側に居るのは店員だろうか? 皆同じ服装をしているし。
そのおっさんばかりの中で一人だけ小さな女の子が居て、すごく浮いてる。
ミリア・ウェール Lv.2 村人
ミリアちゃんか。サイドテールの髪を揺らしながら、小さいのに大人に混じって仕事しているのが微笑ましい。
それに、大きな目に小さなメガネがすごく可愛らしい。耳の形が少し違うが、何族なんだろうか?
もしかしたら、そういう小さい種族なのかもしれない。
気になってミリアちゃんを見ていたら、向こうに気が付かれてしまった。
やばい、見過ぎた! と思った時には既に遅く、ミリアちゃんはこちらに歩いてやってきた。
「何か依頼をお探しですか?」
「あ、いえ。人が沢山居たのでつい気になっちゃって……」
警戒されたのか、ちらちらと全身を見られ、首を傾げられた。
「不思議な恰好ですが、冒険者の方ではないですよね。ギルド加入の申請ですか?」
何かよく分からないけど、カッシュが素材が欲しいなら冒険者とか言ってたし、ちょうど良いか?
「えーと、はい。そんな感じです」
「それでしたら、こちらへどうぞ」
営業スマイルで、受付らしき所へ案内された。体は小さいけど、しっかりした子だな。やっぱりそういう種族なだけで、大人なのかもしれないな。
それに営業スマイルとはいえ、かわいい笑顔を見せられたら断れるわけがない。
でも、確認しておかないといけないことがあるので聞いてみる。
「あの、やっぱり申請費用とか掛かりますか?」
「いえ、加入も含め、ギルド利用には一切費用は掛かりませんので、ご安心ください。カードをお貸しいただければ登録もすぐに終わります」
利用無料とか大丈夫なのか、ここ? どうやって運営してるんだよ。
そう思いつつ、カードを出すのは二度目なので、今度こそスムーズに出し、ミリアちゃんに渡す。
「それでは登録いたしますね。登録後、当ギルドについて詳しくご説明させていただきますので、そのまましばらくお待ちください」
「分かりました」
そう言って、彼女は受付の奥へ歩いていった。
ジャージのポケットにファスナーが付いていて、そこに500円玉が入っていたけど、それで足りるかどうか心配だったから、費用が掛からなくて良かった……。
俺の全財産、500円かよ……。
でも待てよ? 後から請求されたりしないだろうな? ノルマがあったりとか……。
しばらくあれこれ考えていると、ミリアちゃんが戻ってきてカードを返される。
返されたカードを見てみると、ジョブが変わり、ランクというものが追加されていた。
タカシ・ワタナベ Lv.1 冒険者 Rank.E