第八話
評価・感想の方もよろしくお願いします。
狼我、クリス、アッシュがミリーたちと別れてから1時間が経過したが,、未だ目的の宿に着けないでいた。
「あれ? おかしいな。この道で合っていると思うんだけど……」
「おい、アッシュ。まだ着かないのかよ」
「アッシュ様。この道は数分前に通ったばかりです」
目的地に着けないのは完璧にアッシュのせいだった。先ほどから何度も同じ道を通ったりして、道に迷ったため、一向に進んだ気にならないのだ。
いい加減、じれったくなった狼我はアッシュに目的の宿の特徴を聞き出す。
「アッシュ。目的の宿の特徴はどんなだ? たとえば名前とか外装とかわかりやすい目印があるだろ」
「いや、それがな。宿の名前は無いんだ。そこの親父が頑固でな。理由は知らないけど一向に名前を付けたがらないんだ。外装もいたって普通の宿屋という感じで特徴がまるでないのが特徴だな」
「なんだそれ。宿として成立しているのか?」
これから何のヒントも無しに宿を探さないといけないかもしれないと思うと、ため息をつきたくなる狼我だった。。
そこで何かに気付いたのか、突然クリスがある場所を指差してアッシュに質問をする。
「もしかしてあそこですか。アッシュ様」
クリスが指を差した場所は何の変哲もない一件の家だった。二階建てでよく見ると改装してあるのが、かろうじてわかる。ただ、宿屋と言われて、はいそうです。と言えるかは微妙なところだ。
「おお、そうだ。そうだ。よくわかったな。クリスさん」
「アッシュ様の説明を聞いてもしかしたらと」
(あのアッシュのへたくそな説明でわかるとは……クリス。恐るべし!)
「クリス。すごい。よくやった。これでもう歩かなくて済む」
「いえ、当然のことをしたまで、お役にたてて光栄です」
そう言ってクリスは定位置である狼我の斜め後ろへ待機する。
ちらっとクリスの横顔を拝見した狼我だったが、その顔は無表情ながらもどこか嬉しそうだった。
「よし。行くぞ。ロウガ、クリスさん」
「迷ったのはアッシュだからな。もし、遅れたらミリーに怒られるぞ」
「それを言うな。頼むから」
アッシュを先頭に宿の中に入る。中は誰もいないみたいで、一人用にカウンターに呼び鈴のベルがあるだけで、質素で寂しいところだった。
「親父! いないのか? 俺だ。アッシュだ。客を連れてきたぞ」
その場にアッシュの声が響くだけで、一切の返事もなかった。
「もしかして……留守か?」
「おいおい。まさかここから別のところを探すのか?」
と言ったところで、宿の奥につながる扉から年齢50歳ぐらいの右目から頬にかけて大きな傷のある強面のおっさんが現れた。
「何しに来た」
「ひどいぜ。親父。今日は客を連れてきたんだ。二人だ。部屋を用意してくれ」
アッシュから親父と呼ばれたおっさんはジロっと狼我をそしてクリスを見た。
「部屋はどうするんだ」
「おっ、そっか。どうする。別々でいいのか?」
「ああ、別でたの……」
「一緒でお願いします」
「いや、別で……」
「一緒でお願いします」
「別……」
「一緒でお願いします」
アッシュは狼我とクリスのやり取りを見て笑いながら親父に言う。
「決まりだな。と、言うわけだ。二人は一緒の部屋で頼むよ」
「……」
親父はカウンターから鍵を取り出すとそのまま投げ渡す。
「おっと。201か。この部屋に止まれということでいいんだよな?」
確認の意味を込めてアッシュに聞き返す。
「ああ、親父は基本的に必要なことしか喋らないから無口なのは気にするなよ」
「別に気にしてないさ。それよりも早くギルドへ戻ろう。誰かさんが道に迷ったから大分遅れたと思うし」
「そうですね。別にこれといった荷物もありませんから」
アッシュは二人からのチクリとした嫌みに思わず苦笑いしてしまう。
「二人とも少しきついぜ」
狼我とクリスはすでにアッシュを放って宿の外へ出ていた。
「帰りは私が道案内をします。ご主人様」
「よし、それなら安心だな。んっ? アッシュ、なにしてんだ。早く来ないとおいてくぞ」
しばらくの間、アッシュは動くことができなかった。
◇◇◇
夕日が沈みかけ、月が出始めた頃、狼我たちはギルドを目指していた。すでに夜の鐘はなっており、約束の時間が過ぎていることがわかっている。
流石にこれ以上、ミリーたちを待たせる訳にはいかないので、狼我たちは人にぶつからないように気を付けながら走っていた。
「アッシュ。お前が寄り道なんかするから遅れたんだぞ!」
「ロウガだって、珍しい食べ物を発見したとか言って、ふらふら~と脇道にそれただろ」
「ご主人様、アッシュ様。今は黙って走るときです」
淡々と事実をいい放つクリス。
「「すみませんでした!!」」
狼我とアッシュはただ謝るしかなかった。
「ほら、怒られた。アッシュのせいだぞ」
「俺のせいかよ。ロウガ。お前も同罪だ」
「やめよう。この争いは不毛だ。それよりもさっき何を買ったんだ?」
「フフフ。それは内緒だ。あとのお楽しみって奴だな」
(……? まぁいいか)
ようやくついたギルドの扉を開けて中に入る狼我、アッシュ、クリス。
既にいるはずのミリーたちの姿を探していると奥のテーブルから声が掛かる。
「ちょっと! 遅いわよ。ロウガ、アッシュ、クリスさん。こっち、こっち」
少し大きめの丸型テーブルに料理が並べられ、ミリーたちとギルドの受付をしていたメルが座っていた。
「すまん。アッシュが道に迷ったり、余計な寄り道をしてなければもっと早く着いたんだけどな」
「おい!!」
「やっぱり、アッシュが原因だったのね。まぁ、いいわ。それよりも早く食べましょう。それとメルを誘っておいたわ。ちょうど仕事終わりだったし、いいわよね?」
「ああ、大歓迎だ。人は多い方がいいからな」
メルは狼我とクリスに向かって礼をする。
「すみません。皆さんの集まりにお呼ばれしてしまって……今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。俺のことはロウガでいいよ」
「私のこともクリスとお呼び下さい。メル様」
それぞれが空いている席に座る。狼我の席位置は右隣りにメル、左隣りにミリー、正面にクリスということになった。
「それじゃあ、ロウガとクリスさんのオルガスタにようこそ、そして生き残った俺たちに乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
各々(おのおの)が、テーブルに一杯に並べられた料理を平らげていく。さすが、現役の冒険者たち。料理の無くなるのが早い。そのためミリーが片っ端から料理を頼む。どこのテーブルも同じような感じなのか、少なくない給仕の人たちが忙しそうに動き回っていた。
「ギルドって依頼を受ける場所だけじゃなかったんだな」
「まぁな。オルガスタほど大きい都市には基本的に受付カウンターの隣はギルドが経営している酒場がある。それよりもロウガ。お前酒を飲まないのか?」
「俺が住んでいた場所ではお酒は20歳からって決まっていたんだよ。だから飲んだことがないんだ」
「おっ、じゃあ、初めてのお酒じゃないか。飲めよ」
「やだよ。もし酔っぱらったとき、記憶を無くしたくない」
「そうよ。ロウガにはまだ早いわ。おとなしくジュースにしておきなさい」
「何言ってんだ? ミリーお前もジュースだろうが」
「うるさいわね。分かっているわよ。そんなこと」
「そういえばミリーもジュースだな。何でだ?」
「あれ? 気づいていなかったんですか? ミリーはまだ13歳ですよ。この国の成人は15歳ですからあと2年はジュースです」
狼我は飲んでいたジュースをむせながら驚きの表情でレンの方へ向く。
「そうなのか!? てっきり、同い年ぐらいだと思っていた。確かに顔つきは幼さは残っていると思っていたけど……一部分は成長しきっているから。つい」
そう言いながら狼我の目線はミリーの首から下へ移動していく。
「どこみてんのよ。エッチ」
「悪い。でもそう考えるとなんだか妹みたいで、かわいく見えてくるな」
となりに座っているミリーの頭を撫でる狼我。ミリーは不意を突かれたからか、抵抗なく狼我の手を受け入れる。撫でていたのは数秒のことで、気づいたミリーに振り払われていた。
そのときのミリーの顔は真っ赤になって、耳は逆立ち、尻尾がピンっとなり、まるで威嚇する猫のようだった。
「い、いきなり、なにすんのよ!! 人の頭を勝手に撫でるなんて、デリカシーがないんじゃないの!」
「まぁまぁ。そこに頭があったからな。つい」
シャー。という擬音が聞こえるほどミリーは狼我に対して警戒していた。軽い臨戦態勢を取っていたかもしれない。
やりすぎたと思った狼我は、別のことに気を紛らわせるためにワザとらしく、今思い出したように皆に言う。
「そういえば、クレイジーモンキーの肉はどうするんだ? 今、俺のアイテムボックスに入っているけど……」
「あっ、そうだった」
アッシュが思い出したように相槌を返す。それと同時にジークが席を立つ。
「俺が頼んで来よう。アッシュ。クレイジーモンキーを出してくれ。2頭分だ」
「わかった。ほら」
アッシュが自分のアイテムボックスからクレイジーモンキーを出そうとする。それに待ったという形で狼我が声を掛ける。
「俺も1頭分だすよ」
狼我にジークが手で制する。
「ロウガ。今日、俺たちはお前に命を仲間を救ってもらった。だから気にするな。せめてこれぐらいさせてくれ」
「ジーク……わかった。お言葉に甘えるとするよ」
ジークはクレイジーモンキーの足を掴み、引きずりながら酒場のマスターの元へ歩いていく。さすが神獣の聖域の魔物なのか、他のテーブルに座っていた冒険者たちが注目し始めた。
一人の冒険者がクレイジーモンキーを引きずっているのが、ジークということに気づいたのだろう。アッシュに向かって大声で喋り始めた。
「おい! アッシュ。お前生きていたんだってな」
「まぁな。こうしてピンピンしているぜ」
話しかけてきた冒険者は顔見知りなのか、嬉しそうに返事をする。話題はすぐにクレイジーモンキーの事になった。
「あれは神獣の聖域の魔物だろ。も、もしかして食べるつもりなのか?」
「もちろんだ。クレイジーモンキーの肉はおいしいって有名だからな。これからみんなで食べるんだよ」
「俺たち知り合いだろ。一口くれるというのは……」
「NOだ。あきらめろ」
崩れるように自らの椅子に座り込む冒険者を見て、話を聞いていた全員が大爆笑する。これを機に話かけるきっかけになったのか、近くにいる冒険者を巻き込んでの大宴会になった。
さきほどアッシュに話しかけてきた冒険者とまた別の冒険者が声を発する。
「さっきから気になっていたんだけどよ。いつものメンバーとは違う奴が混ざっているけど誰だ? そ、それにそのえらい美人のメイドさんは……まさか!! お前の恋人じゃあねぇよな?」
「ばっ、馬鹿。クリスさんに失礼だろ」
狼我はアッシュの恋人という言葉が聞こえた段階でちらっとクリスの様子を見たが、そこまで気にしている風には見えなかった。
(なんとなくクリスはこういうことを言われるのが嫌いじゃないかと思ってたけど俺の思い違いか?)
「お前の恋人じゃなかったら一体どういう関係だ。教えやがれ!」
「そりゃあ、お前……」
アッシュが答えようとしたとき、クリスが口を開く。
「私は……」
今まで喋らなかったクリスが声を発したことにより、誰もが話すのをやめて、場違いなメイドの次の言葉を待つ。狼我はこれから紡ぎだすクリスの言葉を予想して、質問される未来を予想する。
(これでクリスが俺のメイドと言ったらこの場にいるほぼ全員が詳しいことを俺から聞き出そうとするんだろうな)
「私は、そこにいるご主人様。狼我 神威様の性奴隷です」
誰もが考えていたよりも斜め上を軽くぶっ飛んでいることを言われ、飲食している者全てが口から吐き出した。
「「「「ブハァッッ!!」」」」
飲み物を吐きだしたのは狼我もだった。飲もうとしていたジュースを口に付けていた瞬間の出来事だったのでむせてしまう。
「おい、ロウガ。一体どういうことだ。なんてうらやま……いや、けしからん!」
「ロウガ。アンタそういう男だったのね。サイテー」
「もう少しそこのところを詳しく聞かせてもらってもいいですか!!」
同じテーブルにいるアッシュたち、そして外野からの質問攻めに狼我は「ちょっと待て」と言う。
(えっ? 俺、クリスに手を出してないよな。まだ童貞だよな。チェリーだよな。確かに何度か手を出そうと思ったけど踏みとどまったはず。まさか意識がないまま襲ったとか……)
「失礼、間違えました」
全員、クリスの悪ふざけで言った。ただの冗談だと思い、落ち着いていく。
(ほっ……)
「正確には雌奴隷です」
ギルド内のテンションが一気に最高潮になり、全員がこっちを見ていた。狼我とまったく面識のない冒険者までもが詳しく聞こうと詰め寄ろうとしている。
「ロウガ。お前そんな奴だったのか!! ちくしょう。うらやましいぞ!!」
「いやーーーー!! ロウガ。これから私とメルに触るの禁止」
「ロウガさん……」
ミリーは自分の体を抱きしめて狼我から遠ざかる。メルは困ったように狼我を見ていた。が、頬が真っ赤に染まっている。
「おい。それはないだろう。ミリー。それとメルまでそんな眼で見ないでくれ」
いくら狼我が弁解しようともすでに評価が地に落ちたため、ミリーたちが態度を改めることはなかった。
「おい。クリス。いつ俺が手をだした。性奴隷とか雌奴隷とか初耳だぞ」
そんな……という表情をして、わざとらしくクリスは崩れる落ちた。
「ご主人様。ひどいです。森であんなに私を攻め立てたのをお忘れですか? ご主人様の剣による濃厚な攻めのお蔭で私は足腰が立たなくなって、しばらく動けなかったんですよ」
「なっ!!」
クリスの過激な発言で声が出ない。口をパクパクさせて指を差す。
「外でだと……負けたぜ。ロウガ」
アッシュは男として狼我に負けたことを悟ったのか、語尾が小さくなりながら小さく呟く。
「足腰が立たなくなるまでなんてどれだけやっているのよ。加減というものを覚えなさい」
ミリーは冷静に話そうとするが、かなり動揺していて、手に持っていたジュースを落とし、顔を真っ赤にしている。
「いやーすごいですね。男として尊敬しますよ」
レンは素で狼我を褒めていた。
周りにいた人間はクリスの発言で、やけになり、お酒を飲む。
悔しさのあまり涙を流す者、嫉妬で狼我を睨む者、その様子を酒の肴にする者までいた。
(みんな勘違いしている。クリスの言っていることは神獣の聖域での戦闘特訓のことだ。確かに俺が剣を持って、クリスに攻めたけどエッチなことは一切なかった。というかしばらく動けなかったのは俺の方だぞ。でもみんなにはそのことは言えないし、ちくちょう。このまま泣き寝入りするしかないのか)
「いや、ちょっと待て。みんな勘違いしている。決してそのやましいことはなくてだな……」
「お願いです。ご主人様。メイドでも妾でも愛人でも性奴隷でも雌奴隷でも構いませんからクリスを捨てないでください。お願いします!!」
クリスの必死な懇願に不審に思った狼我はあることに気付く。
(クリス。いつもより顔が赤くないか?)
「もしかして酔ってないか?」
「酔ってません!! クリスは酔ってませんよ~ご主人様」
「やっぱ酔っているだろ!! あっ! クリスの飲み物がジュースじゃない。たくっ! 誰だクリスに酒を飲ませたのは」
「それよりもご主人様。約束して下さい」
「わかった。わかった。約束する。クリスを捨てるわけないだろ。だから安心しろ」
「えへへ。ありがとうございます」
そのままクリスは狼我の横に来て、腕に抱きつき、眠ってしまった。
(今度からクリスにお酒を飲ませるのは止めよう。というか禁止だな)
「どうしよう……」
狼我はクリスを支えながら呟く。するとメルが席から立ち上がって、自分の席に座らせるよう促す。
「どうぞ。使ってください。私の席にクリスさんを寝かせれば移動する手間は省けます。私はクリスさんの席に座ります」
「ありがとう。メル」
とそこでクレイジーモンキー―を持って、料理の注文をしていたジークが戻る。
「何があったんだ? レン。みんなはどうしたんだ?」
「いや、そのですね。なんと言ったらいいか……」
「……? まぁいい。料理は頼んできたぞ。もうすぐ来ると思うぞ」
ジークが戻ってきた頃にはアッシュたちとテーブルひとつで飲んでいたはずの宴会がいつのまにかギルド1階酒場の全席を交えたものになっていた。最初は戸惑い、何を話せばいいかわからなかった狼我だったが、時間が過ぎるほどそんな考えはなくなっていた。今ではどの冒険者とも垣根なく話せている。ただお酒を飲んでいない狼我は、時折、テンションについていけないときもあるがそれは仕方ないだろう。
宴会のテンションが最高潮だった先ほどよりは落ち着いてきたが、どの冒険者たちもお酒を飲んでおり、素面なのは、狼我、ミリー、メルだけだった。狼我とミリーはジュースを飲んでいたため、まだ素面なのはわかる。しかし、メルはお酒をかなり飲んでいた。それなのに意識ははっきりしており、表面上も特に変わった様子はない。
狼我の脳裏には酒豪の言葉が浮かぶ。そして今も他の冒険者からお酒を注がれていた。
その様子を傍目で観察していた狼我は、ちょうどこちらに料理を運んでくる給仕の姿を視認する。皿には焼かれた肉が載せられており、それがクレイジーモンキーの肉なのは、容易に推測できた。
「おい! アッシュ。クレイジーモンキーの肉を使った料理が来たぞ!!」
「何! 本当か!」
誰もがクレイジーモンキーの肉を運んでいた給仕を見る。
一人の冒険者の喉がゴクリとなった。
「あれがクレイジーモンキーの肉か……手に入れるのも困難で、高級店にもめったに並ばない料理。初めてみたぜ」
「いいなぁ。俺にも一口食べさせて欲しいぜ」
運ばれている料理を見ていた冒険者たちが小さくそう言ったのを狼我は聞いた。
「おまたせしました。クレイジーモンキーのステーキです」
人数分の料理を載せた皿が給仕の手からテーブルに移動する。
「これは……すごいな。ここからでもステーキの香ばしい匂いを感じる」
「幸せ。生きててよかったわ。さぁ、早く食べましょう」
「ほう、見事な焼き加減で調理されてある。さすがギルドの料理人。今までどんな魔物でも料理してきたことだけはある」
「すごいですね。昔、食べたウォーモモンガと同じ。いや、それ以上かもしれません」
「あの……本当に私も頂いてよろしいのでしょうか? 皆さんが危険を冒して手に入れた物をこうして食べるのは抵抗を感じてしまいます」
「気にしたら負けだと思う。こっちが誘ったんだから遠慮せずに食べればいい。それにメルほどの美人と一緒にこうしてテーブルを並べることができたんだ。これぐらいは当然さ。それよりも早く食べよう。さっきから匂いに反応して、お腹がグーグー鳴っている」
その場にいる全員が皿の上に乗っている料理に目を奪われている。
「みんな同時に食べよう」
そう言った狼我の言葉にアッシュ、ミリー、ジーク、レン、メルが頷く。
「「「「「いただきます!!」」」」」
一口サイズのステーキを口に放り込む。
ゆっくり味わうように丁寧にステーキを噛み切っていく。
「う、うまい。今までで確実に一番うまい。もう口の中の肉が無くなった」
料理を求める手は止まらず、すかさず次の肉を食べる。
そして全部食べ終わるのにそんなに時間は掛からなかった。どうやらクレイジーモンキーの肉を使ったステーキを食べた全員が同じのようで、各々が余韻を味わって一息ついている。
「お、おい。アッシュ。どんな味だったんだ? か、感想を聞かせろよ」
そこで一人の冒険者がみんなの気持ちを代わりに質問する。
「うまかった。言葉ではとても言い表せないな。これは」
そこで、メルがあることに気付く。
「そういえばクリスさんの分はどうするんですか? とても起きそうには見えませんけど……」
全員の時間がピタッと止まる。
「そうだな。ロウガ。どうするかはお前が決めろ。このステーキはクリスさんの分だし、ご主人様はお前だろ」
「そうね。私たちはそれでかまわないわよ」
アッシュにそう言われ、悩む狼我。周りを見るとどこか期待した面持ちの冒険者の姿があった。
「ん~そうだな。周りにいる冒険者たちにあげればいいんじゃないか? 方法はじゃんけんだな」
狼我の発言に冒険者たちの雄たけびがギルドに響く。
とそこで一人の冒険者が疑問の声をあげる。
「なぁ、じゃんけんって何だ?」
(えっ? もしかしてじゃんけんをしらない? まさかこの世界にはじゃんけんがないのか?)
狼我の考えは正しかったようで、アッシュやミリー、メルまでもがしらないと言って、狼我に聞いてきた。
誰もしらないとは思わなかったので、狼我は説明をする。
「じゃんけんはグー、チョキ、パーの三種類あって、これがグー、これがチョキ、これがパーだ」
じゃんけんの形をみんなに見せてやる。
「グーはチョキに強くて、チョキはパーに強い。そしてパーはチョキに強い。同じ手や複数人でやる場合はかならず注意することだが、グー、チョキ、パーがそろった場合はアイコでやり直しだ」
「へぇ~。結構いろんなところに行ったけど知らなかったわ。ロウガ。アンタが故郷の遊び?」
「まぁな。ちなみに後だしと曖昧な手は反則だから気をつけろよ」
説明が終わった後は、大じゃんけん大会となった。誰もがクレイジーモンキーの肉を手に入れようと目の色を変えて挑んでいる。
勝った奴は大げさともいえる喜びを負けた奴は地面に崩れ落ち、落胆している。
最終的に1時間を越えた大激戦となり、結局勝ったのは、はしゃいでいた冒険者ではなく、たまたまギルド内を掃除していた清掃員のボルボ・ランディーニさん。79歳だった。
ボルボさんは「死ぬ前にいい記念なった」と喜んでいた。
余談だが、ボルボさんがステーキを食べた途端、あまりの旨さで一度息が止まり、心臓も動いていなかった。すぐにこの世に戻ってきたが、ボルボさん曰く向こうで死神に出会ったが
、死に方があまりに馬鹿らしかったため、特別に現世に戻ることを許してくれたとのことだ。
パーフェクトメイドのクリスさんですが、唯一の弱点がアルコールです。