第六話
作者のモチベーション向上のためにも評価、感想の方もよろしくお願いします。
地平線の先まで、広がっている草原地帯に巨大な石の壁が立っていた。遠く離れた場所でもわかるぐらい巨大で頑丈な人工物。四角いブロック状の石を何段にも積み重ねることにより、頑強で、鉄壁の壁が完成している。その壁は戦時下では国を守る砦のように中に住んでいる民を侵略者や強力な魔物から守るだろう。
よく見ると壁の上には物見が立っており、普通の扉の何倍も大きさのある門には都市の警護らしき人物が都市の中と外を行き来する人物を取り締まっている。
「すげーーーーーーーーーー!! 何これ? 城壁じゃん。オルガスタってこんなにすごいところだったのか!」
興奮のあまり狼我は隣にいたミリーの肩をバンバン叩く。予想以上の威力が出たのか、ミリーは顔をしかめて怒る。
「ちょっと! 狼我。アンタ強く叩きすぎ、痛いわよ!! それに興奮しすぎよ。確かにすごいけどそこまで驚くことはないじゃない?」
注意を受けて少し冷静になったのか、狼我はミリーに謝罪しながら興奮した理由を話す。
「いや~、俺、実は建築物マニアでこういう立派な城壁や建物、城なんか見ちゃうと興奮して理性が働かないんだよ」
「ふーん、なんか意外ね」
ミリーと話していた狼我だったが、ふと視界の隅でクリスがこちらを見ているのに気がついた。
「? どうしたんだ。クリス。俺の顔に何かついているのか?」
「いえ、何でもありません。ご主人様」と言ってから狼我の斜め後ろに待機してしまった。
(怒っている? いや、俺の気のせいかな?)
「何やってんだ? そろそろ俺たちの順番だぞ。そういえば狼我とクリスさんはギルドカード、もしくは身分を証明する物は持っているか?」
「いや、持っていないけど」
「私もです」
「そうか……じゃあ、仮の通行手当を発行してもらうしかないな。一応、銀貨1枚かかるんだけどそれは俺が払っておく」
「いや、銀貨1枚ぐらいなら自分で払うぞ」
狼我はアイテムボックスから銀貨を取り出そうとするとアッシュがそれを手で制した。
「いいさこれぐらい。それに俺が支払った方が何かと都合がいい。これから門番に事情を聞かれるけど狼我とクリスさんは俺の知己だということで話を通すぞ」
「ああ、わかった。けど何か理由があるのか?」
「別にそこまで気にする必要はないんだけどな。ただ、聴取の時間を短縮できるんだ。普通は外部の人間に対して仮の通行手当を発行するとかなり時間がかかるんだ」
なるほどと狼我が頷いたあと門番から呼ばれる声がした。
「おっ、どうやら俺たちの番らしい。じゃあ、そういうことで頼むぜ」
狼我とクリスは了承し、詰所へと歩いていく。
「身分を証明できるものはあるか? って、アッシュじゃないか!!」
「おいおい、何だよ。そんなに驚くことないじゃないか」
まるで死人を見たかのような驚きように怪訝な表情を浮かべたアッシュは、次に発した門番の言葉を聞いて納得した。
「さっきここを通った商人がお前が死んだと言ってたんだ! その場にいた全員が驚いたんだぞ。さっき冒険者ギルドへ使いを出したから今頃大騒ぎしている」
「あ~、あいつらか。ということは生きてここまでたどり着いたんだな」
「どういうことだ?」
「どういうことだ? じゃない!! そもそもあいつらが原因なのよ」
門番の言葉にミリーは殴られた記憶を思い出したのか、横から話に入って拳を握り、怒りを露わにする。
「まぁまぁ、落ち着け。ジーク、レン。ミリーを下がらせてくれ。これじゃ話が進まん」
「あっ、ちょっ、こら何すんのよ」
ジークとレンがミリーの両腕を掴んで後ろに下がらせる。その行為を見ていた門番がなんとなく事情を掴んだんだろう。先ほどよりも真剣な表情をして聞き直す。
「厄介ごとか?」
「ああ、そいつらせいで死にかけた。ミリーなんか頭を殴られ、ロープで縛られてたあと魔誘香を括りつけられて放置されたんだ。あの怒りも当然だろ」
「ああ、なるほど。納得した。それにしても良く生きていたな。あの商人の話だと聖獣の神域のクレイジーモンキーが相手だったんだろ?」
「それはだな……」
そこまで言ったところで狼我が手で合図している姿が目に入る。
「んっ? ちょっと待て……なんだ狼我?」
狼我はアッシュの腕を掴み、耳打ちをする。
「俺たちがクレイジーモンキーを相手したことは秘密にしておいてくれ」
「どうしてだ?」
「俺とクリスはまだ冒険者ギルドに登録していない。そんなやつがアッシュを助けたと言ったら厄介なことになりそうだろ?」
「それもそうだな……よし! 分かった。おれにまかせろ」
アッシュは意気揚々と門番の元へ戻る。
「さっきの話だけどな。奥の手を使った」
「本当か? 明らかに裏があるだろう」
「そんな気にすんなよ。この件に関してはもうこれで終わりだ。な?」
アッシュは門番の肩に手を回して、誰にも聞かれないように小さな声で話す。
「お前……はぁ、わかったよ。これ以上は聞かない。それでいいか」
「おぅ。それとだな。あそこにいる狼我とクリスのことなんだけど。ギルドカードも身分を証明する物も持っていないんだ。だから仮の通行手形を発行してくれないか。もちろん、狼我とクリスは善人だ。俺が保証する」
「だから面倒な手続きを省いて欲しいって?」
満面の笑みでアッシュは頷く。
「わかった。お前にはたくさん借りがあるからな。それぐらいならやってやる。お前なら誰も文句は言わないだろうし」
「サンキュ! ほら2人分で銀貨二枚だろ」
門番との交渉に終えてアッシュは狼我たちの元へ戻っていく。
「ほら、狼我にクリスさん。これが仮の通行手形だ。一応、言っておくが、無くさないでくれよ。それをなくしたら強制退去させられるからな」
「OK。了解」
「ありがとうございます。アッシュ様」
狼我とクリスに通行手形を渡すとアッシュはさっさと先に門を潜り抜けてしまった。それに続いてミリー、ジーク、レンが続く。
狼我とクリスは遅れまいと門の中へと歩き出す。
「ここが商業都市オルガスタか……意外と普通の場所なんだな」
「そうよ。さすがにオルガスタと言ったって、入ってすぐ人がたくさんいたら変でしょ。それに中央街に行ったら狼我きっと驚くわよ」
「へぇ~、早く行ってみたいな」
初めて入ったオルガスタの町並みは質素な住宅街が立ち並ぶいたって平凡な場所で、まばらだが少なくない数の人が歩いていた。
(こうして初めて異世界の都市に入ったわけだけどイメージとしては中世ヨーロッパって感じがするな。でも設備的にはこっちの方が圧倒的に進んでいるけど)
「なぁ、これからどうするんだ?」
狼我はこれからの予定をアッシュに聞く。
「まずはギルドだな。狼我たちの冒険者登録をしなくちゃいけないし、クレイジーモンキーの換金なんかもあるしな」
「じゃあ、早く行こうぜ。冒険者ギルドがどんなところか気になるからな」
「別にただの古い建物よ。そこまで気にすることじゃないと思うけど」
「それでもだよ。初めてのギルドだぞ。興奮するのもわかるだろ?」
「わかんないわよ!!」
あれ? という表情をしながらジークやレンの方を向く。
ジークは腕を組みながら頷いてたが、レンは苦笑していた。
「おい、話していないで早く行くぞ」
いつまで経っても動かない狼我たちにしびれを切らしたのか、アッシュは少し離れたところで急かしていた。
(いつのまに……)
「ほら、アッシュが急かしているから早く行きましょ」
狼我、クリス、ジーク、レンは頷き、アッシュのいる所まで歩いていく。
「そういえばギルドはオルガスタのどこにあるんだ?」
狼我の質問に先頭にいたアッシュが振り向いた。
「そっか、狼我とクリスさんはオルガスタ初めてだからよくわからないよな。よし、説明してやる」
「なんか妙にやる気になっていないか?」
狼我の疑問をミリーがこそっと教えてくれる。
「アッシュは生まれも育ちもオルガスタだから他の人に良いところを説明したいのよ。まぁ、アッシュの言うことに間違いはないから聞いてやって」
苦笑しつつ、狼我とクリスはアッシュの言葉に耳を傾ける。
「いいか? まず、この商業都市オルガスタは、他の都市との交通・流通を盛んにするために生まれた都市だ。そしてオルガスタはフライハイト自由都市連合に所属している都市でもある」
「フライハイト自由都市連合?」
「知らないのか? フライハイト自由都市連合は、冒険者ギルドの本部もある巨大な都市国家だ。フライハイト自由都市連合の領土内にある無数の都市の中で、代表する7都市が納めているんだ。毎年1回は7都市のトップが集まり、会議をする。今年はこのオルガスタで会議するんだっけな?」
「ふ~ん。その会議で何しているんだ?」
「わからん。とにかく会議しているのは間違いない。前に一回護衛をしたことがあるからな」
「他の国とは統治する方法が異なっているのですか?」
ここでクリスが問いかける。質問されたアッシュは嬉しそうに答えた。
「ああ、フライハイト自由都市連合は7人のトップが話し合って決める。重要な時には必ず集まっている。7人なのも意見が分かれたときに多数決で決めるためだ」
「なるほど、議会制のようなものですね」
「おっ? おう。他にフライハイト自由都市連合に肩を並べている国は、テリオス王国、ライトグレンツェン神聖帝国、アーク王国、プラープ皇国、エルフの森、学びの国メティシアぐらいか? 他にも小国が立ち並んでいるが、まぁ、こんなところだろ」
(クリスに議会制と言われてたけどアッシュは絶対わかってないな。それにしてもエルフの森か……物語に出てくるように絶世の美女ばかりだったらいいな)
「ご主人様。今、何を考えていましたか?」
「えっ! い、いや、何も……」
平静に淡々と無表情でクリスが狼我の考えを読んだかのごとく声を発する。逆にそれが怖い。と、狼我は思った。
「おい、話を戻すぞ。オルガスタは主に4つの区画に分かれている。他の国の貴族やお偉いさん、商人や冒険者として成功した奴が住む北ブロック、オルガスタの一般市民が集まって暮らす住宅街が立ち並ぶ西ブロック、商会、武器屋、防具屋、魔道具屋、宿屋などが集まっている南ブロック、そして一応南ブロックと同じだが、スラム街がある為、治安が悪い東ブロックだ。ちなみに俺たちが入ってきたのは西門だからな」
「じゃあ、冒険者ギルドがあるのは南ブロックか?」
「ああ、そうだ。それにこの都市は少し不思議な形をしていてな。中央に一際でかい建物があるだろ? そこにこの都市のトップがいる。重要施設がある場所には必ず道が整備してあって、この都市のトップがすぐに出向けるようなっているんだ。門の壁の上から見ると星の形に見えるぞ」
「へぇ~、狙ってやったわけじゃないだろ?」
「もちろん。偶然だ」
アッシュがオルガスタについて狼我とクリスに教えている間に目的の場所へついたらしい。いつの間にか前を歩いていたミリー、ジーク、レンが立ち止まって、狼我たちが来るのを待っていた。ミリーは腰に手をやり、どこか苛立っているように見える。
「アッシュに狼我!! 何トロトロ歩いているのよ。早く中に入るわよ!!」
「どうしたんだ? ミリーの奴、怒っているみたいだが……」
レンはその理由をすでに知っているため、苦笑しつつ説明する。
「実はアッシュたちが話している間に都市内の人に話しかけられたんです。その内容が私たちを置いていった商人が流したデマだった。というわけです」
「何だよ。そのデマってのは?」
レンはミリーに聞こえないよう小声で話をする。
「私たちが聖獣の神域の魔物にやられて全滅したこと。そしてその原因を作ったのがミリーだということになっていたんです。魔誘香で魔物をおびき寄せた馬鹿女と言いふらされたみたいで……」
「それは……気の毒に。これから辿る商人の末路を考えると少し同情するかもな」
そう言って狼我はちらっとミリーの顔を見た。
そこには毛を逆立てて、罪人を裁く閻魔のごとき表情をしていた。
「俺はもうこの件に関わるのをやめる。商人には気の毒だけど諦めてもらうしかないな」
「元から俺たちにミリーを止める選択肢はない。ああなったミリ―は止められないのを知っているからな」
以前にも同じようなことが起きたような口ぶりに狼我は首を傾げて聞き返す。
「前にもミリーがああなったことがあるのか?」
時間が経つごとに怒りが増しているのか、先ほどよりも2割増しに怖くなったミリ―を指さす。
「それはですね。アッシュが以前……」
「おい! レン。それは話さない約束だろ」
「おっと、そうでしたね。続きはアッシュがいない時にしましょう」
「頼む」
「頼むからやめてくれ!」
そんなやり取りをしているとミリーから催促の言葉が聞こえる。
「アンタたちいいから早くする!!」
クリスを除いた全員が顔を見合わせ、恐々としながらギルドの中へ入る。その後ろをクリスがついていく。
ギルドの中は騒々しく、誰もアッシュや狼我たちのことに気付いていない。ただ、ギルドにいる冒険者たちはともかく、職員は全員が慌ただしく動いており、おそらくアッシュたちが死んだと聞かされたことによる事実確認に翻弄しているのだろう。
入り口からギルド受付嬢のいるテーブルカウンターまでは直線距離にして50メートルぐらいある。その半分を過ぎたあたりからテーブルに座って酒を飲んでいる一人の冒険者が、アッシュに気付く。もっと早く気づいても良いものだが、あまりの喧騒に誰も入り口に通路を通る人に興味を示さなかったからだ。
「お、おい! アッシュじゃねぇか!! お前生きていたのか?」
「どいつもこいつも勝手に殺すな。この通りピンピンしているぜ!!」
アッシュは右手を曲げて力こぶを作るポーズを取った。その後、ギルド内は一瞬、シーンとなり、すぐに元の喧騒を取り戻す。
近くのテーブルに座っていた冒険者の集団や通路で立ち話をしていた人たちが群がり、行く先を遮ってしまう。
「わるいが通してくれ。先にギルドへ報告しておきたい」
人々の間をかき分けて進んでいくアッシュ、ミリー、ジーク、レン。その後を狼我、クリスと続く。
ギルドの受付カウンターの方でも騒ぎの原因を掴めてきたのか、アッシュたちの顔を見て、誰もが驚いていた。
「アッシュさん!! 生きていたんですね。よかった……それにミリーにジークさん、レンさんも」
「おう、心配かけたな、メル。泣くなよ。せっかくの美人が台無しだぞ」
「そうよ。私たちが死ぬわけないでしょ」
メルと呼ばれた少女は目頭を押さえて涙を手で拭う。ギルドの受付嬢にふさわしく美人だ。まだ顔立ちに幼い部分は残っているものの大人の女性と言っていい。黒髪で長く伸ばしており、本人の雰囲気と相まって清純という言葉がふさわしいほどにあっていた。しかし、体つきは清純とは程遠く、ギルドの質素な制服には隠しきれないほどの二つの塊がこれでもかというぐらい強調していた。
さっきも涙を拭うときに形の整った柔らかそうな胸がブルンっ! と揺れたのを目で追った冒険者がちらほらいたほどだった。
「だって、私が鉱山都市グランディウムまでの依頼を進めなければ死ぬことはなかったと思っていたんです。だからこうして生きていたのを見るとほっとして涙が……」
やれやれといった感じで見守るアッシュたち。
「一体何があったんですか?」
メルは少し腫れた目で尋ねる。
「全部、あの商人たちが悪いのよ!! アイツが余計なことをしなければ私たちが危ない目に合うこともなかった。それに私は頭を殴られた上に縛られ、魔誘香を括りつけられて、猿どもの前に放置されたんだから!」
ミリーの余りの剣幕にメルは目が点となって、聞き返す。
「えーっと、一体どういうことですか?」
メルは他のメンバーに助けを求める。アッシュはミリーを後ろに下がらせて、代わりに一部を省いて説明をする。
「それは……大変でしたね」
メルは先ほどの雰囲気とは一遍して真面目に聞き返す。
「それでその商人はどこに?」
「わからん。それをギルドの方でも見つけてほしいんだ。あとのことはギルドに任せるつもりだよ。俺たちが何かすることはないと思う」
「そうですか。分かりました。ギルドの方で処置します」
そこでアッシュの後ろでミリーが叫ぶ。
「メル。捕まえたら一度私の前に連れてきなさい。頭の借りをかえしてやるんだから」
「無理言わないで、捕まえたら憲兵団に引き渡すに決まっているじゃない」
ミリーの頭にぽんっと手を置くアッシュは「メルを困らせるんじゃない」と言ってやんわり注意する。
どうにもならないと分かったミリーは涙目になりながらも渋々引き下がった。
「俺たちの用事はこれで終わりだけど今回はもうひとつ別の用事があるんだ」
「まだ他にあるんですか?」
「ああ、冒険者の新規登録2名だ。よろしく頼む」
そう言ってアッシュはメルに見える形で体をずらして後ろを振り向く。そして手招きして待機していた狼我とクリスを招き入れた。