08:敬意を互いに持っていれば、というのはきっと奇麗事。
ベンヌはのらりくらりと会話をしている。そうアリューゼも凛も感じる。
しかしそれを咎めるにはアリューゼには立場も知識も足りないらしく、悔しげな表情を時々見せるだけであとは腕組みしたその指先がとんとんと彼の腕を守る手甲を叩いているだけだ。
凛は聞きたいことがありすぎて、何処から聞いたらいいのか――そして自分がそうなのか、そうだったらどうやって回避したらいいのか知りたかった。とはいえ回避したいなどと言ってベンヌが納得するとは思えず、それはまた別の方法を探さねばならないということを示してもいて絶望的な気分になった。
「私達もなぜ、自分たちの“種”に対となる性別が無いのか疑問視してきた。それこそ“種”と大雑把にまとめたが、獣神と呼ばれるわれわれは皆持っている姿は様々だ。それこそドラゴンのようなヤツもいたし、マルコキアスは巨大な狼だが翼を隠し持つ。そして私は炎を纏った鳥と言ったところかな。」
「………。」
「この国の旗を見たかね? そう、不死鳥が描かれているだろう、あれは私の庇護にある、という象徴でもあるのさ。もともと建国当時はおおっぴらに言っていなかっただけで水面下では隠すことなくいたからこそ、私のことを恐れて諸国は手を出せず、下手に出てつながりを保つ事を選んだ。いずれは私の“花嫁”が自国から出れば儲けものだろうということだね。」
「そんな…。」
「列強諸国の姫君が祭りの時期になるとこの国にやってくる、それは対外的に知らぬものが見ればなんとも平和なことだろう。この国は治安もよく他国とも和睦が成されている、素晴らしいと。だが水面下は私の花嫁になり、自国へとその知識と力を欲しているんだよ。そして姫君たちも私の妻となるメリットを欲して嫌がりもしないからね。」
「メリット……?」
「そう、先ほどキアスのやつが一途だと紹介したが。基本的に獣神は1度契りを交わした相手を生涯愛しぬくんだ。私の父も祖父もそうだった。ああちなみに私の母はエルフだった、祖母は竜人――竜と人の亜種だった。まあ愛されることが前提で、自国への庇護がありそれがうけれるからと出自の国から出資を受けられる。経済的に苦労はしなくなるからね。まあそれで私も大公家への挨拶回りの一角ということで頻繁に引っ張り出されるものだから先ほどのミナミくんのように私が大公家の落胤だと勘違いする女性も出るのだが。私が人で無いと知って去るか、メリットを求めてもっとぐいぐい来るかは意見が分かれるところだと思うけれどね。」
「………。」
愛し合ったと想った男女が別離するのが珍しくも無い昨今、生涯愛しぬくとさらりと言い切る目の前の男を凛は少しだけ羨ましくも思う。彼女だって今まで恋愛したことがなかったわけではなく、それは今まで続いていないことから生涯だなんて重い言葉は出てきやしない。
しかしツマミ食いはしていたというベンヌの言葉を正直に受け取るには、少し納得も出来ないし、逆に彼がとても長い時間――少なくとも、この国の建国当初には既にある程度の年齢だったことは伺えたから――無為に過ごすのは男性として確かに辛いのかもしれない、と思うくらいには彼女もオトナだった。
「まあデメリットもないわけじゃない。少なくとも私は人ではないから、同種との恋愛や結婚を望んでいたなら同種の子供は生まれない。私の性質が強く出てしまう。勿論母親の遺伝子を受け継がないわけじゃあない、私の容姿が割りと良いのはエルフである母の美しさを分け与えて貰ったからだろうね。考えてごらん、生まれたわが子が赤子の姿じゃあなく鳥だったらと思うとぞっとするかもしれないだろう?」
くすくすと笑う男はどこか悪意に満ちている。似たようなことで罵られたことがあるのかもしれない。だが言われて凛は想像してみたが、妊娠したこともない彼女には到底“現実”として想像することはとても難しく首を静かに左右に振ってそれが叶わないと男に告げるくらいしかできなかった。
「浅ましいことこの上ないのは、私への愛情を求め私の子孫を残したいのではなく、私と契ることでの恩恵と財宝が目当てだとはっきりわかる肉欲丸出しの雌だ。私たち獣神は強く力を持っているが故に、他との繋がりは隔絶されていると言ってもいい。それを利用しようとする者たちを多く見てきたし、それに愚かに利用された苦い経験もある。互いを理解し平和を築く、それがどれだけ尊いのかと思い知らされるね。特にこうして人間すら“貢がれる”立場ともなれば。」
「ベンヌ……。」
「我々が相手として本能的に察するそれが、必ず幸せになったかどうかまでの統計はない。だが私の母と祖母を見る限りは、多種族同士でありながら父と祖父と、とても上手くやっていたと思う。祖父母の馴れ初めは戦争で竜と人との亜種である竜人族を疎んだ多種族による虐殺の最中であったと聞いているから、結局この力は利用されたともとれなくはないが――祖父は祖母を守れて誇りに思ったのだろうし、私もそういう夫でありたいと思うよ。」
強い故の孤独、そう滔滔と語られたところで凛には正直理解しがたい。
しかし、どこかでそれを想像はできていた。自分の胸元でぎゅぅと手を握り、彼女はゆっくりと、躊躇いながら口を開く。
「私は、急な、話で色々と追いつけない、けど。でも、なんでも強すぎる力は、誰かと距離ができるってことは、なんとなく、わかります……。」