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ワールド・ワールド!  作者: シャクヤク
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06:キミは特別

「やっぱり波瀬さんね、変わらない。」

「え……?」

「なによ、幼馴染の顔もわからない?」

「南、さん?」

「ええ、そうよ。あなたがなんでこんなところに……!」

「良いから君は出て行ってくれないかな、彼女は私の客人だ。」

「そんな。カナン先生、この子は大した能力も無いしただのOLですよ?!」


 凛は一歩思わず後ずさった。

 目の前で彼女を睨んできた女性が、まさか先ほどまでアリューゼと話していた問題の女だったなんて、なんていやな奇遇だろうか。


 みなみ 玲於奈れおなという女は凛と同い年であるはずだしそれだけ長い間学生時代を――いやいやとはいえ――グループ違いとはいえ共に過ごす羽目になったのだから確かに幼馴染と言えるだろう。腐れ縁と言ったほうが正しいと凛は思っているが、流石に公言したことはなかった。

 何故すぐに彼女だと気がつかなかったかといえば、勿論ここにいるなんて想像はしていなかったし、それに彼女が派手なメイクと衣服を身に纏っていたからだ。記憶にある彼女は確かに派手好みではあったが、まるで映画や物語に出てくる商売女や踊り子のようで気がつけなかったのも無理が無いと自身に言い訳をしたくなるほどだ。


 カナンと呼ばれた、ハンサムなしゃがれ声の男性はどうやら玲於奈れおなのお気に入りの男性らしい。アリューゼが頼りに来たと言うことは、国家存亡の問題に関わるほどの博識な男なのか、或いはものすごい魔法使いなのかもしれない。だが彼と関わることで玲於奈れおなが凛を敵対視してくることは正直面倒でしょうがなかった。


「彼女の能力や環境は関係ない。アリューゼくん、済まないがこの女性を部屋の外へエスコートしてくれないかな?」

「……学生なのか?」

「短期留学生でね、私のような本の虫がお好みらしい。」

「カナン先生はこの国の重鎮なのでしょ、私にはわかるんですから!」

「重鎮ねえ、ふぅむ。」


 ふわりと笑ったカナンは確かに女性を魅了するに足る男前だ。

 だがその甘い眼差しは凛のほうを向いていたし、玲於奈れおなが伸ばす手をさり気に拒否するものだから余計に彼女から凛へと向けられる視線が厳しさを増す。それを見比べるようにして、アリューゼは小さく溜息を吐き出した。


「すまないが、ミナミさんだったか。席を外してもらおう、これはリューゼ公国騎士団員としての命令と捉えてくれてかまわない。増してや短期留学の身だろう、こんなところで色事にうつつを抜かさず、より深遠なる知識に触れて自己を高めるよう。学長の挨拶にもあったんじゃないか。」

「……波瀬さん、あなたなんでここにいるのよ。」

「私の抱える魔力の問題についてよ、それ以上はプライバシーだから。」


 凛としては詳しく話す必要も無いし、また語ることは許されてもいない以上端的に答えるのが当然だ。だがそれは玲於奈れおなからすれば気に食わないことこの上なかったし――なによりもカナンを口説いていることを邪魔された挙句に追い出されようとしているのだから当然といえば当然なのだろう――きっと睨みつけて、探るような眼差しを向けたとしてもおかしな話ではなかった。

 とはいえ、リューゼ公国において騎士団員の命令を短期留学で訪れた異国人が無視するわけにもいかず、しぶしぶと言ったような態度で彼女は部屋を後にした。

 

 それを見送って、カナンが大げさに肩をすくめ、そしてにっこりと笑みを浮かべる。


「いやしつこくてかなわん。」

「変なことは喋ってないだろうな。」

「語ったところで真実を理解するかはわからんよ、彼女は地位と名誉を与えてくれる伴侶を求めている。少なくとも、人間のね。」

「にんげん」

「そう、君は気がついているはずだ。私が人間で無いということに。」


 コツ、とよく磨かれた床が男の足音を響かせた。

 近づかれて一歩下がる凛の顔色は青く、怯えている様相が見て取れたが彼女を守ると言っていたアリューゼは、その元凶であろうと推測される男の接近に眉をひそめただけで咎めることもない。


「良い香りがする。ああ、ああ、そうだ、君は間違いなく私が待っていた女性ひとだ。アリューゼくん、間違いない。大公にそう報せてくれてかまわない。私が待ち望んでいた花嫁たる女性が出現したとね。」

「はな、花嫁?!」

「私の本当の名は、フェネクス・べンヌ――それもかつて人がそう呼んだだけだ。だがこの土地で暮らすのには少々有名になってしまったことがあってね。カナンと名乗っている。」


 しゃがれ声は聞き取りづらく、だが花嫁だとか本当の名前だとか、なんだか遠い世界の話が急にふって沸いたような気がして凛はまた一歩後ずさった。

 だが目の前の美丈夫はそれを許さず彼女をやんわりと抱き寄せた。その距離で端正な顔が近づいたことに思わず顔を赤らめた凛に「可愛らしい。ああ、やっと会えた。」とカナン、もといフェネクス・ベンヌは至極満足そうに笑う。だがキスをするかのように顔を近づけたところで、ようやくアリューゼの手が2人の間に割って入った。


「カナン、喜ぶのは良いが彼女は他のヤツにも目をつけられている。どういうヤツかわかるか。」

「わかっている。彼女のかぐわしさに混じって臭う獣のこれは、マルコキアスのやつだ。少々厄介なやつだぞ。」

「お前たちは厄介以外何者でもないだろう。」

「その恩恵に与っておいて随分な物言いだな、小僧。」


 くっと喉で笑った男に、アリューゼが黙り込んだ。

 だが興が削がれたのか男の拘束が緩んだことで凛は慌てて離れ、アリューゼの後ろに隠れるようにしたのだった。

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