03:絵に描いた餅は食べられない。
リューゼ公国へ向かいます、後のことはアリューゼが貴女を案内してくれるので大丈夫です。淡々と安藤と名乗った男はそう言っただけで、あとの詳しいことは調べてからだの一点張りだ。少なくとも凛がわかっていることは、何か面倒なことに――あの巨大な獣の所為で――巻き込まれているらしいこと、それがどうも国家レベルの問題であること、そうでないに越したことはないが調べる必要があってそのために彼女が強制的に退職させられて、生活の場を追われたということだ。(追われたというには御幣があって、きちんと家賃は向こう半年国が補償してくれてはいるのだがもし国家レベルの問題とは勘違いだったとわかったときに生活の保障は家賃しかないのだと、しかも半年しかないのだということが凛にとっては非常に問題だった。)
冗談じゃないと叫びだしたいのは山々だが、小心者でノーと言えない日本人そのものと言った女性である凛からすれば至極真面目な表情でそれも緊迫感を伴った国家関連の成人男性を2人、目の前にしてしまえばただうなだれて白旗をあげるしかなかったのだ。
(いいえ凛、そこそこきつかった会社を辞めて半年のバカンスだと思えば……!)
リューゼ公国といえば最近テレビや雑誌でも有名な、風光明媚な学術国家で空中都市だ。魔法研究においてはあちらの世界でもトップであり、他の追随を許さず、けれども決して国家間の争いに干渉せずということを掲げている。巨大な学園を置いており、優秀な魔道士やその道を目指すものの憧れであり、こちらの世界でも魔法が認知されてからはそこに通えれば国家の狗にならずに一流の魔法使いになれるのだというステータスめいたものでもてはやされている。
もともとは“あちら”と“こちら”が融合する前、大国であったイルギナール帝国の皇族で優秀な魔法士が設立した学校から独立国家となり、その時大公を名乗るようになったのが始まりであるとされているがそれも雑誌で見た程度なのでうろおぼえだ。宗教にも寛容で留学生も大歓迎、結婚式や観光も是非どうぞと明るく謳っていたのが印象的なくらいだろうか。まさか騎士団があるとは思ってもみなかったが、それは戦争と程遠い生活をしている凛からすれば平和な一面しか見ていなかったのだろうととしか言いようが無かった。
(ああでも半年、半年だって保障がなくて、その後何てもっと無いんだよね。)
貯金あったかなあなんて考える彼女を他所に、男たちは終始無言だ。後部座席に座る凛の落ち込みや不安はとっくに彼らに伝わっているはずだが、アリューゼが時々ちらちらと気遣わしげに視線を送ってくるだけで車内は気まずい沈黙に包まれていた。
「じき、空港に到着します。」
「……はい……。」
「言っておきますが、貴女は罪人ではありません。万が一のことが起きてからでは遅いということでやむをえない処置であったことはお詫びしておきます。もしも我々の想定と異なるようであれば、こちらにお戻りの際に当面の生活費と仕事の紹介はさせていただく用意があります。」
「はい……、え、本当ですか?!」
「ですが我々の想定はほぼ確定であると思っています。」
「それって一体……。」
「現段階で私からは以上です。」
「そんなあ!」
「あー、その。リューゼ公国の賓客として扱わせていただくから、どうか許して欲しい。とはいえさっきも言った通り国家レベルの問題で、騎士団長の招待客として扱わせてもらうけど、基本的には護衛は俺がつけさせてもらう気だ!」
「アリューゼさん……。」
「何日も軟禁しようとかじゃないんだ、ただ安全を守る為に護衛としてそばにいるようになるから観光とかはゆっくりさせてやれないかもしれない。けど監視ってわけじゃないし自由を拘束しようとは思わない。それだけは俺の騎士としての誇りにかけて誓う。」
「それに危ないことはないと私のほうでも誓わせていただきますよ、ただリューゼ公国の学術院にいるある男に会っていただくだけです。その後身の振り方が変わるとだけ覚えておいていただければ良い。」
「その男がちょっと問題があるが……それも含めて俺が護衛するから!」
「え、それってどうなんですかちょっと余計不安になるんですけど。」
「そうですね、それについては私も伺いたいところです。」
観光は厳しそう、風光明媚で予約も数ヶ月先と言われる超人気スポットに行けるのに。
ついでに世間では憧れの的とも言っていい学術院とやらに足を踏み入れるけれどもそれは決して留学だとか奨学だとかでもない、なんだか危険人物と会わなければならないらしい。
結局現実は甘くない。
凛はその結果にまたうなだれるしかなかったのだった。