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アルジェントが新たな主から名前を貰ってから数年がたち、アルジェントは元の明るい性格に戻りつつあった。
仕えることになった騎士はフォルマーグ家といって戦争で戦績を認められ貴族にとりたてられた、実力主義の貴族家で、剣の腕のたつアルジェントは特に障害もなくこの家に馴染んでいった。
そんなこんなで生活しているある日、戦争に備えての武器の調達のため、海の向こうのセレクという国にアルジェントはフォルマーグの護衛兵としてついて行くことになった。
アルジェントは故国のオルベリスも今暮らしているフォルゲニア王国首都も山岳地帯にあるため、海というものを見るのは初めてだった。山脈をいくつか越えなければならない旅路だったが、その疲れを忘れてしまえるくらい海はアルジェントに衝撃をあたえた。
「あれ・・・全部水なのか・・・」
いくら剣がうまく、王直属の騎士であった過去があったとしてもまだ16歳のアルジェントは思わずつぶやきをもらした。アルジェント達がいるのは港町カーセルに続く道の通る小高い丘の上で、港と海が一望出来る。
「はっはっは。そうか、ジェンは海を見るのは初めてだったな。」
あまりにも多い水の量に青くなってしまっているアルジェントを見て、護衛兵隊長ガルドルフは軽く笑った。ジェン、とは、アルジェントの愛称だ。
アルジェントにとってフォルマーグが君主ならガルドルフは父親のような存在である。
「すっごく大きいんですね・・・湖みたいに端が見えるにかと思うのに見当たらないですし・・・」
「端なんか無いんだから見えないのは当たり前だ。それにあの水はしょっぱいんだ。」
「しょっぱい・・・?」
すでに丘を下り始めていて海はほとんど見えなくなっているが、2人の海の話は続く。2人は一行の最後尾を歩いているため、あまり周りを気にせずに話している。
「ああ。ほら、涙ってしょっぱいだろ?海は天地創造の女神様が流した涙だって話だ。」
「じゃあ、相当泣いたんですね。この水の量は・・・」
「女神様は泣き虫だった・・・ってか?」
アルジェントとガルドルフは教会などに飾ってある美しい女神像を思い出し、それが泣き虫だと想像して笑った。その笑い声を聞いてか、2人の前を歩いていた女が振り返った。
「まったく、女神様を笑うなんて。天罰がくだっても知らないわよ?」
「・・・アリニア・・・聞いていたのか?」
ガルドルフにアリニアと呼ばれたその女は歩調を緩め、アルジェントの隣に並んだ。
「聞いてたわよ。けしからんこといってるわ・・・って。」
アリニアは女だが立派な騎士だ。彼女はただの平民の子だったが、実力主義の貴族家らしく剣の腕を買われ雇われた。年こそ離れているがアルジェントのよき同僚だ。
「いい?女神様は世界を司る3人の子供をお造りになられたの。知ってるでしょ?大地の神、感情の神、そして武の神よ!女神様は武の神の生みの親なのよ?敬わないと武の神に見放されるわよ~」
彼女はよき同僚・・・だが、天地創造の女神の熱烈な信者で、女神様の事となると止まらないのが玉にきずだ。アルジェントもガルドルフも慣れっこなので適当にあしらう。
「あー・・・悪かったよ。ちゃんと敬います。」
アルジェントが言うと、アリニアは満足そうにふふっと笑った。
「分かればよろしい。」
「お前がなんで教会のシスターにならなかったのかとても不思議だ。」
「ガルドルフ?それ、私が騎士に向いてないって言いたいの?」
頬を膨らまし、腰に手をあてガルドルフに迫るアリニアを見て、アルジェントは思わず吹き出す。
「なんでアルジェントは笑ってるのよ?!」
「だ、だって、そんな怒り方、アリニアがするから。」
ガルドルフも笑った。アリニアも膨れっ面だが笑った。
こんな風に笑いあえるなんて、アルジェントは数年前までは想像も出来なかったことだった。