序章
いつもなら人で溢れている街の大通り。しかし、戦火が通り過ぎた今はしんと静まり返っている。そんな大通りの真ん中に一人の少年が立っていた。少年はそばにある無数の死体など目もくれず、大通りの先にある王城を見つめていた。かつては煌びやかでありながら荘厳な城であったであろう王城は、いたるところで火の手があがり、崩壊しかけてしまっている。その炎は小雨などでは全く勢いは失わない。その時、大通りに続く小道から馬に乗った騎士が出てきた。馬具や鎧などからかなり高位の騎士だと分かる。騎士は少年を見つけ、驚いたが、少年の体が透けていないことを確かめると声をかけた。
「おい。そこでなにをしている?」
少年がゆっくりと顔を騎士のほうに向けた。騎士は少し後ずさってしまった。
(あんな暗い目を見たのは初めてだ・・・)
そして、少年は口を開いたがそれは騎士が求めていた答えとは違っていた。
「王は・・・、我が君主は・・・。」
「王?この国の王か?ならすでに死んだぞ。」
騎士は少年が身につけていたマントの留め具をみて、敵対する国に属する者と判断した。
(敵ならば、情をかけなくてもいいだろう。)
しかし、騎士はすぐに後悔した。少年が膝から崩れ落ちる。その顔は凄まじい喪失感で染まっている。
「僕は・・・なにも・・・出来な、かった・・・。ああ、王よ、申し訳ありません・・・」
そして突然、少年は手に持っていた剣を騎士に向けた。
「ここから去れ。忌まわしい騎士め。」
騎士は悟った。
(こいつ、私がいなくなれば自害するな。)
騎士としては少年に死んでもらいたくはなかった。
(まだ自分の歳の半分も生きていないだろうに。その命を散らすには早すぎる。それに、あの留め具、王直属の騎士団の紋章じゃないか。剣の腕はさぞいいんだろう。)
「・・・私はここを去るつもりはない。・・・だが、君が私と一緒に来てくれるのならば話は別だが。」
少年は訝しげに騎士を見る。騎士はお構いなしに話を続ける。
「君、名前は?」
「いったい、なんなんだ?名乗る名はもうないし、お前に名乗る理由もない!」
少年の言葉に怒気が混じる。騎士は少年の小雨で濡れ、銀色に光る灰色の髪を見てさらに話を続ける。
「なら・・・アルジェント(銀)。この名を君にあげよう。私に仕えるための名だ。さぁ、他に何が欲しい?」
「・・・仕える・・・だって?!貴様!ふざけるのも大概にしろ!!僕が仕えるのはただ一人、我が君主・・・」
「だが、その君主とやらはもういない。確かに、敵国の貴族に仕えるのは抵抗があるのは分かるが、あくまでも私はただの貴族にすぎない。私も私の国の君主に従ったまで。」
騎士はそこで話をきった。少年を見るためだ。少年は気の抜けた顔で突っ立っている。剣もいつの間にか下がっている。
「新しい君主・・・といえば大袈裟だが、忠誠と責任を背負って死ぬにはまだ君は若い。どうだろう。私の国の王ではなく、私自身に仕えてみないか?私は君に新しい人生を提供したい。」
騎士は自分のベルトから剣を鞘ごと外し、少年に突き出した。
「君が私ときてくれるのならばこの剣を受け取れ。」
しばしの沈黙の後、少年は再び王城を見てから騎士に向き直った。その目にはかすかな光が宿っていた。騎士は少しほっとした。
「結局僕はこの国がなければ居場所がない。そんな僕に生き方をくれるなら・・・」
少年は騎士の手に握られた剣を掴んだ。