一つの夢の罪過
ねぇ、シスター?と後ろから耳に馴染んだ男の子の声。
振り向かずに彼女は声だけを男の子に投げた。
「なぁに?」
ベットに登り、すぐ手前にある窓から空を仰ぎながら黒髪の少年も、シスターである彼女に習い声だけで問うた。
「人間でも空に行ける?飛べる?」
形は問い。
けれどもそれはシスターに諭しているような口調。
ここ最近微熱がちな少年の破れた服を繕いながら彼女は少年に続きを促した。
「何故そんなこと聞くのかな?」
しかし少年はそれに一度、ほんの僅かな瞬間だけ真顔になり、すぐに残念、とでも言いたげに儚く笑う。
その表情は誰も見ることがない。
若干声を柔くして少年は話す。
「羽根がないと飛べないよ。人間が動物の言葉を理解しない。しようとしない。それと同じ。」
だから俺は孤児院に来たんだよ、そう自嘲的に笑ったのを気配で感じ、そこで彼女は初めて後ろの少年の方を振り向く。
少年は窓の桟の上。
笑顔を空に向けて、今度はその笑顔を後ろのシスターに向けた。
初めて視線が合った。
「悪魔には羽根があるんだよシスター。」
酷く穏やかに少年は続ける。
「天使にはなれないよ。だからお母さんは俺をここにいれだんだ。」
酷く、酷く愛おしみながら。
何も出来ないシスターを見ながら、目を細める。
「ねぇ、シスター?」
穏やかで綺麗な笑顔。
彼女はこんな顔を見たことがない。
「悪魔になったら、悪戯しに来るね?」
「………」
「でも悪魔になるのには記憶なくさなきゃらしいから忘れるかも。そうなったらラッキーだねシスター」
「………」
そこまで話し、尚何も出来ない若い新米シスターに世界で一番残酷な優しい笑みを少年は見せ、左手を軽く降って見せた。
酷く優しい、泣き出しそうな笑みを遺して。
「行ってきます、シスター」
それは、少年の未熟さと彼女の罪の話し。