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9、五個の椅子

「お互いに初めてだよね。ヒル、この人が小槌村の村長の猿柿さんだよ」



 クキがおれに猿柿さんを紹介してくれる。



「君がマタギの朝田くんですか? クキから話は聞いています」



 猿柿さんは温和な表情をして握手を求めてきた。おれは彼の乾燥した温かい手を握る。



「たしか村に来たのは四日前でしたね。どうです、獲物は捕れましたか?」



 おれは痛いところ突かれ、しどろもどろになって答えた。



「いやあ……それがまったく」



 ははは、とクキと猿柿さんが声を揃えて笑う。


 この四日間、村人に合うたびにこの手の質問をされてきた。おれがほとんど型にはまった答えを返すと、相手にまったく同様の反応をされるので、悔しさとか恥ずかしさとかを感じる部分はもうわずかに疼痛を呼ぶだけになっていた。


 猿柿さんはクキに目を向けて、



「クキ、もうすぐ祭りの準備が整う。村人もそろそろ集合し終わった頃合だ。お前の出番もすぐだぞ。早く着替えてきたほうがいいんじゃないか」



 と言い、社務所のちんまりした影を指差す。



「そっか、わかった。じゃあまたね、ヒル」



 クキは握っていたおれの手を離しタタッと駆け足で行ってしまった。


 猿柿村長とふたりで取り残されたおれは少し気詰まりになり、黙って猿柿さんの方から何か言ってくれるのを待った。



「朝田くん。実は今回の祭り、君にも特別な役割りをやってもらおうと思っているんだ」



 猿柿さんは表情をいっそう温和にした。年下に、と言うよりもまるで子供相手に語りかけるような優しすぎる話し方だと思ったのは穿った捉え方だったのか。



「おれがですか? おれは余所者ですよ。村のお祭りでの役割が務まるなんてとても思えませんが」


「いやいや、だからこそだよ。我が村での祭事には毎年、村の部外者に参加してもらっていてね。君にも是非お願いしたいんだがね」


「はあ、しかし……」


「まあまあ、朝田くんは何もせず座っているだけでいいから。おーい、お前たち、お客をもてなしなさい! ほら、これは僕が大事に預かっておくから」



 猿柿さんはおれの猟銃をほとんど自然な動作で取り上げてしまった。猟師の命ともいえる武器を外力によって手放すことになり、脳の奥を何かが激しく突き上げた。


 抗議を上げる間もなく、駆けつけてきた村人達に周りを固められてどこやらに連行されていく。



「ちょっと待ってくださいよ。一体何をするんですか?」


「大丈夫ですよ。あそこに座ってもらっていればいいんです」



 おれの腕を取っていた中年の盛りを過ぎた女性が指差す向こうには、何やらねじれた蔓がはびこる様を表現したような装飾を施された椅子が五つ、横並びにしてあった。


 有無を言わせずおれは椅子の一つに座らされた。


 驚いたのはその後だった。村人たちはおれの体を椅子にがっちり押さえ込み、荒縄を持ってきて腕をひじ掛けに、足を椅子の柱に縛り付けてきたのだ。



「お、おい! 何だよこれ! やめろっ!」



 おれは全身を思いっきり暴れさせようとしたが、四方からおれの動きを抑止しようと降り掛かる群れ集った手指に捕まって、雀の涙くらいの抵抗にしかならない。


 おれはすっかり身動きのとれない状態にされてしまった。



「畜生! こんなことして良いと思ってんのかよ! クキーっ! 助けてくれえっ!」



 どんなに渾身の力を込めても縄の結び目は固くてピクリともしない。また、椅子は地面と接着しているようでまったく浮き上がらない。この前に来たときには無かった代物だから、最近、設置したのかもしれない。


 当然だが、おれは猛烈に嫌な予感がした。村人たちの詳細な意図はまだ不明だ。とにかく、ろくなことではない事は明白である。


 しかし、もっと恐ろしいのは、その企みにクキも加担しているかもしれないという予想だった。


 おれはほぼ天に祈る思いだった。もしも、村人全員がおれの敵だったとしても、クキだけはまともであってくれと。


 次に起こったことはさらに信じられないことだった。


 おれと同じく村人たちに担ぎ上げられるか、足を地面に引きずられるかして連れて来られる人影の列が、こちらに向かって来るのだ。そして、一人ひとりが他の椅子に座らされて、おれと同じく荒縄で捕縛されていった。


 連れて来られたのは三人だった。


 みな一様に悄然とした顔つきで絶望に支配されていた。服装は秘境の大冒険から帰還した後みたいにボロボロで、動物の爪や牙に切り裂かれた痕がはっきりと見て取れた。


 三人とも傷だらけで、赤黒いかさぶたや黄色い膿がこびりつき、化膿した傷口は治療もされておらず、もしかしたら、彼らは長い時間、自由を奪われていたのではないか、という推測が立った。



「あの、すいません。今、我々に何が起こっているんでしょう」



 隣の男に質問してみた。男の眼は真っ赤に充血していて、傷だらけの唇から息も絶え絶えに言葉を絞り出した。



「私にも…わかりません。……あなたも猟師ですか?」


「えっ、それじゃ、あなたも?」


「はい……ぜぇ、ぜぇ……私はこの村の熊を…退治しようと思って来ました…大臼です……」


「そ、それでは、もしやあなたは、今年犠牲になったという猟師なのですか?」


「はい…そのようです……」


「一体全体、何があったのですか? いや、この村では一体、何が行われているのですか?」


「私には、何も……ただ一つ言えることは……村人と山の獣どもは結託している」


「獣? 熊のことですか?」


「ぜぇ………ふっ、あれが熊と呼べるならですが……」


「どういうことです?」


「奴らには知性があります。我々と比べても何ら遜色がないほどに……。それと、自然法則を逸脱した頑丈さ…。私は、狩りに失敗し、獣どもの反撃にあいました。…たしかに銃弾は命中したのに、やつらは効いた風でもなく平然としていました。…バケモノです。…しかし、奴らは私を行動不能にはしたが、命は奪わなかった。そして、体を負傷したために動けない私を…村人達が担架で回収し…どこかの小屋に閉じ込めたのです…」


 信じられない話だった。しかし、彼の姿が彼自身の話を裏づける格好の材料になっていた。弱った声帯からこぼれて彼が話し漏らした細部の危険までも雄弁と物語っていた。

 

 何より信じられないのは、彼をそんな目に合わせた獣と村人の行動だった。どんな目的があってそんな不可解で残虐な真似をするのか。



「奴らは…獣どもは、ときどき、私の様子を見に来ました。そして、回復の見込みがあると、私が死なないよう加減をして…足を折ったり、傷をつけたりして、私が逃げられないようにしました。…出血と空腹のために私は日に日に弱っていきました。…村人たちが置いていく食料は非常食にも及ばぬ粗品でした。…そのうち、私と同じ目にあった猟師が増えていました。…我々にはどうしようもありませんでした。…逃げようにもあの恐ろしい獣どもが夜も昼も見張っていて、眠ることさえ許されませんでした」



 あまりにも惨い仕打ちに身震いがした。どうしてそこまでする必要があったのか。そして、そうまでして、大臼やおれはこの村に何を求められているのか。



「それで、我々はこれからどうなるのでしょう?」



 大臼は答えなかった。


 隣を見ると、先ほどの告白で精根尽き果てたのか、大臼はがっくりと首を落として気を失っていた。


 大臼のさらに隣の男も、そのまた隣の男も同じように脱力していて、肩が微かに上下に動くことから呼吸機能は生きているのだと知れるだけだった。


 そして、おれは、一番左端の椅子が空席のままなことに気づいた。


 そこには誰も座らないのか。それとも、また一人、理由の不明な暴力の犠牲者が連れて来られるのだろうか。




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