4、三口神社
小さな村には珍しい、予想外にも立派な朱塗りの鳥居だった。
頻繁に手入れされている形跡が散見でき、神主の人柄は、よほど熱心な信仰家か、こだわりの強い虚飾性癖の持ち主かと思った。
しかし、クキの話では、神社から神主がいなくなって随分になるらしく、今では神社は村の共有財産として村の組合が管理し、村人全員で協力して手入れをしているのだという。
「どうして新しい神主を選任しないんだ?」
「必要がないから。それに、三口神社は実質上、私が自由に使っているから」
「えっ、それじゃ、君が神主なのか?」
女が神主になれたっけ?
その前に、宮司を務めるにはクキは若すぎる。
「神主じゃないけど、ま、それに近い仕事はしているかな」
「クキ……君はいくつなんだ?」
「見た目年齢、とだけ言っとく」
適当にはらぐらかしてクキは先に鳥居をくぐって階段を登っていった。
おれも後を追う。
クキの堂々とした、踏み出す一歩一歩に一切の気後れもなく自信に満ち満ちている後姿を眺めていると、二十代前半のおれよりも年上の女性のような気がしてくる。
見た目から十七前後だと思い込んでいたが、もしかしたら二十歳を超えているのかもしれない。
「着いた。ここが三口神社。近々、お祭りもあるから参加してってね」
そこは小高い山の中腹に位置する広場だった。
学校の円形運動場くらいの広さのあって、神像を祀った社が立派に聳えているということもなく、隅っこに社務所があるだけの手狭な仕立てであった。
標高が高い位置ということで空気には若干ながら清涼な感じが混じり込みんでいる。
その代わりにすっかり両耳のお供と化していた蝉の鳴き声はミンミンガリガリと多種多様な種類のものががなり立て、ここがすでに山の口腔地点にあるのだと自覚させられた。
振り向けば小槌村を上から一望でき、入り口以外は薄暗く深い林に囲われている。
驚いたのは、そこから眺めるだけで小槌村の全景を眼下に納めることが出来ることだった。
改めてミニチュアで作ったセットみたいな村だという感慨を抱いた。
そういえば、ここ来るまでにすれ違った住人は何人いただろう。
それに………
「クキ、この村って年寄りが少ないよね」
「藪から棒に何? そんなことはないでしょ」
「いや、少ない。普通…ごめん、この手の辺鄙な村じゃ過疎化が進んで、年寄りが人口割合の大部分を占めるようになる。それなのに、これまでに行き交った人たちはみんな、年をとっていても中年かそこら止まりで、それ以上の年齢の人が少ないんだ」
「それがどうしたの? たしかに他の事例から見れば不思議なことかもしれないけど、それで何か困ったことになる?」
「なりはしないけど、気になって」
どうしてだかクキはこの話題にこれ以上は突っ込まれたくないらしい。
ここまで来て、案内役にへそを曲げられて帰られてしまってはもったいない。
黙って彼女の意向に従うことにする。
クキはおれの腕をぐいぐい引っ張って社務所に歩いていく。
夏の暑さのためにおれの腕が汗ばんでいるのに対し、クキの手の平は乾いていた。
水気を失っているのではなく、さらりとした保湿性のある皮膚はその裏に瑞々しいまでの水分を含んでいるようだった。
社務所は高床式のささやかな小屋という風情だった。
入り口前にはそれなりに真新しい漆塗りのツヤのある賽銭箱が置かれていて、天井に据えつけられた人の頭部大の鈴とそこから垂れ落ちた布製の紐がしょんぼらした動物の尻尾みたいに見えた。
扉には開錠済みの南京錠がぶら下がっていて、おれは、さては空き巣と思い込んで身構えた。
が、彼女は何の気もなしに両扉を横滑りさせる。
中を見てやはり空き巣だったかと再度思った。
それくらい、小屋の内側は無残なまでに散らかっていた。
「やだなあ。空き巣じゃないよう。私がここで寝起きしてるだけ」
「じゃあ、これだけ狂人めいた散らかし方をしたのは……」
「失礼な。全然散らかってないよ」
この惨状を言葉で言い表すのは難しい。
彼女がこの空間に及ぼした雑然さは小宇宙を形成しているに等しかった。
山と積まれた雑誌や書籍の類い。
海と広がる空き缶や弁当箱や果物の皮や食いかけの腐食物。
土と肥やされた原型を留めぬプラスチックの袋、包装パック。
その他、段ボール箱、用途不明の角材や工具類……何を目的としているのか見当もつかない蒐集品の数々。
これでは掃除をしようにも手のつけようがない。
外側から見て取れた窓は雑誌の山に隠れ、天井と壁の接触面の格子状になっている部分だけが唯一の光源だった。
「神社をこんな罰当たりな使い方をして、誰にも叱られないのか?」
「私を叱る人なんて小槌村にはいない。私が何をしても絶対許してくれる大らかな人たちだもの」
おれはクキの突飛なまでの天真爛漫な性格が何に起因しているのか、少し理解した気がした。
彼女はこの村ではお姫様のような扱いを受けているのかもしれない。
「そういば、クキには……」
家族はいないの? そう聞こうとしたが途中でクキに割り込まれた。
「これ見てよ。びっくりするから」
彼女はあろうことか、天井すれすれまで成長した書物の石筍を片手の一押しで崩壊させてしまった。
どっかんばっかんと騒音を轟かし、もうもうと巻き上がった埃が顔面に貼りつき、涙と鼻水を誘う。
鼻と口をしっかり押さえて、おれは抗議の声を上げる。
「いきなり何するんだ。もう少し丁寧に出来ないのか」
「ねえ、それよりこれ見てよヒル」
勝手に変なあだ名までつけられている。おれはドブ川の血吸い虫ですか。




