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3、自動口述娘

  蟹山という名の女将さんが直々に六畳ほどの広さの和室に案内してくれた。

 朝早くから半日かけての移動に時間も体力も費やしていたおれは、やっと人心地つくことができた。


 と、先ほどの娘がさっそく部屋にやって来た。

 彼女はおれの返事も待たず、端正な顔立ちのわりに無礼なぶしつけさで青畳の上にあがりこむと、自分が村を案内すると申し出てきた。


 おれも最初は面食らっていたが、村内の調査は仕事の一つに入っているので願ってもない話だった。

 おれは二つ返事で了承した。


 それに、彼女ともう少し話をしてみたいと思っていたのだ。


 彼女は自分のことをクキと名乗った。



「名字はないのか?」


「あるけど別にいい。クキって呼んでくれるだけで十分通じる」


「通じるって、誰に?」


「村のみんな」


「君はこの村では有名人なのかい?」


「まあね。こんな小さな村の中じゃ誰もが知り合い。私もみんなに良くしてもらってる。ま、外の世界じゃあなたの方が有名だろうけど」


「自覚はないんだけどね。それに、多少、狩猟の世界に馴染んでいない人には無名の一般人に過ぎないんだよね」


「いやに弱腰なんだね。そんなの気にしているの?」


「別に。君みたいな熱烈歓迎をされると、逆に変な気持ちだってことを伝えたいだけ」


「嘘つき。謙遜しちゃって。私、そういう自分を卑下する言い方は好きじゃない」



 彼女の口調はあくまで軽い。

 自分の正直な気持ちを躊躇いなく言う人なんだろう。

 そんな好感の持てる無愛想さは彼女のタンクトップにジーンズというラフな服装からも感じ取れた。


 おれとクキは人の気配のない寂しいあぜ道を並んで歩いていた。


 風に揺れる木の枝がさわさわと葉の擦れる音を落としていく。

 強烈な日光と極太の枝が作り出す影のコントラストが、おれ達の行く道のずっと奥まで横断歩道の縞模様みたいに白黒を分けている。



「有名なマタギのあなたなら当然、目的はこの小槌村に生息する熊を退治することだよね」


「うん。でも、それを目的に村入りした猟師たちの無残な結果が後を絶たないみたいだね」


「そう、毎年繰り返される惨劇。このへんの山に棲む熊は特別に凶暴で狡猾、人の手では退治することは難しく、お国さえも匙を投げて静観するだけという曰くつきの魔境。まさに、呪われた土地ってとこ」


「ずいぶん故郷を悪く言うんだね」


「故郷を嫌だと思ったことはないけど、犠牲者の人たちが可哀想じゃない」



 そう言いつつ、彼女の口調は明るく楽しげだ。

 筆書きのような細い眉をくいっとしかめはしても、その表情からは悲痛さを感じさせはしない。

 本当に哀しんではいないように見える。



「それにね、人を襲う熊でも、私は熊を嫌うことはできない。小槌村で生まれた人は子供の頃から熊への畏怖心を教え込まれていて、山に棲んで度々、人里に下りてくる獣は神様の使いだから、畏れはしても嫌ってはいけない、ってお母さんに言われるんだ」


「熊はこの村では神様の使いなのかい?」



 クキは垂れ下がる黒髪を人差し指でクルクルと巻き上げ、こくりと頷く。



「そう。ここの村人たちは熊を祀り、崇拝していた歴史がある」


「それなのに、その熊を倒そうという野心を持つ猟師がやって来るのを、村の人はよく拒まないね


「やって来た結果がどうなったかを見れば分かるでしょ。誰も、人間の力で熊たちが退治されないことを知っているだけ」


「なるほど。じゃあ、村人たちは猟師が失敗して熊に食い殺されたと聞くたびに、秘かに喜んでいるかもしれないね」


「たしかに、そうかもね」



 さすがに、おれも少々ぎょっとした。

 鼠御殿のあの人当たりの良さそうな女将さんも、おれが熊に負けて死ぬことを心の裏で考えていたのだろうか、という疑念が唐突に脳内で明滅したために、冷感性の汗が流れてきた。


 しかし、クキのニヤニヤした面を見て、ただの冗談だったのだと解釈し、今度は体中を赤々と火照らせる汗が出てきた。


 クキといると楽しかった。


 彼女は頼んでもいないのに村での生活や注意事、日頃に感じていることを堰を切ったようにぺらぺら喋りまくっていた。


 まるで自動の解説機械だった。



「ところで、一体、どこに連れて行ってくれるつもりなんだい?」


「うーん…。それじゃ、三口みつくち神社に行ってみようか?」


「神社? どうして?」


「面白いものがあるから」



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