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19、祟り

 杭沢赤地の率いる外事課特殊別働隊第六班が辺境の隠れ里にて課された任務を失敗した晩、三浦製薬会社の本社にてとある椿事が発生した。


 のちの調査によれば、出来事の発生時間はちょうど第六班物資運搬係が村の外れで待機していた時までにさかのぼる。その当時、目標の中心地に臨場していた杭沢班長より任務達成の報告を受け、「ただちに本社へ目標物の運搬を行う」という命令を下された。そして、運搬係が本社へ現状を無線機を用いて報告した。


 事の起こりはその直後、約十五分前後の時間内に限られる。


 第六班の構成員は全員が査問審査に掛けられた。現場から離れた地点で待機を命じられていた班員及び運搬係は言うに及ばず、班長の杭沢と餌役の106号までもが厳しく取り調べられた。


 運搬係および班員達は、目的地がある山林の奥地から、まばゆい奇怪なビームが夜空に打ち上げらた光景を望見したのみであったが、取調べ官の関心を引くには十分であった。


 情報収集の成果は上々であり、件の村での最後の晩に起こった出来事のあらましを捉えることはできた。概要報告はすぐさま上役そして三浦業造総取締役に上げられた。


 さて、106号および杭沢班長が怖気たつ異界のきれはしを目撃したのと同時刻、小槌村からキロ単位の距離を置いた人間世界の真っ只中、林立するビル郡と競い合ってそびえ立つ三浦製薬会社本社ビル、此処こそがいま一つの事件の発生地である。


 ビルの地下二階、実験植物の栽培ハウスにて、三浦製薬おかかえの優秀な科学の精鋭たちが、事件以後、異口同音に力なく愚痴る不可解な現象が猛威を振るった。


 地下二階の広大な一フロアは、その全てを丸々使用した空調機能・光量調節を完備する人工畑として築造されており、新薬開発のために使用する多種多様な植物が育てられていた。


 事件とは、その植物達が一瞬にして、異常なスピードで急成長してしまうという奇妙なものだった。


 しかも、その植物ではありえないような奇怪な色合いの茎、葉、枝、花、果実が、まるで百年の樹木の生長を記録したビデオを早送りしたかのようにとんでもない速さで、とんでもない大きさに拡大したのだ。


 目撃証言によると、その色具合といったら汚らしいの一語に尽きたという。暗緑色、暗紫色、暗赤色、暗黄色、病んだ白色、暗黒……それら人の本能が毒物的と直感する色をわざと選別したとでもいうようにグチャグチャと混ざり合っていた。


 現象に冒される以前の部分と以後に生えた部分を比較してみても、その異常生長した部分がもともとの植物の細胞とは異なる、まったく異質な性質を備えていることは明白だった。


 そして、緊急事態の報告を受けた数人の研究者がハウスに入って行ったが、再び部屋の入り口を通った者は誰もいなかった。


 ちなみに、ハウスの外に追い出されていた現象の第一発見者にして地下二階の管理係の社員Kは、扉のガラス窓越しに研究者らを襲った異様な出来事を目撃していた。


 彼らは扉を閉め切って異常生長した植物を、腐食の色を持つ怪植物を幅一センチの近さで観察したり、恐れ知らずにも直接触ったりして、様々に議論していた。Kはその様子を見るだけでも不潔感を刺激されて身を震わせたらしい。


 また、それら怪植物は悪臭を放っているらしく、四人の研究者たちは四人とも鼻をつまむ、鼻の下をクシャクシャにするといった仕草をしていた。ドア外のKは除け者にされた身分を感謝したいくらいだった。


 と、その最中だった。


 いきなり丸々と肥えた腐食色の果実にヒビが入り、緑白色の透明感のある液体が染み出したのだ。


 液体は後から後から止め処なくあふれ、しかも驚くべきことに、地面に滴り落ちることがなかった。液体は重力に逆らって空中を流れて行ったのだ。


 やがて、空中に十分に溜まった液体はうすく広がり傘となった。そして、顔面を引きつらせ、汗をタラタラ流しながらあとじさりする研究者達を、ギョーザの皮にひき肉をくるむ要領でパクリと飲み込み、もともとの果実の内部に戻っていってしまった。


 相前後してぶら下る果実の全てに一斉にひびが入り、緑白色の液体が前と同様にして流れ出した。思考力を失いながらもKは、液体が空気を伝って、悪夢が出現した室内とK自身とを唯一隔てる扉を目指していることを知った。


 扉が鋼鉄製であることは管理係のKが一番よく心得ている。しかし、脳内の有無を言わさぬ暴風雨がKの常識的な判断を吹き飛ばした。


 本能の告げるままにKは管理室の室内機能コントロール盤に飛びつき、上方にある四角いガラスの蓋の鍵を求めて腰から鍵束をとりはずした。焦りのためにもつれる指を必死に動かし、やっと見つけた鍵を鍵穴にさしこむがうまく回らない。


 と、ハウス内を見渡す管理室のガラス窓に液体がへばりついてきた。しかも信じられないことに、液体はガラスの表面を透過してきた。さながら、パスタ機がパスタを押し出すかのように徐々にこちら側ににじみ出てくるのだった。


 Kのパニックは頂点に達した。めちゃくちゃに鍵をねじ込んだ挙句、癇癪を起こして上下にガクガク揺らした拍子に、幸運にも鍵がまわり蓋が開いた。


 Kは赤い色の焼却ボタンに拳を叩き付けた。ガラスの向こうは一面火の海となり、ついさっきまで大事に育てられていた貴重な植物群とともにおぞましい変異体は灰燼に帰した。


 Kのこのいっそ英雄的と賞賛されるべき行為には、のちに、犠牲になった四人の研究者の仲間たちがこぞって苦言を呈した。異常生育した植物の現物が床の黒ずみに変容したとあっては、どこからも現象解明の手掛かりを拾い集めることは叶わないからだ。


 研究者達は、四人の犠牲者は植物に食われたというKの証言とは裏腹に、植物の残骸の跡からは死体のかけらも発見できない事実を槍玉にあげた。そのために、Kの証言自体が錯乱した男の眉唾な情報だときめつけられ、社会的有用性はほぼ失墜した。(すぐあとにKは辞表を提出した)


 さらに、三浦製薬が被った損害はまだ有る。別室で保存されていた霊界植物、いわゆる『霊験転写法』の秘法で製造した希少な苗が、すべて消失していたのだ。


 こちらもやはり手掛かりは無く、事の発生時刻がハウスでの一件とおよそ重複すると推測されるため、両者には密接な関連ないし同一の原因があると社員たちは考えた。


 後日、帰社した第六班が持ち帰った情報は、前夜の社内の事件と曖昧なまでも関連性があると思われるに足りた。噂好きな一般社員の間では、三浦製薬に発生した一連の怪事そのものが、小槌村を荒らした第六班、そして、その大元である三浦製薬への呪いだったのではと騒がれた。


 しかし、会社はこれらの噂を全否定した。試験植物異常生育および喪失事件と第六班の任務内容に、一切の因果関係は皆無である公言したのである。


 さらに、総取締役じきじきの指令で、第六班が小槌村で聴取・体験した事柄の調査報告内容はかけらも残さず社のデータベースから削除されてしまったのだ。班員たちにもこれ以上、余計な憶測を言い触らす者は処罰すると通告された。


 第六班の班員はこの程度で済んだが、実際に現場に居合わせ、任務を失敗させた杭沢班長には厳しい処分が下った。


 一週間の謹慎と再講習プログラムである。後者にいたっては再講習とは名ばかりの記憶矯正処分だった。


 第六班の任務と社の事件は無関係だと説明しているのに、任務失敗とはいえ班員に一人の犠牲者も出さなかった杭沢にどうして第一級の罰則が適応されたのか。それについては、今でも社員たちが好き勝手に議論しては酒の肴にしている。


 どちらにしろ、杭沢に直接話を聞くことは現在では不可能である。彼は記憶矯正に掛けられる前に忽然と行方不明となってしまったのだ。


 彼のアパートも調べられたがもぬけの殻で、書置きや辞表の類いも残されていないことから、社内でささやかれる噂にさらなる怪談めいたスパイスを与えることになった。社員たちによれば、杭沢にも小槌村の呪いが襲い掛かり、消えた研究者達と同じ目にあったのだというのが定説になっていた。


 それから、小槌村に餌役として潜入して渦中の人となった106号も任務帰還後の足取りがあやふやとなり、現在は彼も行方不明だ。死んだ、会社からの処分命令でクローン体処理施設送りにされた、などの話を聞くが、公式記録にはそのような記載はない。ただの事務員の記入漏れなのか、謎を呼ぶ。


 ともかく、真相を知る者はもうどこにも居なくなってしまったのだ。


 ところで、この社をあげての工作活動は会社の総取締役であり魔道士の三浦業造が、怯えきったヒステリックな調子でキーボードを叩き、信用の置ける幹部たちにある密命を授けたことに始まる。


 この時点では、106号は研究室で左腕を修復し、杭沢は数日ぶりの飲酒を楽しんでいたのだ。



「小槌村には誰も手を出してはならず、各自、持ち得る情報は何者であれ口外してはいけない」



 三浦製薬の事実上のトップで、太古の秘法の数々に精通した彼がここまで怯えているのは何故か。


 それを知りたくば、執務室の壁際に飾られた観葉植物を眺めていれば自ずとわかるだろう。



 枝葉の狭間の影の奥から待ち構えるもの。




 唾液したたる三つの口に気づいたのなら…………。






                                 終

もし仮に、あなたが第1話からお付き合いくださったお方であったなら、いいえ、この章だけでも最初から最後まで読んでくださったのならば、私は海よりも深い感謝をささげたく思います。


あなたにも、熊神の脅威なる庇護があらんことを!

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