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17、緑白の河

 光を発している場所はおれがいる地点だけではない。境内全体がぼおっと緑白色に光り輝いているのだ。



「うおっ、なんだこいつは」



 灰神楽のうろたえた声。



「これは、でもまさか……」



 クキだけは事情を知っている様子。彼女は少し考える仕草をして、おれのほうを見る。



「そうか。そういうことか! 血が、ヒルが流した血が引き金になったんだ」



 クキは灰神楽に銃を向けることも忘れて、おれを呼ぶ名前が106号からヒルに戻っていることにも頓着せず、銃身を振り捨ててはしゃいだようにくるくる回る。



「四人だけの血では足りない。でも、今宵、この場所で流された血は四人の生け贄と、三人の獣、そして、ヒル。あはっ、足りたんだ。開く。開くよ! 扉が開く! そして」



 クキは歌うように叫び、飛び跳ねる。



「熊神様が来臨する」



 緑白色の光がいっそう強まる。まるで巨大なサーチライトの表面にでも立っているかのように強力な光量が夜空に向けて照射されている。


 このままでは目が潰れると思い、おれは光から逃れようと駆け出す。杭沢さんはどうしたのか確認することができない。あまりに強い光に目を開けることもままならないのだ。


 ただ、喜びの笑いをあげるクキの声がどこまでの追ってくる。やがて、おれは境内を抜け、尋常ならざる光の領域から目の休まる闇の森へと脱出できた。


 その時、後方から切羽詰った救援を求む声がした。



「助けてくれぇーっ」



 逃げ遅れた灰神楽は地面に倒れ、這って進んでいた。


 しかし、進む方向は外へではなく、緑と白がいっそう濃くなりまさる内側へであった。どうやら、光に目を焼かれて視力を失い、自分がどこに進んでいるのかも定かでないようだった。


 いまや流れる光の滝の源流となった境内は視力を有する生物には大変危険な場所となっており、灰神楽を助けに戻る気は毛頭しなかった。仕方ないと自分に言い聞かせて彼に奇跡が起こる事を祈った。


 今度は、垂直に立ち上がった光の柱の内部や外部にバチバチと花火に似た明滅、光の粒の小爆発が起こった。それらが一つひとつ弾けるたびに稲光が走るのと同量のまばゆさが瞳孔を射抜き、網膜に突き立ち痛みを走らせた。


 手で眼元を隠し、陰をつくってもなお目を細めなくては直視できない。そう、まるですぐそこに恒星が出現したかのように激烈な光彩が暴れ狂っていた。


 すると、その緑白の光の円柱の内部から、途方も無く超大な影が現れてきた。それは境内の地面を突き破るように浮上してきて、その全貌をあらわにした時には、おれは腰を抜かして尻もちをついていた。


 それの大きさは尋常じゃなく、山脈の一部が歩いているのではないかと思った。


 阿修羅像が三つの顔を持つのと同じくそいつには三つの口が開いていて、いずれにも獰猛な歯牙が無数に植わっている。全身に生い茂り垂れ落ちる焦げ茶色の体毛はどこか粘ついていて、それ自体に意識が通っているのか、自由勝手に動き回っている。腕とも足とも付かない極太の肢が左右を合わせて六本もあり、蜘蛛を思わせる節足だ。そして、六本の肢の他に、いたるところから枯れ枝めいた細長い触手が生えていてヒラヒラと引きずっている。まるで、生え変わって不要になった古い肢の成れの果てといった感じだ。ダブダブに重なり合う脂肪によって隠された眼窩がいっぱいに見開かれ、グチョッと出てきたそれは、大量の眼球の集積であった。顔面の両側に丸く広がった眼球領域はちょうど昆虫の複眼を連想させて、違いといえば瞳の一つひとつが別々の方向を彷徨っていることだろうか。



「リュオオオオオォォォ!」



 大山に比する怪物は地獄に通じる三穴を開き、天地を揺らめかす咆哮を発した。


 あまりに突飛で戦慄をおぼえる容貌である。獣とも昆虫とも生きている森ともとれない、偉大にして醜い存在。そうだ、この姿は前にクキに見せてもらった熊神の像そのものではないか。


 光の洪水を浮遊する熊神は、様々な地球外の生物を引き連れてきた。


 尖ったくちばしのプテラノドンに酷似したろくろ首の鳥。

 胴が蛇のように長くとぐろを巻く藍と黄色の縞模様をした魚。

 ざわざわと半透明の枝を振るう動物的な内臓器官が透かし見える植物。

 翼を持つ猿と同型をした蛙。


 その他、とても言葉では言い尽くせない奇々怪々なフォルムの生物達が、かれらの王である熊神の周囲を無重力遊泳していた。


 その中に、あの三匹の獣どもがいた。どうやら、残り二匹も何か人知の及ばぬ作用で蘇ったらしい。


 三匹は哀れな灰神楽の身体を弄んでおり、渡航中の食事用にでもするつもりか、大事そうに撫でさすっていた。


 その周りをふわふわと飛び回っているのは大臼や蟹山さんといった、生け贄に供された四人の生首だった。首だけの妖怪となった蟹山さん達は宙返りしたり互いにおでこをぶつけ合ったりと、子供に返ったように愉しげに遊んでいた。


 この光景のなかでは、どんな不条理が起こっても納得してしまうだろう。


 光の渦に現れたモノ達は皆、喜悦と躍動にあふれて空間を自由自在に駆け巡っており、どんどん空高く上昇していった。


 そして、その祝祭的大行進の只中には、クキの姿もあった。


 緑白の流れを水流に見立てて優雅に泳いでいる。ときどき、熊神の体に触れては優しく頬をくっつけたりしている。おれといる時よりも自然で親密なスキンシップに見えた。彼女は今までにないほど楽しそうで、光の只中において何にも増して一際輝いていた。


 彼らはどこまで行くのだろう。


 おれは空を見上げて光の河の行く先を見出そうとした。


 光の柱は闇をはねのけ押しのけ、その先は広大な星雲のその彼方、星座の間隙を縫って、我らが地球の所属する銀河を遠く離れたまったく別の世界に繋がってるようだった。


 足元より立ち上る巨大な回廊は二つの世界、一千億光年もの距離をおいた暗黒の星間宇宙の架け橋であり、偉大なる熊神は指導者となり先導者となり、船頭となり船舶となり、無限の宇宙空間のたしかな指標となり、旅立つ者の手を取って進むのだろう。


 気づくとかれら宇宙の偉大なキャラバン隊は遥か上空に飛び去っていた。巨大な熊神さえも今ではその姿を望むことは叶わなくてなっていた。


 かれらはどんどん小さくなり、やがて点ほどにも遠のいていった。、そして、ついには緑白の彼方に消え去ってしまった。


 広場から直立していた光の柱も次第にその力を失い、薄くなり、真っ白な残像を眼球内に刻み付け、徐々に中央に収斂されていき、最後にパッと明滅し…………跡形もなく消え去った。


 空間に安穏な闇が戻り、松明はすべてどこやらに吹き飛ばされていて、やわらかく降り落ちる星明りと月明かりだけになった。


 光が消えた場所にはクキがただ一人立ち尽くしていて、夜空を見上げ静かに涙を流していた。



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