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15、細胞より

「ちょっと待ってよ。さっきの話だけでは私の疑問に全て答えたことにはならない」



 話を一区切りした杭沢さんにクキの追求の手は緩まない。



「あの三人の獣を殺すことができたのはどうしてか、そもそも、どうして灰神楽みたいな奴にそんなことが出来たのか、きっちり教えて」



 クキはなおも銃口を押し付けている灰神楽には目もくれずに杭沢さんを指差す。



「我々は『霊験転写法』に記された秘術を解明する研究をしていることは言ったね。そこにはあの獣どものような現世の物理法則に反する存在に関わる項目もあってね。その中には、そのような存在に効く治療薬・毒薬の類いの知識もあるんだ。今回、獣どもに撃ち込んだのは彼ら用に調合した毒薬弾だ。しかし、薬品の有効性をさらに高めるには彼らの遺伝子を調べる必要があった。だから、この数日間、私は106号の影に隠れて必要なサンプルを入手していたというわけさ。その最中、106号がこの灰神楽に仕事の邪魔をされそうな気配があったからね。彼に我々の妨害をさせないため、かつ、この村で最も長く生き延びた彼の能力を買って今回の作戦の一端を任せることにしたというわけだ」


「あなた達、いつ連絡を取り合ってたわけ?  私はずっと朝田……106号の傍を離れなかったのに」



 彼女のおれの呼び名の変化がめまぐるしい。前みたいにヒルでいいのに。



「餌役と実行部隊は任務中は連絡を取り合わないのだ。そのほうが余計な疑いを周りに与えないからね。ゆえに、106号は作戦を大要さえ、たった今、知り得たはずだ。とはいえ、まったくの放任状態というわけではなかったけどね」



 杭沢さんは腕時計を見て時間を確認する。



「さて、長く話しすぎたようだ。そろそろ、次の仕事へと移るか。106号、私はこれから六班の他の隊員と運搬係に連絡をとる。承知していると思うが、あの三匹の死体を会社の研究室まで運搬するぞ。部下が到着するまでに死体の状態を調べておけ。灰神楽、お前はお嬢さんを逃がさないように見張ってるんだ。この子にはまだまだ聞きたいことがある」



 杭沢さんはてきぱきと指示を飛ばした。おれは命令に従い、打ち倒れた三つの黒い小山のほうへ歩いていった。


 その間、おれは心のなかで自問していた。


 いいのか? これでいいのか? 


 この後の展開は大体予想できる。三浦製薬に持ち帰った獣の死体は原型を留めなくなるまで調査と試験を繰り返し、骨質の一片、細胞の片鱗まで余さず薬品開発に利用し尽くすだろう。


 どうせ、四人の尊い命を消化し、おれまで食おうとした凶悪な人食いどもだ。そうなっても同情する気なんておきない。


 ただ、杭沢さんが押収した『熊神縁起』が問題だ。


 当然、彼はあれを上層部に提出するだろうから、いずれ三浦総取締役の手に渡ることは確実だ。その結果、彼が取るであろう行動は容易に推測できる。熊神が降臨する地である小槌村一帯を研究調査の名目で徹底的に踏み荒らすことだ。


 三浦製薬の影響力は警察内部にまで及んでいるから、どんな権力を行使して村に圧力をかけるか予測がつかない。さらに恐ろしいのはそれら調査という名の冒涜行為がクキまでも巻き込んでしまったとしたら。村の中では特別扱いされる彼女も社会のうちでは単なる孤児。三浦製薬の力に掛かれば誘拐など造作もない。


 彼女はおれを罠にはめて怪物の生け贄にしようとした女だ。この村だって最初から最後までおれを欺き続けた狂人だらけの無法地帯だ。本来なら憎悪を向けるべきなのだろう。


 しかし、おれはクキも小槌村も、どうしても憎みきれなかった。あれほどの恐怖を味わったのに、心のどこかでは、許してしまおうという気持ちが機能しているのが感じられた。喉もと過ぎて熱さ忘れたのか、それとも、これが全ての自然を愛したという朝田比留夫の無意識がなせるわざなのか。


 が、おれごとき下っ端の餌役に何が出来るものか。命令に従って綿よりも軽い命を投げ出すこと以外にろくな闘い方を知らない雑兵のくせに。


 蟹山さんは夢想を頼りに生き、夢想を目指して死んだ。大臼はその行為を否定したけれど、自ら命を捧げる相手を選択できた蟹山さんは幸運であった。自分の命を捧げる相手さえ自由に選べない者もいるのだから。


 おれは横倒しになった三匹の見下ろした。どう見ても生きてはいまい。首もとに開いた銃創が痛々しい。


 おれは驚いた。胸の中を針でつつかれる奇妙な感覚を覚えたからだ。


 これは、同情と悲しみ……。


 笑える話だ。今さっきまでおれはこいつらに食い殺されようとしていたのに、同情だって? とんだお気楽者だ。それとも、これも朝田の遺伝だとでもいうのか。


 クローンといってもおれと朝田はイコールではない。おれは話に聞く朝田の勇気や胆力は持ち合わせていないし、博愛の精神などこれっぽっちも知らない。


 おれは朝田の不肖の息子みたいなもので、それも106回も代を重ね、任務遂行のためにさまざなな機能が搭載されていく過程を経て、おれはすでに朝田本人と同形質の遺伝子を持つだけのほとんど別人になっていた。


 しかし、そんなおれでも、ときどき、動物や自然を眺めて、朝田はこういうことを考えていたのか、と不意な感傷に浸ることがあるのだ。


 そんなことをぼんやり考えていると、おれは三匹のうち一匹の様子がおかしいことに気づいた。もしや、これは、「タテガミの立派」な奴、蟹山さんの祖父だったか。何がおかしいのか近くにいってよく観察すると、おれは飛び上がってしまった。


 なんと肩のあたりが微かに上下運動をしている。


 息を吹き返したんだ!


 すぐにおれは杭沢さんに報告しようとした。早く例の毒薬を打ち込んでもらわないと、大変なことになる。


 おれは周囲を見回す。幸い、この位置は村人たちから遠く離れていた。誰もこの変化に気づいていない。おれは焦りを気取られないよう平静を装って戻ろうとした。


 そのとき、おれのなかで何かがひらめき、班長への報告行動を中止した。


 なんだ? 一体、おれは、おれに何をさせようというんだ? 


 おれは自分に問いかけた。なんだか、自分の知らない間に一代決心をしようとしているようだった。ただし、何を決心しようとしているのかはわからない。


 おれは杭沢さんに報告に行くの止めた。そのかわり、おれはさらにもう一歩、呼吸活動を再開した獣に歩み寄った。後ろを振り返ると杭沢さんは携帯電話越しに部下と話し合っていたし、クキも灰神楽もおれになど注意を払っていなかった。


 これは、朝田の意志なのか? こうすれば、事態は好転するのか? おれはクキを守れるのか? なぜ守るのだ? なぜ? 餌役ごときに何が出来る? 餌、だから出来るのか? 


 何も分からないまま、おれは息継ぎする獣の口元に己の左手を差し出した。


 獣の瞳にきらりとした光が蘇った。





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