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13、逆転劇

 

 猟銃の銃声。


 それは、とても馴染み深く、危機の只中にあって唯一、安心感を与えてくれる武器の暴力的な音響。それが、合計三発、空気を切り裂き、広場に轟いた。


 あれほど凄惨な獣どもの食事の最中でさえコリもせず演奏が継続されていた音楽が止み、並び立つ村人たちも困惑の囁きを交わしていた。


 そして、もう一つ、さらに困惑を増長させる事態が起きた。まさにおれの体に爪と牙を打ちたてようとしていた獣どもが、ばったりと地面に力なく倒れてしまったことだった。


 そう。人間の力では絶対に倒せないはずだった、この世のものならぬ生物が、まるで狩られた動物みたいにだらしなく、地面に寝転がっているのだった。首筋に一発ずつできた銃創から出血し、赤黒い筋をなしている。


 誰もが硬直せずにはいられないこの状況で、緊迫した空気を崩壊させるにふさわしい、興奮した男の声が響き渡った。



「いやっほう! ついに獲物を倒したぜ!」



 おれから見て右斜め前方の森の闇から大柄な男が足取りも軽く出てきた。


 生命の危険からからくも逃れたばかりの麻痺同然の神経でも、そいつがここ数日間、誰の目にも触れず姿をくらましていた男であることが認識できた。



「あなた、灰神楽藤吉郎!」



 やぐらの上からクキが叫んだ。



「やあ、クキ、久しぶりだな。機嫌はどうだ? おい、見ろよ。俺はついに目的を達成したぜ」



 灰神楽は村人達の非難の視線などものともせず、自信に満ち溢れて広場の中央に歩いてくる。


 クキは依然としてやぐらの壇上から様子見していた。遠くからなので詳しいいところは見えないが、村の女王で神の神官である彼女が、悔しげに表情を歪めている気がした。



「まさか、あんたみたいな木偶の坊に邪魔されるとは予想もしてなかった。素直に褒めてあげる」


「嬉しいね。おい、そんなとこにいないで早く降りて来いよ。俺に何か言いたいことはないのかよ?」



 灰神楽は猟銃を肩に担ぎ、クキに下から笑いかける。女を口説こうとする男の軽薄な笑みであった。


 クキはやぐらの下にいた猿柿村長に獣ども生死を確認するよう指示を出した。


 猿柿さんはおれの傍まで駆けて来たが、おれには一瞥もくれず獣どものダラリと長い桃色の舌がはみ出している口に手の平を当て、やぐらの頂点に向かって首を振った。クキは無言で頷いた。


 クキは灰神楽の言った事に素直に従い、やぐらを降りて祭りを混乱に陥れた男の前に近づいていった。今度は自分より背丈がはるかに高い灰神楽を下から見上げる番になったが、彼女はあくまで堂々としている。


 灰神楽はニヤニヤとクキの顔面に見入る。



「いいねえ、その顔。俺はな、いつものお前の何考えてんだか分かんねえ顔をよ、分かりやすい感情で埋めてやりたかったんだよ。今のお前の心はとても分かりやすいぜ。困惑と驚愕と不安だ」


「馬鹿なことを言わないで。私が感じている感情はただ一つ、疑問だけ。どうして、人間の技では大砲を持ってしても殺せない彼らの命を奪えたのか」


「どうして? ああ、まったくだな。実は俺にもさっぱりなんだ」


「ふざけないで。あんたが撃ったんだったら、あんたが答えられないわけないでしょ?」


「たしかに、奴らを狙撃したのは俺さ。が、奴らの息の根を止めたのは銃撃じゃなく銃弾のほうさ」


「銃弾……?」


「そうだ。俺は単なる狙撃役。真の立役者は俺じゃないぜ」


「誰、それ。もったいぶらずにさっさと言いなさい」



 灰神楽は視線をおれに向けた。クキもこちらを向き直り、もともと大きな目をさらに大きく見開いた。



「ま、まさか……朝田が?」



 クキは信じられないという顔つきであった。そして、それはもちろん、おれも同感だった。



「え…いや、おれは…」


「ちがうよ」



 おれの背後から歌手みたいな心地良い響きの声が飛んできた。ガサガサと草木を掻き分けて誰かがおれの背後に立つ。無数の蝙蝠が羽ばたく音を従えて。


 誰か? 


 いや、おれはそれが誰か知っていた。その人の他人を魅了せずにはおかない声音は常日頃から聞きなれたものだったからだ。



「杭沢さん……。やっと来てくれたんですね」



 おれは涙を流さんばかりの安堵感に包まれた。がっしりしていながらも繊細な手がおれの肩に置かれる。



「すまなかったな、106号。薬品の調合に手間取ってな。いまさっき到着したところさ」


「てことは、タイミングはギリギリだったんですか? もし、あと少し遅れていたらおれはどうなっていたんです?」


「首は無くなっていたと思うが、気にするな。お前だったら替えは利くからな。いろいろと」


「ひどいですよ。いつも言っているでしょ。痛みは人並みにあるんですよ」



 突然、現れた謎の人物とおれが親しげに話し出したことに戸惑いを深めたクキが、さらに声を張り上げた。



「あなた、一体、何者?」


「これは失礼しました。僕は三浦製薬、外事課特殊別動隊、第六班班長、杭沢くいざわ赤地あかちという者です」



 杭沢さんは律儀にも社章であるM字を象ったバッジを掲げてみせる。


 杭沢さんはおれを椅子に縛り付けていた荒縄を解く片手間で人々に自己紹介した。彼が片手を一振りしただけで頑丈な荒縄は死んだ蛇みたいにクタッと地面に落ちた。縄は中途できれいに切断されていた。

 

 解放されたおれは立ち上がり、固まった体を伸ばした。体の各部から快楽物質が分泌されていそうなくらい、じんわりと気持ちよかった。


 クキは力なく首を左右に振り、眉根を寄せて見返した。


「全然、わからない。あんた、いえ、あんたらは何者!?」


「うるさいな。女のヒステリーほどの騒音はないもんだ。……えーっと何から話せばいいかな、お嬢さん」



 杭沢さんは一歩前に出る。ワックスでしっかり固められた豊かな黒髪がふわりとなびく。温和な口調は猿柿村長にも引けをとらないだろうが、彼から飛び出る言葉はその口調とは対照的に粗野である。



「おい、そういえば俺もあんたにまだ何も聞いてないんだ。三日かそこらの付き合いだったが、ついでに聞かせてくれや」



 灰神楽にもせがまれて、杭沢さんも困ったような顔をしていた。まだ三十代半ばのその顔は童顔のため、大人と子供の同居した不思議な表情をしていた。




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