ガクラン
扉の内部はごく狭い部屋になっていて、こちらも外と同様、色んな荷物が梱包されたまま積み上がっている。その真ん中に、一組のガクランが衣紋掛けに吊るされていた。
どきり……と、世之介の鼓動が跳ね上がる。
思わず世之介は目を見開き、我知らず目の前に吊るされているガクランに近づいた。
ガクランの裾は長く、膝ほども達している。いわゆる「長ラン」と呼ばれる形式だ。襟は高く、肩はぐっと張り出している。もし身に着ければ、堂々とした姿になるであろうと思われる。
それより世之介の目を引いたのは、ガクランの布地の色だった。
真っ赤である。
すなわち血潮の色。見ているだけで何か、胸の鼓動が高鳴りそうな、燃えるような赤。
世之介は目を離すことすらできなかった。ただ、魅入られたように、じっと目の前のガクランを見詰めている。
背後から、女店員が囁いた。
「その者、赤き衣を纏いて、金色の野に降り立つべし……!」
「へえ! それも、伝説でげすか?」
イッパチがまぜっかえすと、女店員は首を振った。
「いいえ、今思いついたんです」
イッパチはズッコケた。
世之介は、女店員の囁きを無視して、そっと手を伸ばし、ガクランの布地に指を触れさせる。
その瞬間、突き刺さるようなある〝意思〟が、指先を通じ、世之介の脳裏に天啓のように閃いた。
我を纏え!
我は、そなたと共にある!
囁きは、まるで命令のようだった。ガクランの命令に、世之介は必死に抗った。自制心を振り絞り、世之介は全身の力を込めて腕を引く。指先が離れ、先ほどの強烈なガクランの〝意思〟は去った。
はあはあと世之介は息を荒げていた。
「これは、いったい……」
言いかけたその時、イッパチが呆然と部屋の中を覗き込んでいる茜の背中を思い切り「どん!」と押し込んだ。
茜は「きゃっ!」と叫んで、勢い良く世之介の胸に飛び込んでくる。
イッパチはそれを見て、扉を力一杯、閉めてしまった。
ガチャーン! 虚ろな扉の閉まる音が部屋の中に響く。
そして──。
ガチャリ! と外側から鍵が閉められる音が響いていた!
「イッパチ!」
世之介は叫ぶと扉に取り付いた。ぐっと押すが、びくとも動かない。その時、世之介は扉の鍵は外側しか掛けられないことを思い出していた。
世之介と茜は、閉じ込められたのだ。