女店員
〝美湯灰善〟の店内は迷路のようだった。ゴタゴタとあらゆる商品が堆く積まれて壁を作り、客を案内するはずの案内板は、むしろ迷わせるためにあるかのように思えた。しかも、意味不明の文句が、読みづらい書体で書かれている。
「ねえ、世之介さん」
茜が慎重な口ぶりで話しかけてくる。世之介が振り返ると、ちょっと言い方を考えているのか、目を落ち着かなく彷徨わせた。
「着ているもの、変えるつもりは全然ないの?」
「これを、かい?」
世之介は自分の着物を摘んだ。茜は頷く。
「ええ。世之介さんは【バンチョウ】なんだから、それらしい格好をしたほうがいいと思うんだけどな」
「【バンチョウ】らしい格好?」
「そう」と頷くと、茜は店内の一角を指差した。
「例えば、あんなの……」
指差された方向には、様々な学生服の見本が展示されている。
大江戸にも、学生服を制服に定め、身につける学問所はあるから、世之介はそれ自体には戸惑いはなかった。だが、あまりにも番長星の学生服は、今まで見知ったものとは違っていた。
ひどく裾の長いのや、短くなっているもの(長ラン、短ランというのだそうだ)、太いズボン(ドカン)、裾がぎゅっと絞られているもの(ボンタン)などの奇妙な形の学生服が飾られている。また、学生服の上着の裏地には、様々な刺繍が施され、思い切り派手な色合いのものもあった。
「いらっしゃい……」
掠れた女の声が聞こえた。声の方向を見ると、年齢二十代半ばと思われる、毒々しい化粧をした店員が乱雑に積み上がった商品の間をすり抜けるように近づいてくる。髪の毛は金色に染め、指先の爪は緑色に塗られていた。