美湯灰善
それはともかく、ようやく【集会所】に到着した。
世之介は二輪車を停止させ、強張った指を無理矢理どうにか把手から引き剥がした。関節が白くなるほど握りしめていたので、まるで接着剤で貼り付けたように、手を開くことすら苦痛だった。
助三郎、格乃進は軽やかな動きで二輪車から地面に降り立つ。世之介は二人を羨ましく眺めた。二人とも、宇宙軍兵士としての経験があるため、どんな乗り物でも即座に乗りこなせるのだ。
「〝美湯灰善〟だったら、旅支度が全部、何でも揃うよ! さ、行こう!」
茜が朗らかに声を掛けてくる。茜の目の色に、初めて二輪車に乗って、ヘトヘトになっている初心者への軽い同情が浮かんでいるのを見て、世之介はむっつり押し黙ったまま頷いた。
何だか知らないが、不機嫌である。
〝美湯灰善〟は【集会所】の真ん中に聳えている大規模量販店の名称である。丸い砲弾に跨った西洋の貴族らしき男性が、にっこり笑い掛けている看板が掛かっている。
「ちょっと、世之介さん! 何を怒ってんの?」
黙ったまま歩き出した世之介を、茜は慌てて追いかけてくる。イッパチが袂を指先で掴み、少し前屈みになって、世之介の隣に並んだ。
「若旦那! そうツンケンしなくても……。初めて二輪車に乗って怖かったのは判りますがね。茜さん、臍を曲げてまさあ!」
小声に囁くイッパチを、世之介はぐいと眉を上げ、睨みつけてやった。
「怖くなんかないよっ! 二度と言うな!」
「へえ……」
世之介の叱責に、イッパチはひょいと首を竦めた。
世之介は、とっとと歩いて、量販店を目指す。
とにかく早急に旅支度を整えなくてはならないのだ。




