悪態
二輪車の操縦者の一人に、世之介は見覚えがあった。
つるつるに剃り上げた、鬼灯のような頭。すこぶる陰険な目付き。そうだ、あれは最初に世之介に喧嘩を吹っかけた、健史である。
健史は二輪車を止めると、例の甲高いガラガラ声を張り上げた。聞いていると、苛々してくる耳障りな声音である。
「オカマ野郎! 出てきやがれ! こらあ、卑怯者……」
世之介はイッパチに尋ねた。
「オカマ野郎って、何だろう? 昨日も、あいつは同じ言葉を言っていたけど」
イッパチは頷いた。
「もしかして、陰間のことじゃねえですかねえ……」
世之介はイッパチの推測を耳にして「ははあ」と感心した。
しかしすぐ、じわじわと怒りが込み上げる。自分をあんな、ナヨナヨした連中と一緒にされてたまるか!
どんどんどん! と扉が外から叩かれ、一同はぎょっと硬直した。
「世之介さん! 大変……健史が!」
扉から聞こえたのは、茜の叫び声だった。
ほっとなって、世之介は大股で扉に近づき、開こうとする。ところが、扉は固く閉じられ、びくとも動かない。
いけない! この扉は大江戸とは違い、〝片観音開き〟で、蝶番で開くんだった……。つい、慌てて横に滑らそうとしていた。
取っ手を掴み、開くと、茜の青ざめた顔が目に飛び込んでくる。
「見た? 健史が乗り込んで来たわ!」
前置き抜きでいきなり喋り出す。世之介は頷いた。
「ああ、今度はだいぶ、お仲間を連れてきたようだね」
茜は両目をまん丸に見開き、世之介の顔を見上げている。恐怖に、茜の瞳孔は、ぽっかりと開いていた。
「どうすんの?」
無言で、世之介は履物を突っかけると、外へ出た。ぞろぞろとイッパチ、光右衛門、助三郎、格乃進らが従いてくる。【集会所】を回って、表の道路へと向かう。
「おっ!」
姿を表した世之介を見て、健史が身構え、やや怯んだ表情になった。が、すぐに自信たっぷりな態度に豹変する。
「出てきやがったな、オカマ野郎!」
「そのオカマ野郎はやめませんか? わたくしは、そのような趣味はありませんから」
世之介は穏やかに話し掛けた。だが、怒りが語尾を僅かに震わせる。
「けっ!」
健史は毒々しく舌打ちすると、背後を振り返った。
「風祭さん! 出てきやがりましたぜ! あいつが偽者の【バンチョウ】でさあ!」
健史の背後には、真っ黒な塗装の、四輪車が停車していた。がちゃりと扉が開かれ、むくむくと内部から一人の人物が姿を表した。