素振り
夕焼けの中、世之介が立っている。周りには誰もおらず、世之介は一本の棒を持ち、素振りを繰り返していた。
ぶんっ!
木の棒が唸りを上げ、空を切る。世之介は両手でしっかりと握りしめ、渾身の力を込めて振り下ろす。
ただ振り下ろすだけでは駄目だ。振り下ろした棒を、ぴたりと静止できなければ、修行とは言えない。
中等、高等学問所の六年間、世之介は剣術の修行を続けていた。真夏の暑い日盛りも、真冬の厳寒の日々も、修行は一日も欠かさなかった。
番長星では腕っ節がものを言うことをつくづく思い知らされ、世之介は学問所を卒業してから怠っていた修行を、再開する決意を固めたのである。
振り下ろすうちに、世之介の全身に汗が噴き出し、蟀谷から滴った汗は顎からぽたぽたと垂れている。
「お見事!」の声に振り向くと、助三郎が立っていた。
軽く腕を組み、面白そうな表情を浮かべている。
「いい素振りだな。よくよく修行を重ねたと見える。良い心がけだ」
誉められ、世之介は頭を掻いた。
「いや……お恥ずかしい限りです」
助三郎は一歩前へ出、傍らの茂みから小枝を一本ぽきりと音を立て、折り取った。
「一丁、手合わせをして進ぜようか?」
「助三郎さんが?」
世之介の驚きの声に、助三郎は一つ頷いた。手に持った小枝を片手で構える。
「さあ、どこからでも懸かってきなさい」
ニヤニヤ笑いを浮かべている。手に持っているのは、ちっぽけな小枝一本。箸ほどの細さで、長さもそれくらいだ。
世之介は少し腹を立てた。助三郎はからかっているに違いない。あんな、小枝一本で、勝負になると思っているのだろうか?
ようし、それなら……。
世之介は棒を正眼に構えた。気合が高まるのを待つ。
「いやーっ!」
高く叫ぶと、世之介は棒を握りしめ、真っ向微塵に振り下ろした。