但馬屋本店
省吾と肩を並べ、世之介は浮揚機に乗り組んだ。
イッパチは操縦席に座ると、手早く操舵装置を操作して、浮揚機を浮かび上がらせる。
もともとイッパチは寄席で働く幇間杏萄絽偉童であったが、何か寄席で失敗をやらかしていられなくなり、そこを世之介の父親に拾われたとか聞いている。杏萄絽偉童らしく、器用で、浮揚機の操縦でも何でもやってしまう。
微かな音を立て、浮揚機が斥力装置を働かせると、上向きの重力場がまわりの細かな埃を吹き上げる。すっと機体が上昇し、見る見る学問所の建物が小さくなった。替わりに窓外に、首都・大江戸の雄大な景観が広がる。
東京が江戸と変わって、範囲は急速に拡大した。かつての東京湾、今は江戸湾を埋め立て、人工島を作って、そこを征夷大将軍府としている。中央には将軍府の建物が聳え、江戸町民には「お城」とのみ呼ばれていた。
まさにお城と呼ぶに相応しい建物で、どっしりとした外観の、百層に及ぶ大屋根が連なる巨城である。
お城の周囲には、但馬屋のような出入の商人たちの本店が密集するように立ち並んでいる。総て地上百丈以上はありそうな、巨大な店構えをしている。しかし但馬屋以上の建物は、ほとんど見当たらない。
イッパチの操縦する浮揚機が但馬屋本店の大屋根に近づくと、浮揚機から送信された無線信号に応じ、屋根の一部が静々と開き、離着陸場が現れた。
床に発光信号が表示され、着地場所を示している。
浮揚機が着陸態勢になると、奥から但馬屋の手代、小間使いの娘、小僧たちが大慌てで飛び出し、出迎える。
浮揚機が着陸し、世之介が顔を出すと、使用人たちは一斉に頭を下げ、声を揃えた。
「ご卒業、おめでとう御座います!」
「ああ、有難う」
鷹揚に答える世之介だったが、ちょっと照れ臭く、顔が火照るのを感じる。うずうずと照れ笑いが浮かぶのを、必死に我慢する。ここは若旦那として毅然としていなければ!
省吾は手早く先に立ち、離着陸場の専用映話装置で何か打ち合わせをしていた。打ち合わせが済むと、急ぎ足で戻ってきて、顔を寄せて囁いた。
「坊っちゃん。大旦那様がお待ちになっておられます。すぐ、お出でになられるよう、大旦那様がお命じになられております」