挑発
「気に食わねえな! 茜、いつか俺は、お前に言ったよなあ……。二人で二輪車に乗って旅でもしないかって! あんときゃ、考えておくって返事で、そのままだったが、いつの間にか、こんな訳の判らないオカマ野郎を後ろに乗っけやがって! そいつの、どこがいいんだよう?」
茜は溜息を吐いて肩を竦める。
「馬鹿じゃないの? 何であたしが、あんたとそんな頓狂な約束しなければなんないの? 本当に、あんたって馬鹿ねえ……」
呆れた、という様子で、首をゆっくりと左右に振る。
健史の顔が見る間に真赤に染まった。世之介はまるで茹蛸だ、と思った。
黙ったまま二輪車の支柱を立てると、ゆっくりと地面に降り立ち、身体を揺するような独特の歩き方で、よたりながら世之介に近づく。
「おい!」
押し殺した声を掛けてくる。目は陰険に光っている。
近づいた健史の口から、ぷん、と薄荷のきつい匂いが漂った。口の中に何かくちゃくちゃ噛んでいて、それが薄荷の匂いを漂わせているのだ。健史は顔を擦り付けるように近々と寄せてきた。
世之介は思わず身を引くと、健史はさっと手を伸ばしてきて、世之介の襟首を掴んだ。
「お前……勝負しろ!」
「健史! あんた、何、馬鹿なこと……」
茜が叫ぶと、健史はさっと顔をねじ向け喚いた。
「うるせえっ! お前は黙ってろい! これは男と男の話し合いだ!」
〝男と男〟という言葉に、茜はぎくりと押し黙った。この言葉は、番長星では絶対の価値を持つ。この言葉の前では、どんな論理も太刀打ちできない。
健史は無理矢理ぐいぐい世之介の身体を引き摺り、二輪車から降ろした。世之介の両膝は全く力が入らず、健史の思うままになっている。
「俺か、お前か、どっちが茜と一緒の二輪車に乗るのが相応しいか、勝負だ! タイマンだぞ!」