茜
男は、やや上目遣いに、少女の後ろにしがみついている世之介を睨んでいる。視線には険悪な雰囲気が漂っていた。
「茜」と呼びかけられたのは、世之介が跨っている二輪車を操縦している少女であった。
「火の玉が畑に落ちたのを見ただろう? あそこで見つけたんだ。困っているようだから、助けてあげようって訳さ!」
「へえーっ!」と話し掛けた男は、馬鹿にしたように叫び声を上げる。ぐっと二輪車の速度を上げ、前に飛び出した。
尻を振るように後輪を滑らせ、見るからに危なそうな運転を始める。茜は叫んだ。
「何すんだい! 危ないじゃないか!」
茜の叫びを男は完全に無視して、酔っ払いのような運転を続けている。明らかに嫌がらせとしか、思えない。
うおおん! と爆音を蹴立て、男たちの二輪車が女性たちの二輪車の行く手を塞ぐように前へ飛び出し、同じように蛇行運転を始めた。ちらちらと後ろを振り返り「きゃほほほほ!」と奇声を上げていた。
道路を進むと【瀬文偉礼文】だの【紗渥瑠恵燦楠】だの、同じような便利店舗が次々と見えてくる。
店舗前の駐車場には決まって十数台の二輪車が屯していて、茜たちの二輪車に気付くと飛び出してくる。そんなことを二度、三度ほど繰りかえすと、走行している二輪車の群れは忽ち百台近い数になった。
世之介はそれらの二輪車をじっくりと観察した。
どれもこれも、世之介には理解できない改造を施されており、把手のひん曲がったの、やたら大きな車輪を嵌めたの、あるいは、どうやって跨るのか想像もつかない奇妙な座席をくっつけたのやら、色々であった。どの二輪車も、目に突き刺さるような原色の塗装で、おのれの存在を誇示している。
また、操縦している男女も、世之介には絶対に理解しがたい扮装をしていた。髪型もそうだが、身につけている服装も、ひらひらする布切れや、でかでかと書かれた文字、何の象徴かも判らない様々な紋章。
文字は漢字で書かれているのが多いが、たまにアルファベットで書かれているものもあった。地球上で日本語以外の言語が死語に近くなって長く、世之介にはそれらのアルファベットが何を主張しているのか、まるで判読できない。
実を言うと、それらのアルファベットは、どれ一つとして意味のある綴りを示してはいない。長い年月、代々住民によって伝えられた間に、間違いが積み重なり、単にアルファベットが出鱈目に繋がっているだけになっている。しかし誰も元の英語を理解していないから、気にはしない。