大番頭
講堂の縁側に腰を下ろし、自分の履き物を探していると、目の前の地面に影が差した。
顔を上げると、一人の中年男と視線が合った。
着流しに渋茶色の羽織。商人らしく前掛けをしていて、前掛けには【但馬屋】の屋号が染め抜かれている。男は世之介に向け、深々と頭を下げた。
「ご卒業、おめでとう御座います。世之介坊っちゃん」
きちんと両手を膝に当て挨拶をすると顔を挙げ、にっこりと笑みを浮かべる。四角い、がっしりとした顎に、苦労人らしく柔和な目付きである。世之介は頷き、返事した。
「ああ、有難う。省吾さん。出迎えに来てくれたんですね」
省吾、と呼ばれた中年男は「はい」と深々と頷くと、小腰を屈め先にたった。
木村省吾。但馬家の大番頭である。昔なら、筆頭重役とか、専務とか言われる役職だ。
省吾は、すたすたと先を歩いていく。後を従う世之介と省吾の足下は、商人らしく軽い雪駄履きだ。
世之介が通学していた学問所の建物を左手に見て、二人は卒業生とその両親でごったがえしている校庭を、正門へ向かって歩いていく。校庭には桜が植えられ、今を盛りと、咲き誇っている。
世之介の両親は出席していない。母親はどこかの辺境星域に慈善事業のため家を空けているし、父親もまた今頃は幕府のお役人と新たな契約で飛び回っている。出迎えたのは、大番頭の省吾だけだ。