欲望
「ママ……」
頼りない声に、もう一人の人物がビッグ・バッド・ママの隣で身動きする。狂送団の頭目である。母親は歓声を上げた。
「拓郎ちゃん! 生きていたのかい!」
顔一杯に喜びを溢れさせ、がばっと息子を抱きしめる。
狂送団の母親は、ジロジロと世之介の姿を見つめた。視線が、世之介の手に持っている〝伝説のガクラン〟に集中した。
「お前の手に持っているのは?」
世之介は答えた。
「ああ〝伝説のガクラン〟だ」
母親は囁くように尋ねる。
「何でお前が手に持っている。着ていないようだね?」
「ああ、俺には要らないものだ。もう、着ることはないよ」
母親の瞳が貪欲さを剥き出しにした。
「そうかい……要らないのかい……それなら、あたしにお寄越しっ!」
叫ぶなり、太い両腕を伸ばし、世之介の手からガクランを引っ手繰った。
「拓郎っ! これが〝伝説のガクラン〟だよっ! さあ、お前が着るんだ!」
「ママ?」
拓郎と呼ばれた狂送団の頭目は、ぼけっとした顔で母親を見上げた。母親は苛々と足踏みを繰り返した。
「それを着れば、お前が〝伝説のバンチョウ〟になれるんだ! さあ、着るんだ、今!」
「俺が……〝伝説のバンチョウ〟!」
頭目の瞳も、欲望で煌く。いそいそとガクランに袖を通した。上着を羽織り、ズボンに足を通す。
頭目の背丈は、世之介より頭一つ低い。しかし、ガクランは、ぴったりと頭目に丈が合っていた。きっとガクランは着用者の身体つきに自動的に適応するのだろう。
身に着けた瞬間、頭目の背が急に伸びたようだった。すっくと背筋が伸び、両目がぱっちりと開く。頬に赤みが差し、全身に力強さが漲った。
世之介は驚いた。これが〝伝説のガクラン〟を着用していたときの自分か?
まさに別人である!
母親が囁く。
「どうだい? どんな気分だい?」