漂流
虚ろな目付きで、イッパチは睨みつけている世之介たちを見上げ、ぶるぶるっと顔を何度も左右に振った。
「信じておくんなせえ! わざとじゃねえんで……偶然、あっしの手が釦に触れただけなんですよう!」
「偶然だと?」
格乃進は唸った。
「馬鹿なことを申すな。偶然で、客室の非常脱出釦を押せるわけがない。客室を本体から切り離す非常脱出の手続きは、ただ釦を押しただけじゃ発動しない。何段階にも分けて、ちゃんとした操作をしなければ、動くはずがないんだ! 貴様、誰に雇われた?」
賽博格の顔が怖ろしげなものになった。問い詰める格乃進の勢いに、イッパチは真っ青になっている。
もう一人の助三郎という賽博格は、さっと世之介に向き直った。
「あんた、この杏萄絽偉童の主人だそうだな。本当に但馬屋の一人息子なのか? 今のうちに正体を明かしたほうが、身のためだぞ」
世之介は驚きに口をパクパクさせるだけだった。
「し、し、し、正体って……何を仰います? あっしは本当に、但馬世之介ってえ、ただの男でして……」
「まあまあ」
光右衛門は仲裁に入った。
「問い詰めるのは、そのくらいにして、これから先どうすれば良いか、考えねばな」