泡
風祭の巨体が、水槽に頭から飛び込んでも、飛沫はまったく上がらなかった。
ずぼり、と埋まった風祭の全身は、波一つ立てず、あっさりと微小機械が蠢く水槽に、一瞬にして消えている。
微小機械は水のように見えて、実は目に見えないほどの粒子の集まりである。だから飛沫など上がるわけがない。
水槽は、ぺたりと鏡のような表面のまま、静まり返っている。縁にじりじりと近寄った省吾は、はあはあと荒い息を吐きながら、恐る恐る覗き込んだ。
「馬鹿な……! 馬鹿な……!」
同じことを何度も繰り返しながら、両手を戦慄かせた。
五人の原色の制服を着用した【セイント・カイン】は、ぼーっとして馬鹿のように突っ立っている。
「セイント・レッド」と名乗った、真っ赤な制服を着た男が、省吾に話し掛ける。
「あのー、僕ら何かお役に立てますか?」
「うるさい」とでも言うように、省吾は目を水面に釘付けにしたまま、腕を苛立たしく、ぶんぶん振り回す。
レッドは所在無げに、頭を掻いた。
世之介は光右衛門に話し掛けた。
「どうなっちまうんだ? 風祭の野郎、あん中に飛びこんじまったぜ」
「ふむ……。あの男の狙いは、微小機械に組み込まれた〝伝説のガクラン〟の作成記録を使って、自分の能力を高めるための改造ですな。恐らく、木村省吾が世之介さんのガクランの記録を微小機械に送り込む時点で、密かに自分だけの行動予定を組んでいたのでしょう」
光右衛門の答に、世之介は首を傾げた。
「あいつはもう、賽博格に改造されちまっているぜ! それなのに、まだ改造したいのか? そんなことして、大丈夫なのか?」
突然、水槽の表面がガバガバゴボゴボと音を立て、泡立ち始めた。瀝青のような、真っ黒な液体に似た微小機械が、一斉に活動を再開したのだ。
ボコン、と大きく音を立て、直径三尺はあろうかと思われる巨大な泡が弾け、どぷんどぷんと大きく表面が波立った。
省吾は「ひっ!」と小さく悲鳴を上げ、水槽から飛び退き、へたへたと腰を抜かしていた。




