老人
「こんにちわ! ご乗船、有難う御座います!」
鈴を転がすような美声に、世之介は顔を赤らめた。出迎えたのは西洋小間使いの格好をした杏萄絽偉童であった。【滄海】は客船でもあり、乗客のために高級な女性型杏萄絽偉童を用意していたのである。
西洋小間使いの杏萄絽偉童は、素早く世之介とイッパチの手荷物を受け取ると、軽々と両手で持って、二人を船室へと案内する。
イッパチは世之介の脇腹を、肘でツンツンして、小声で囁く。
「若旦那! なに赤くなってんでげす? 相手は杏萄絽偉童でげすよ」
「煩いなあ」
憮然として世之介は答える。どうにも、女の子は、それもどきっとするような、可愛い女の子は苦手だ。出迎えた女性型の杏萄絽偉童は、まさにそれだったのである。
小間使い杏萄絽偉童は、二人の客室の前で立ち止まると「こちらで御座います」と片手を上げた。しゅっ、と溜息のような音が漏れ、扉が開き、二人は内部に足を踏み込んだ。
「おや」と、部屋の中で顔を上げた人物がいる。白い髭の、小柄な老人である。老人の周りには、二人の別の人物が控えていた。賽博格らしく、艶のない顔色をして、がっしりとした身体つきである。
世之介は小間使いを見た。小間使いは顔色を変え、手で口を覆った。
「まあ! 確かにこのお部屋は、但馬世之介様のお部屋のはずなのに……」
「ああ、それで間違いないんですよ。確かに、但馬世之介さんのお部屋で」
老人が手を挙げ、柔らかな態度で声を掛ける。
「わしが飛び込みで船に乗り組んで、それで特別に相席をお願いしたわけで……」
喋りながら立ち上がると、軽い足取りで世之介に近づく。
相当な年寄りだろうが、足取りはしっかりとしていて、腰は真っ直ぐであった。にこにこと柔和な笑みを浮かべ、世之介の顔を見上げる。
「まことに相すみませぬ。わしは越後の呉服問屋『越後屋』の隠居で、光右衛門と申します。【滄海】の船頭さんとは顔馴染みで、無理を言って席を取ってもらうことになったのですよ。こんな爺いで御座いますが、我慢してご一緒して頂けませぬか?」