母親
運転席は広々としている。
大きな窓に、運転席と様々な計器が並ぶダッシュ・ボード。運転は無人で行っていると見え、席には誰も座っていない。
運転席の後ろに、数人が掛けられるほどの巨大な長椅子があって、そこは小さな居間ほどはあった。
天井からは、きらきらと輝くシャンデリアが垂れ下がり、車の震動に微かに左右に揺れている。
長椅子には、頭目がいた。頭目を優しく抱きかかえるように、母親らしき女が背中を見せて座っている。
頭目は母親の膝に顔を押し付けている。母親は頭目の数倍ほどの巨躯で、真っ黒な衣装を纏っている。まるで、打ち上げられた鯨である。
頭目は啜り泣きながら、母親に訴えている。
「僕ね、とっても良い子にしてたんだよ! 女たちも、全員平等に愛してたし、手下にだって舐められないよう、メンチを切っていたし……なのに、なんで、あいつは僕を虐めるの? 悔しいよう……!」
「おえっ!」と世之介の口中に、苦いものが込み上げてきそうになる。
明らかに四十代後半と見える頭目が、まるで小さな子供のように母親に甘えているのを見るのは、ぞっとする眺めである。
母親は頷きながら、頭目に話し掛ける。
「そうなの。悪い奴だねえ。そいつは、どんな男だったんだい?」
「若い奴さ! ひょろひょろの、優男でさ。ところが、とっても強いんだよ! 真っ赤なガクランを着ていて、背中に〝男〟って刺繍がしていたよ!」
頭目の説明に、母親はギクリと身を強張らせた。
「何だって? 〝男〟の刺繍がしてあった、真っ赤なガクランって言ったね?」
「そうさ、どうしたのママ?」
頭目は母親の態度の急変に、上体を持ち上げ顔を上げた。




