変化
「脱げない!」
世之介は苦渋の声を振り絞る。イッパチが唇を舐め、世之介の背後に回った。
「あっしが手伝いまさあ!」
ぐい! とガクランの生地に手を掛ける。が、ガクランはまるで世之介の身体に密着しているかのようで、どんなにイッパチが渾身の力を込めようが、張り付いて動かない。
どたり、とイッパチは尻餅をつき、ぜいぜいはあはあと息を荒げた。
「信じられねえ! あっしの杏萄絽偉童の力でも剥がせねえなんて……!」
助三郎がじっと目を光らせ、世之介のガクランを舐めるような視線で見つめている。
「世之介さんの学生服の繊維を拡大して観察しています。どうやら、ただの繊維ではなさそうで、極小部品が組み合わさって繊維状になっております。それが世之介さんにがっちり絡みつき、剥がせないのでしょう。無理に脱がそうとすれば、世之介さんに怪我が及びますぞ!」
世之介は、がっくり首を振った。
「どうすりゃいいんだ……」
光右衛門が声を掛けた。
「多分、世之介さんが本気で、学生服を脱ぐ決意を固める必要があるのでしょう。世之介さん。何が何でも、脱ぎたいとお思いでしょうか?」
世之介は首を捻り、自分の胸に尋ねてみる。
顔を上げ、真っ直ぐ光右衛門を見詰める。
「それが、そうでもないんで……。妙なことだけど、何だかこれを着ているのが当たり前だって気がしているんだ」
光右衛門は頷いた。
「成る程。無理に脱ごうと思わず、時間を掛けるべきでしょうな」
暫し沈黙が支配した。イッパチがおずおずと世之介に話し掛ける。
「それで若旦那、他には何も異常はござんせんか?」
世之介はもう一度、首を捻った。
「そういえば……」
イッパチが急き込む。
「何でげす?」
「腹が減ったな!」
ぐきゅうううぅ! と、世之介の下腹部から腹の虫が盛大に空腹を訴えていた。