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プロローグ

初の執筆になります。

不慣れなうえ、おかしな点が幾つも見受けられると思いますが。

感想等をよろしくお願いしたいとおもいます。




 その日、帰り道に裏路地を選んだ。

 朝の大通りとは違う、薄暗い、ジメっとした空間だった。

 見飽きしていた廃ビルの間を忍ぶように歩いていると。

ふと道の先に人が倒れていた。

 近づいてみると、男性だという事に気がついた。

 気がついて、その男性を中心に、朱い血溜まりが。

 酷く歪んだ弧を形成させていた。

 一目でこの男性が死んでいるのだと認識した。

 よく目を凝らして見ると、この死体には首半分が無かった。

 同じように、左肩から左足の付け根までにかけて、綺麗に無くなっていた。

 それが、何を意味しているのかは分からない。

 けれど、そんな、人としての在り方を失ったそれを前にして。

 少なからずの興奮を抱いている自分が、そこには居た。

 


 ――おそらくは。

 赤子が誤って部位を引っこ抜いた、可哀相な人形のように。

 この死体が、その人形のそれに重ねて見えたからだろう。






 0/1




 小嶺文哉こみねふみやという男は、高校の時に知り合ってから大学までを共にしてきた良き友人。

 背丈が低く小柄で、癖っ毛が目立つ事を常時気にしているような。少しひ弱な性格が印象だったこいつは、今現在、僕の部屋に腰を下ろしていた。何をする訳でもなく、僕が使うであろうだった一人専用の小さなソファーを占領して、ただ其処に居る事を現在進行形に続けていた。

 小嶺は事前の連絡も無しにやってきた。

 佳奈子さんの事務所から帰ってきた僕の目の前に、玄関の直ぐ横でぶっきら棒に立っている小嶺が、真っ先に目に入った。

 彼は「遅かったな」と、身を屈めて白い息を手のひらに吹きかけた。

 馬鹿だなこいつ。呆れながらも小嶺を家の中に入れてやった僕は、多分お人好しなのだろうと思う。

良識もあるが、一番はそのまま玄関先で立ち尽しているのがどうにも我慢できなかったからだ。


 寒いのは苦手だ。

 勿論、熱いのも。


 部屋の一角に置かれたデジタルの時計が、丁度夜の九時に差し掛かろうとしていた。

部屋に上がらせてはみたものの、以前と変わらず。初めの一言を終わりに、小嶺は黙りっきりでいた。毛布を肩上まで羽織ると、テレビに流れる映像を無機質に眺める。これを、かれこれ一時間経ってもその体制が崩れる事は今のところは無い。

僕はそんな小嶺に何も言わず、こっちも黙って残りの仕事に取り掛かる事にした。それは、今朝に佳奈子さんから頼まれていた強制的な用事だった。

 なんでも、被害者の名前を調べてほしいと言ったもんだ。正直に言ってしまうと、あまり気乗りはしなかった。


 連続失踪事件。

 つい先月の十月の下旬から始まり、今月の中旬まで。未だに続いている謎の失踪事件である。

 被害者の身元は、ニュースなどで分かる限り九人。その全員が女性という。他にも失踪した人間が居るのかもしれないし、居ないのかもしれない。そんな、いまいち内容が掴めないような事件。

 佳奈子さんは、その失踪した人間の詳細な資料がほしいと、そう遠まわしに僕に言ってきた。

 佳奈子さん自身、別にこの失踪事件に深い関心があった訳ではないし、関心を持つような事も無かったと思う。

それは、一通の手紙が始まりだった。

 

 


                ◇




 「――なぁ川田。この手紙を読んでみろ」

 火の粉が付いた煙草を片手に、もう片方で持った手紙をほれと渡してきた佳奈子さんは、何時ものようにだらけていた。

 「何ですか、急に」

 と、空になった空き缶をテレビの上に置いて、自分に向けられた手紙を受け取った。手紙には赤い字で縦書きに書かれており、その文字数はおおよそ二万を超えているだろう。改行がされておらず、赤色が密集して非常に読みにくいそれは計四枚。裏にも書かれていなかっただけでもありがたいと思う。

 「何ですか、これ?」

 「手紙だよ」

 「いや、そうじゃなくて……」

 そんな事を聞いた訳じゃないんだけど……。佳奈子さんの返答に少し戸惑う僕に、横から不意に声がかけられた。普段からよく聞く甲高い声だ。

「早く読んでみればいいじゃん」と、僕に向け言い放った彼女の名前は坂本月さかもとつき。そこに居る坂本佳奈子さかもとかなこの実の妹である。男勝りな姉とは違い、見た目こそ姉妹とは思えない外見の違いをしている。姉である佳奈子さんの髪は短く、肩辺りまで伸ばされており、飾り気のないタイトなズボンと新品同様のカピッとしたシャツを上手く着こなしている。美人でスタイルが良いせいか、とても画になっていた。一方、月はと言うと。それこそ常に普段着という風に、常時学校指定の紺のジャージを着ている始末。腰まで伸びた髪は淡い栗色をしていて毛先は荒くカットされている。佳奈子さんの品のある黒色の髪とは違い、また新しい雰囲気をジワジワと出していた。けれど、その残念な身形によってその効力を自分自身の手で無に変えている。そんな、姉よりも少し小柄でガサツな高校二年の女学生が、坂本月である。

 仕方が無く僕は、右手に持った手紙に目を向ける事にした。目が痛くなるのは必然だと思う。


 ――ある程度を読み終わって。僕は三枚目を読み終わると同時に、次のページを捲る事無くそのまま読むのを止めて、佳奈子さんの方へ顔を向けた。目の前がチカチカするのだが。……まぁ気のせいだろうと自分に言い聞かせるように瞼を何回も瞑る。幾分は目の休養になると思ったからだ。

 「――つまり、この井上雅之いのうえまさゆきという何処の誰かも分からないような人が。……ようは佳奈子さんに依頼を受けてほしいと。そういう事ですね」

 僕は手紙を縦長のガラステーブルの上に置いてソファーに腰を下ろす。隣には月が顔をニヤつかせながら、両手に持った漫画本を読みふけっていた。

 「あぁ、そうだ」

 フィルター近くまで火の粉が迫る煙草を机の端に置かれた空っぽの灰皿に押し消して、ポケットから取り出した黒い携帯を開いた。今さらとは思うが、何故佳奈子さんはここまで黒色に拘るのだろうか。考えてもみたら、彼女の身の回りにあるものほとんどが黒色をしていた。車にしろ彼女専用のマグカップにしろ。もしかしたら、そこには明確な基準に基づいて選ばれた色なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。これは佳奈子さん自身にしか分からない事だ。

 「あっ、それはただ好きだからだよ」

 初めから会話をしていたかのように、漫画本から目を離す訳でもなく月は言った。自然と睨みつけるように目を細め、六歳も年が離れた月を見る。大人気ないと十分に理解しているつもりなのだが、僕は月に嫌味の籠った眼差しを向けていた。

……またこいつの悪い癖が出た。

僕は自然と溜息をつく。そして直ぐに口を開いた。

 「こら月。それが目上の人に対する言葉使いか」

 「いいじゃない。どうせ何時もの事だし」

 「こっちが良くない。あまつさえ人様の心を読みやがって」

 今日という今日は許さないと後に続ける。しかし、そんな言葉は彼女には無意味でしかなかった。

 「別に私が悪い訳じゃないもん。この力が悪いんだから」

 だから私を責めないでと舌を出しながら僕に向かって言う様を、僕は苛立ち反面呆れを感じていた。だから怒るのも馬鹿らしいと反転して佳奈子さんの方に振り向く。佳奈子さんは小物を見るような、憐れんでいるような眼差しをしていた。

 「ちょっと、佳奈子さん。そんな目で僕を見ないでください」

 「そんな目とは、変な言いがかりもいいところだなぁ川田」

 言うと携帯を耳に押しあて、二・三秒後に「もしもし、坂本です」と誰かに連絡をする佳奈子さん。相手は誰なのかは容易に分かった。

 「……なんです。はい。その件で三原刑事に一つご協力をお願いしたいと、連絡をしたんですよ」

 フフッと笑みを浮かべ、普段とは考えられないような言葉使いをする佳奈子さんを見るのは、かれこれ半年前にこの事務所に足を踏み入れた時から数えてそう多くはなかった。

 切り替えの速さは佳奈子さんのキャッチフレーズのようなものだ。普段からこうして会話をする人間の前では、冷静で男勝りな言葉口調。しかし、電話や手紙など。相手の顔を認識出来ない状況下では、良きお姉さんのような棘のない優しい発言をする。このように、相手の認識レベルの違いで、その場に応じて言葉口調を使い分ける事の出来る女性だ。

 僕にとっては、今の彼女よりも普段の彼女の方がらしく見える。本音と気遣いは紙一重という事だ。

 佳奈子さんが電話に気を向けているので、僕も自分の仕事に専念する事にした。

 その場に立ちあがり、佳奈子さんが座っているデスクのほぼ反対側に位置する壁際の、まっ白なデスクが僕の仕事場だ。最近購入した背もたれ無しの木製の椅子に腰を下ろしてパソコンの電源を入れる。スクリーンが表示されて、普段から見慣れている真っ青なスタンダードの壁紙が目に入った。マウスを片手に、直ぐにインターネットのアイコンに矢印を重ね一クリック。お気に入りに入れてある『ツリー』というサイトを開いた。僕が運営している情報交換掲示板みたいなものだ。

 内容は言葉の通り、情報を交換しあう場所と言ったところか。

 僕は昨日のうちに予め建てていたスレッドを開く。スレッド名は『ここ最近に起きた失踪事件について』だ。

 開いてみると、何十件かのコメントが記載されていた。ページを下にスライドさせながら目ぼしい情報があるか確かめる。そこに、一つの意味深なコメントに目が行った。

 「――死体を見つけた……?」

 そのコメントはただ一言そう書かれていた。

 僕はもっと詳細を提供してもらうようコメントを打つ。

 そう直ぐに返信が来る訳が無いので、そこでパソコンの電源をスリープ状態にする。

 同時に、佳奈子さんの電話も終わったようだ。

 電源が完全にスリープになったのを確認すると、佳奈子さんのデスクまで足を運ばせた。

 当然と言えば当然だが、佳奈子さんは新たに煙草に火をつけていた。

 「三原刑事に何を聞いていたんですか?」

 「なぁに、ちょっとした野暮用だよ」

 時に川田と、物で溢れたデスクの上から何枚かの紙を僕に手渡してくる佳奈子さん。

 クリップで一つにまとめられたそれには、人間の名前と思しき文字が縦に書かれていた。

 「何ですかこれ?」

 「ここ最近起きている失踪事件の被害者名簿だ」

 肺に溜めた煙を一気に体外に吐き捨てる佳奈子さんは、酷く笑顔だった。

 「……嫌な予感がしますね」

 と、僕はあからさまに今から言われるだろう命令の他でもないお願いを拒否するように溜息を吐く。自然に出てしまったのだから仕方がない事だ。


 「――調査頼むよ。川田豪君」




                 ◇




 暖房が効いて、手の平に汗が滲み出てきた頃。僕はノートパソコンを前に、一人プリント用の紙にメモを取っていた。メモの内容は、失踪事件の被害者リストに載っている名前の、各一人一人の情報である。

 佳奈子さんから言われた通りに情報を集めてはみたものの、これといった情報が見つからず、明日にでも情報を集めるべく外を出歩かなければと計画を立てようと考えていた時、ふいに横で黙っていた小嶺が口を開いた。

 「――なぁ豪」

 何とも心細い声量で僕に話しかけてくるこの男は小嶺文哉。僕がまだ学生時代の友人である。

 「ん、どうした?」

 動かすペンを止めずに返答する。

 「お前……人を殺すってどういう事か分かるか」

 それは何の脈略もない質問だった。

 僕は書く事を一時止めて、小嶺の方へ体ごと向ける。小嶺は未だにテレビに目を向けていた。いや、あれは向けているのではなく、ただ視線の先にテレビがあるだけの事なのだろう。

 「いいかい小嶺。人を殺すという行為は、自分自身が人間を辞めるのと同等の意味を含んでいるんだ。勿論、殺された人も同じ事。死んだ時点でそれは、人間としての尊厳を剥奪されるんだ。だから人殺しは絶対に犯してはいけない禁忌なんだよ」

 「……そうか」

 言うと、そこでまた小嶺の言葉は終わった。何故そんな事を聞いてきたのかは分からない事だが、僕は何も言わなかった。彼自身も聞かれたくは無いだろうと思ったからだ。

 僕は再度パソコンに向かってペンを動かす。テレビから漏れ出す音が鳴っているので、けっして静かくはなかったのだけれど、雰囲気的には静まり返っていた。

 沈黙が後何時間かは続くであろうと、丸いガラステーブルの上にあったメモ帳に明日の計画を記載する事にする。

 今の時間は九時を大きく越えていた。



 「――今日はもう帰る」

 メモも終わりツリーを観覧していた頃、小嶺は唐突にそう言って立ちあがった。バサバサと毛布が重力に従って床に落ちる。

 「帰るのか?今日はもう遅いから泊っていけばいいのに――って、もう朝か」

 パソコンに気がいっていたせいか、既に日付は変わっていた。

 玄関に着くと、小嶺はクルリと僕の方へ顔だけ向ける。酷く疲労が溜まっているのか、このまま帰らせてしまうのが良いのか迷ってしまう。

 「今日はお前に会えてよかったよ」

 「そうだね。僕も久しぶりにお前と会えて嬉しかったよ」

 大学以来だもんなと後に続けて、そこで僕は言葉を濁した。

 「いいよ」

 だから気にするなと、精一杯の笑みを浮かべて小嶺は優しく答えてくれた。

 僕は心の中でありがとうと、そしてごめんと目の前の友人に頭を下げる。

 「――じゃー……これで。今日は無理やりっぽくてごめんな」

 「お前こそ気にするなよ。僕が心の中でお前に謝ったのが馬鹿らしく思える」

 ははっと、今度は本気で笑って見せた小嶺を、僕はきっと尊敬の眼差しを送っていただろう。

 「ほんと。お前は昔から強いな」

 それは本音であった。

 「強くねーよ」

 言って、小嶺はドアを開いた。

 ガチャリとした無機質の音が鳴る。

 外に一歩出て、小嶺は僕の方を見ないまま、最後に一言と言わんばかりに口を開く。

 


 「今度会うときは多分……――」



 それが彼の最後の言葉だった。

 学生時代に出会って、一緒に勉学に励み、同じ時間を共有してきた。そんなかけがえのない友人の、最後の言葉。

 きっと、彼は僕に助けを求めていたのだろう。

 だからあの日、僕が住むマンションに待っていた。

 最後の望みにかけて、ただ待っていたのだろう。

 僕がそれに気づく事が出来なかった。

 彼の唯一にして儚い希望を、僕は見事に棒に振ってしまった。



 ――2009年 十一月三十日


 そろそろ本格的に寒い冷気が体を蝕み始めるだろう冬の、そんな時期に。

 数少ない友人であった小嶺文哉の死体が発見された。


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