この街も住みづらくなってしまったなあ あのあとのおはなし
夜中、目が覚めると息苦しい
足がつくかつかないか
そのはざまで口のなかに海の水が入ってこないように
あぷあぷしてるみたいで息苦しい
ときどき口のなかにしょっぱい水が入ってきて難儀する
難儀なのだけど、口のなかならまだいい
しょっぱいのが目に入ってしまうと手に負えない
目をぬぐうことはできない
けれど、手が勝手に目をぬぐってしまう
あぷあぷしながらもいそがしく目をしばしばさせる
息苦しいんだか、目が痛いんだか、感情が目まぐるしい
夜中、目が覚めると、だからわたしは、苦痛におちいる
昨日の夜、男の人に見られていたような気がする
じろじろ見るのではなく、わたしを景色の一部みたいに見ていた
先生じゃなかった
先生から頼まれたのでもないと思う
なんだろうあの男の人
観察され、何か分類されたかもしれない
分類されるのは好きじゃない
あなたはこういうニンゲンなんだよと決めつけられるようでイヤだ
なんであなたに決められないといけないんだ
わたしの分類は、わたし自身でしたいのに
もうあそこへは行かないほうがいいか
無理して行っても何があるわけでもないし、何が起こるのでもない
背伸びしてみたところで、わたしが一瞬でオトナに変身できるわけでもない
夜、外を出歩くの自体、やめたほうがいいかもしれない
それにしてもなんだったんだろう
気持ち悪さはなかったけど
とにかく厄介ごとは勘弁してほしい
めんどうくさいは極上の悪だ
◇ ◇ ◇
強い風が吹いて教室のカーテンが大きく舞う
顔がカーテンで強めに撫でなれ、一瞬、わけがわからなくなる
教室のなかにいることに変わりはないのに、カーテンに包まれ、ちがう空間に飛んだみたい
カーテンのなかがことさら気持ちいいわけではないけれど
教室のあの居心地の悪さに比べたらいいのかも
そんなことを思っていたら前の席の女の子が、ばたん
窓を勢いよく閉め、大きく波をつくっていたカーテンが瞬時に黙りこくる
前の席の子は窓のほうを向いたまま、すこしうつむきかげんで
こっち向くなあ、何か言うなあ
わたしはそう感じ、ココロのなかだけで身構えた
でも結局、前の席の子はこっちを向くことはなくて
さっと自分の席に座ってしまった
◇ ◇ ◇
体育の時間は苦痛だ、二人一組になって準備体操をしないとならなくて苦痛だ
準備体操が、ではなく、二人一組になることが、相手をさがさないとならないことが
あぶれないように、仲いい子と組めるように、すこしでも楽しくやりたいから
さっそく着替えているときから、その小さな競争ははじまって
―ねえ、準備体操、一緒にやろう
と声をかけ合い
―うん、いいよ
とか
―やろう、やろう
とか
―ごめん、もう決まっちゃった
とか、ごちゃごちゃやっている
そういうのを聞かされるのも苦痛でならない
わたしの準備体操は、先生とだったり、ひとりで適当にからだをぐねぐねさせ
そのいいかげんな動きを準備体操のかわりとしたりする
そもそもからだを動かすことが好きではない
汗をかきたくない、疲れたくない、めんどうだ、とにかくめんどうだ
体育の時間は、心底、苦痛だ
◇ ◇ ◇
絵が得意なわけではないし、工作が好きなわけでもない
でも美術の時間は、わりかし好きだ、ひとりで没頭できるのがいい
ひとりでもまわりからあれこれ思われたり、おかしなセンサクをされなくていい
その結果としての成績にしても、わたしと先生の美的センスがいちじるしくちがったんだなあ
と納得してしまえばいいから楽だ
その日の美術の時間には落胆させられた
テーマは人物画で、二人一組になってやりましょうと先生が言い
教室は一気にさわがしくなった
そのさわぎの外に自分を置きたくて、わたしは教室のすみにイスを持っていく
解決はしない、問題はまだわたしに引きずられそこにある
さわぎのなかでは着々とその問題が解決していく
わたしはその問題をひとりで解決するべく鏡に向かおうと、けれど、行く手をさえぎられる
ひとりの女の子がわたしの前に立ち、こっちを見つめてくる
わたしもその女の子を見つめる
ああ、と思う
前の席の女の子かあ、と思う
前の席の女の子、と思うだけで、名前がぜんぜん出てこない
出席番号順で最初のほうだった気がする
下の名前は、タ行のどこかからはじまるような気がする
その女の子は、何か訴えるような顔でこちらを見てくる
下唇をかんでこちらを見つめてくるその表情に決意のあらわれが見てとれ
そこまでされて頑なな態度を続けるのもどうなのかと、わたしはイスを置き、席に座った
その女の子もイスに座り、ふたり無言で相手の顔を描いていく
前に座る女の子の顔を見て、そしてスケッチブックの白を見つめ
その白の上に、いま見たその女の子を落とし込んでいく
前に座る女の子を見る、ときどき、目が合う
さっとスケッチブックに目をうつす
恥ずかしいと思ったそのことを、前に座る女の子に知られないように、知られないように
ああ、だからだ、だからなんだ、こういうとこだ
ひとりが気楽でいいのに、人といると何かと煩わしいのに
それでも、ちょっとだけ、ほほがゆるんでしまうのは、うれしいということなのか
わたしは、うれしいと思っている、そういうことなのか
でも、あんまり浮かれないほうがいいか
いまは一緒でも、きっと離れてしまうから
それは、しかたのないことだけど
さみしくて、さびしいことだけど
この女の子がいなくなってしまうまでは
ふたりでいるのも、案外、悪くないかもしれない
いまわたしの前に座る女の子も、おんなじように考えてくれてたら
そんなことも思ってしまう




