表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
抱き心地1000%の俺、なぜか女子に「一緒に寝よ」と誘われる  作者: ハルちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/11

第7話 お嬢様が行きたい場所

氷室の提案で互いに行きたい場所を連れていくことになった。


「まずは、私の行きたい場所から案内するわ。ついて来なさい」


 そう言って軽やかに歩き出したのを氷室を見て、俺は一歩遅れてその後を追う。

 ……氷室が行きたい場所。一体どこに行くんだ?

 まったく予想がつかない。

 ハイブランドの店とか、百年続く紅茶の名門店とか、いかにもお嬢様が行きそうな場所を想像していた俺だったが――


「ここよ。『もんじゃ焼き ひので』。私がよく行くお店よ」


 と、氷室が指さしたのは、下町の商店街にぽつんと構える、年季の入ったもんじゃ焼き屋だった。

 軒先には『おすすめ!明太もちチーズ』の文字が書かれたボード。ちょっと油で黒ずんだ暖簾(のれん)が風に揺れている。


「……って、もんじゃ焼き屋!?」


 あまりに予想外すぎる店に、つい声を上げる。

 

「どうしたの?いきなり大きな声出して」


 そんな俺に氷室は首を傾げ、不思議そうにこちらを見る。


「いや、てっきりさ、もっと高そうな店に行くのかなと思ってたんだけど……」

「浅はかですね朝倉陽。お嬢様=高級店に行くというのは、凡人の短絡的な発想ですよ」


 氷室の隣に控えていた鈴木が、ふうっと小さくため息を漏らした。


「お嬢様の抱き枕になるのであれば、これだけは覚えておいてください。お嬢様は節約を愛し、浪費を心底嫌う徹底した倹約家です。日用品の大半は百円ショップで調達し、口に入れるものはすべて、低価格でありながら美味なるB級グルメのみ。コスパを極限まで抑えつつ人生を謳歌する──それこそが、お嬢様の流儀です」

「……なんかそれ、私がすごくけち臭い人みたいに聞こえるんだけど」

「失礼しましたお嬢様……朝倉陽が無礼を働きましたこと、深くお詫びいたします」

「いや、俺!? お前が言ったんだろ?」


 それにしても、氷室が節約家って……マジかよ。

 氷室の家は、誰もが知ってるような大手企業グループ。間違いなく金持ちのはずだ。

 百円ショップやもんじゃ焼きなんて、もっとも縁遠い存在かと思ってたのに。


 そんな俺の戸惑いをよそに、氷室は戸を開けて入店する。後に鈴木、俺も店に入る。

 店内は鉄板テーブルが並んだ、昭和レトロな空間だった。

 壁に貼られたメニューはどれも手書きで、少し色あせているのが逆に味を出している。

 奥から出てきたのは、エプロンをつけた優しそうなおばちゃん。どうやら店主らしい。


「いらっしゃい。璃月ちゃん、まゆちゃん」


 氷室と鈴木の姿を見るなり、親しげに声をかけてくる。どうやら、ほんとに常連のようだ。


「今日はお友達も連れて来たとね?」

「抱き枕よ」

「抱き枕です」


 息ぴったりに、意味不明な返答をする二人。

 しかしもんじゃのおばちゃんは微笑んだまま、「そっかそっか。若いね~」と頷いていた。

 話が嚙み合っていない気がするが、そこはツッコまずに「朝倉陽です」と軽く会釈をした。


「おばちゃん。いつものやつお願いね」

「はいよー」


 ○○○


 氷室が注文したもんじゃが鉄板に届くまで、しばらく間が空いた。

 店内はジュウジュウと焼ける音と、他のお客さんの笑いが聞こえた。

 その中で、目の前に座る氷室は、背筋を伸ばしたまま静かに水を飲んでいる。

 どこかの高級ホテルのラウンジかと思うくらい優雅だ。

 ここ、もんじゃ屋なんだけどな。

 ……でも、このタイミングなら聞けるかもしれない。

 気になってたことだ。というか、初めて言われたときからずっと気になってた。


「なあ、氷室」

「なに?」

「本当に俺と一緒に寝るつもりなのか?」

「ええ、もちろん」


 即答すぎる。


「……やめといた方がいいって。普通に考えて、いろいろヤバいだろ」


 俺が助言すると、氷室の隣で水を飲んでいた鈴木が無表情のまま口を開いた。


「抱き枕のくせにお嬢様に口出しをするのですか?随分偉くなりましたね」

「そりゃそうだろ?だって男と寝るんだぞ。しかも今日会ったやつと」

「なるほど。あなたがお嬢様に欲情して、寝こみを襲うかもしれないと」

「確かに、私の寝顔に見惚れてつい手を出してしまう可能性はあるわね」

「出さねぇよ!」


 俺は思わずテーブルを叩きそうになって、なんとかこらえた。


「私の想定ですが、98パーセントの確率で襲うかと」

「ほぼ確定じゃねぇか!」


 俺の抗議をよそに、氷室はふっと笑い、隣の鈴木の肩に手を置いた。


「でも大丈夫。陽と寝るときは、まゆも一緒に寝るから」

「は?」

「はい。私は璃月お嬢様のメイド兼ボディーガードでもありますから、就寝の際はご一緒させていただきます」

「陽を真ん中にして、私たちが両側から挟む感じにしましょう」

「そのほうが安全です」

「え?……3人で寝るの」

「そうだよね、陽は私とふたりっきりで寝たかったんだよね。でも、ごめんなさいね。いきなりはちょっと……」

「言っときますが、お嬢様にいやらしいことをした場合、即、首絞めですからね」

「いやいやいや、3人でもダメだろ?」


 俺がツッコむと、鈴木がじっと睨んできた。


「……私では、あなたからお嬢様を守れないとおっしゃるんですか?抱き枕の分際で、ずいぶんと大口を叩きますね。いいでしょう、それでは試してみますか。あなたを抱き枕からサンドバッグにして差し上げます

「いや、そういう意味じゃなくて! わざわざ俺と一緒に寝る必要はないだろ?」


 俺のセリフに氷室は目を大きくさせる。


「…………驚いたわね。まさか私と一緒に寝れるチャンスを逃そうとするとはね」

「同じく理解不能です。朝倉陽、あなた……そっち系ですか?」

「ちげぇよ!トラブルを避けるためだ!絶対ないと思うが……万が一のことがあったら氷室を悲しませてしまうだろ?だから抱き枕の話はなしということでいいよな?」

「却下よ」

「なんでだよ!?どうして俺をそんなに抱き枕にしたいんだよ?」

「ビビっと来たのよ」

「……ビビっと?」

「陽とぶつかったときに直感したの、陽なら私を深い眠りにさせてくれるって。いくつもの枕メーカーに特注を頼んだけど、あの感覚は初めてだったわ」


 「陽!」と氷室は言いながら身を乗り出し、ぐっと顔を近づけてくる。


「私はどうしてもあなたがほしいわ!何としてでも手に入れたい」

「…………」


 距離が、近い。

 視線も、まっすぐすぎる。

 氷室に熱弁に思わず黙ってしまう。


「だから引き続き、陽は私の抱き枕になる。それでいいね?」

「それにあなたはお嬢様に『なんでもします』と言ったはずです。撤回は認めません」

「……わかったよ。やればいいんだろ、やれば……」


 俺がしぶしぶ頷いた、その時。


「お待たせ〜! 明太もちチーズと海鮮、それから豚キムチね〜!」


 もんじゃのおばちゃんが元気な声を出しながら、もんじゃの素材を持ってくる。


「さて、陽が抱き枕をやるって言ったところで、早く食べましょ!」

「お嬢様、やけどには気をつけください。あと辛子明太子のもんじゃも頼んでいいですか?」

「いいわよ。あとついでにウーロン茶もお願い」

「かしこまりました」


 正直、どの味も想像以上にうまかった。

 今まで食べたもんじゃの中で、たぶん一番だ。値段はもんじゃを腹いっぱい食べて830円。かなりお買い得だ。

 ……今度の休みに、一人でこっそり来ようと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ