第5話 メイドが現れた!?
昼休み。
食堂からの帰り道。俺はあくびしながら、ぼんやりと歩いていた。
「ふはぁ…………」
「ずっと眠たそうだね、陽兄。あくびそれで何回目?」
隣を歩いていたひなたが、軽くため息をつきながらジト目で俺を見てくる。
「またゲームで夜更かししてたんでしょ?」
「いや、昨日はゆ」
やべぇ。このまま「夢乃と寝た」なんて言ったら、絶対「ハレンチ」とか言われて膝蹴り確定だ。
「?」
「……ゆ、UFO呼ぼうと、夜空に向かってベランダでずっとお祈りしてたんだよ」
「…………は?」
「……」
「……は?」
2回言われた。自分でも「は?」ってなる嘘だと思う。
「……バカなの?」
ひなたの顔が無表情すぎて怖い。
おそらく呆れられたと思うが、なんとか膝蹴りは回避した。
「そういえば、来週から合同学習会が始まるよね」
「あー……そうだったな」
「楽しみだね!陽兄!」
「……お前、一年だろ? 一年は参加できねぇぞ」
「風紀委員の付き添いで僕も行くことになったんだよ。現地の生活指導とか、夜の見回りとか手伝うんだって」
「ふーん」
合同学習会。
それは、山の中にある宿泊施設で三日間泊まり込みながら勉強するという、うちの学校恒例の行事だ。
勉強だけじゃなく、火起こしからやる調理実習やフィールドワークなんかもあって、実はイベント盛りだくさん。
俺たち二年生にとっては、かなり楽しみにしてる行事の一つだったりする。
中でも目玉イベントは、三日目の夜に行われるキャンプファイヤーだ。
この夜、多くの生徒が――好きな相手に告白する。
「にしても合同学習会か……これは確実にカップルが量産されるぞ」
「なんで悲しいそうな顔をしてるの?」
「そりゃそうだろ。どこを見てもイチャつくカップルばっかりだったら、虚しくなるじゃんか」
「そりゃね、陽兄は独り身だからね」
「お前もだろ?――ぶほっ」
俺が言い終わる前に、横腹に強烈な一撃が入った。
「……何か言った?」
「いえ、なにも……ございません」
俺がそう言うと、ひなたは「あ、そう」と口元をちょっとだけニヤリと笑う。
そして「ね、陽兄ぃ」と呼ぶをいきなり体をモジモジさせた。
「そんなに憂鬱なら、陽兄も……告白すればいいじゃん?」
「……え?」
なんだ、この空気。
ひなたがじっと俺の顔を見つめてくる。
言葉はないけど、返事を待ってる感じが明らかに伝わってくる。
……ていうか、なんかほっぺ赤くない?
「いやいや……どうせお前が『不純異性交遊は校則違反です!』とか言って妨害してくるだろ?」
「するわけないでしょ。星がきれいな夜空の下で告白されるとか、最高じゃん。僕が出しゃばったら、一生恨まれるよ」
ひなたは、どこか夢見るように目を輝かせながら、俺の方を見てきた。
「それに……僕だって女子だよ。告白されてみたいもん」
「…………」
目が合う。
なんだこの感じ。ひなたが、ひなたじゃないみたいだ。
いつもは怒りんぼで暴力的なやつなのに……今は、妙に――
そのときだった。
「……朝倉陽、発見しました」
突如、前方に立ちふさがるのは――氷室様の専属メイドだった。
無表情のまま、俺をじっと見つめてくる。目が完全にロックオン状態だ。
やばい、これは絶対ろくなことにならない。
「おいおい……なんであいつが……」
そう思った瞬間、俺は自然とファイティングポーズをとっていた。
「あれ?鈴木さんどうしたの?」
目の前のメイドを見たひなたは、挨拶するように手を振った。
「鈴木って言うんですね」
そういうえば、初めて名前を知った。
「ごきげんよう、桜井ひなた。お昼休み中にお邪魔して申し訳ありません」
きっちりとした姿勢で頭を下げる鈴木。さずがメイド、丁寧だ。
「ひなた、あいつと知り合いなのか?」
「うん。鈴木さんも陸上部でね。一緒に走ったりするんだ。でも滅多に顔出さないから、話すの久しぶりだけど」
「お嬢様をお守りするためには、身体能力の維持は欠かせませんので」
……だったら剣道部とか柔道部とか、もっと向いてる部活あるだろ。
――とは思ったが、口にしたらまたワイヤーで拘束されそうなので、黙っておいた。
「で、何か用事?」
ひなたが問いかけると、鈴木は微笑みもせずに答える。
「いえ、本日は隣の……クズ――失礼しました、朝倉陽に用がありまして」
「いや、今クズって言ったよな!? 完全に言ってたよな!?」
俺が思わずツッコむが、鈴木はまったく悪びれる様子もなくスルーを決め込む。
「それで俺に何の用なんだよ?」
首をかしげながら問うと、鈴木は音もなく、ぬるっと俺に近づいてきた。
「な、なんだよ……」
無表情な鉄仮面メイドがじりじりと距離を詰めるたび、俺の警戒心も跳ね上がる。後ずさりしようとしたその瞬間
――バフッ。
「うわっ!? な、なに!?」
いきなり鈴木が両腕を大きく広げ、俺に飛びついてきた。あまりに突然すぎて、思考がフリーズする。
柔らかい胸の感触と、ふわっと香る柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
「この抱き心地、クッション性、反発力……そして温もり。これは極上……」
抱きついたまま、冷静に俺の性能を評価し始めるメイド。
しかもだんだんと抱きつく力が強くなってきている。
「……これは……ドイツの職人が手縫いで仕立てた最高級抱き枕と同等、いえ、それ以上ですね」
「ちょ、ちょっと待て! 何してんだよ!? おい、ひなた!」
助けを求めて隣を見ると。
「ひなたさん!?」
ひなたは拳を握りしめていて、目はすでに完全にブチ切れている。
「バカっ!」
「なんで!?」
ボクサー顔負けの右ストレートが俺の顔面を撃ち抜いた。
ドガッ!
頭がぐらりと揺れ、俺はそのまま廊下に崩れ落ちる。
「陽兄のバカっ!バーカー!バーカー!」
短くそう言って、ひなたは俺に背を向け、そのままスタスタと去っていく。
「ま、待って!違っ――」
言い訳の声も届かない。ひなたは一度も振り返らなかった。
「拘束のご協力、感謝します。桜井ひより」
「なんだよ……拘束の協力って」
深々とお辞儀してくる鈴木にツッコミを入れずにいられなかった。
「ごほっ!」
そんな俺を無視して、鈴木はそのまま俺にまたがる。
黒いタイツが一瞬目に入ったかと思えば、再びぎゅっと俺に抱きついてきた。
「ふむ……なるほど。さすがお嬢様は見る目がありますね」
おい、これはどう考えてもヤバい状況だろ!
ここは学校の廊下、しかも昼休みの真っ只中。
通りかかった生徒たちが、こっちを見ながらひそひそ話している。
……頼むから、先生だけは来ないでくれ。
やがて、鈴木は顔を上げ、俺のことをじっと見つめながら言った。
「朝倉陽、あなたを――お嬢様の専用抱き枕に任命します」
へ?




