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抱き心地1000%の俺、なぜか女子に「一緒に寝よ」と誘われる  作者: ハルちゃん


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15/15

第15話 テンパるメイド

 俺たちは会話をいったん切り上げ、風呂の掃除に集中した。


「はぁ……はぁ……ふぅ」


 横を見ると、鈴木が額の汗を手の甲でぬぐい、腰をトントンと叩いている。

 長時間のブラシ作業で無理な体勢が続いたせいだろう。

 無表情を崩さないが、さすがに疲れが出てきたようだ。


「今さらだけど、ありがとうな鈴木。お前のおかげで風呂掃除早く終わりそうだ。あとはゆっくり休んでくれ。ここからは一人で掃除するから。お前、正直疲れてんだろ?」

「私をなめているのですか?この程度でへばっていたらメイドは務まりません。いらない心配です」


 きっちりとした姿勢でモップを押し引きしながら、鈴木が横目で俺を睨む。

 その仕草は普段通り落ち着いて見えるが、目元にうっすら疲れの色が滲んでいた。


 無理もない。

 テストが終わってから、休憩なしの風呂掃除、男子風呂を掃除しただけでも相当な体力を削られたのに、次は女子風呂。

 掃除する場所は広く、二人がかりでもしんどい。


「そうか」


 そう言っているけど、さっきから鈴木の手元、若干震えてるんだよな……。

 呼吸もほんの少し荒い。

 こいつ……疲れてるのに、絶対無理してるよな。

 けど、止めたところで鈴木は絶対に手を止めない。

 言っても無駄か。


「頼もしいな」

「あなたと違いますから」

「……お前、いちいち罵倒しないと喋れないの?」


 鈴木はピタリと動きを止め、無表情のまま俺を見た。


「事実を述べているだけです」


 淡々と返したその声に、わずかに棘がある。

 けれど、どこか強がりのようにも聞こえた。

 たぶん鈴木は、弱音吐かずに無理して頑張るタイプだ。

 だったら、俺もちゃんとやらないとな。


「よし、俺も本気出すか!」


 俺がブラシを握り直すと、鈴木が横目でちらりと見てくる。


「……今まで本気じゃなかったのですか?」

「え?」

「私がこんなに頑張っている間、あなたは手を抜いていたんですか?」

「いや、その…………」


 詰め寄る鈴木の圧に負け、思わず視線を逸らす。


「死ぬ気でやってください。例えあなたが倒れても、私はブラシで叩いて無理やり働かせますからね」


 怖っ……!

 そんな脅迫めいた言葉が飛んできた、その直後――


 ――ガラガラガラッ


 脱衣所の扉が開き、声がにぎやかに響き始める。

 きゃっ、きゃっ、と楽しげに笑う複数の女子の声だ。


「……ん?まだ入浴時間じゃなかったよな?」

「はい、18時からだったと思います」


 鈴木は眉をひそめながらスマホを取り出し、合同学習会のスケジュールを開いた。

 すると、

 カラン、と鈴木の手からモップが床に落ちた。


「……嘘、です……よね……?」


「お、おい鈴木?」


 鈴木はスマホを凝視したまま、顔を青ざめていた。

 俺は急いで鈴木の横に行き、画面をのぞき込む。

 そこにははっきりと書いてあった。


 ――女子:17:00〜18:00

 ――男子:18:00〜19:00


 そして腕時計の針は、17時02分を指している。


「………………」

「………………」


 俺と鈴木、二人同時に固まった。

 脳の処理が追いつかない。


「あの……す、鈴木さん……女子は18時からって」

「じゅ、じゅ、17時!?な、なんで」

「お前が男子の時間と見間違えただけだろ!!」

「う、うそ……私が……ミスを……?そんな……そんなはず……ないのに……」


 まるで世界が終わったかのような表情を見せていた。

 鈴木は完璧主義なのだろう。だからこそ、失敗したときのダメージが大きい。

 顔面蒼白で震えながら、鈴木は呟く。


「わ、私は……こんな初歩的な確認すら……できなかった……?」


 いや、そこまで自分を責めるレベルのミスじゃない。

 ただの見間違いだ。誰だってある。


 ――でも今だけは、洒落にならない。


 女子の笑い声はすでに近い。

 あと数秒で浴場に入ってくる。

 まずい……超まずい!!


「朝倉陽! とにかく、どこかに隠れてください!!」

「隠れるって……どこにだよ!?」


 俺は大浴場をぐるりと見回す。

 広い。とにかく広い。

 だが、隠れられる場所はほぼゼロ。

 脱衣所に戻ればそのまま女子と鉢合わせ。

 風呂場の隅に縮こまろうにも遮蔽物は一切なし。

 完全に詰んだ。


「こ、このままでは……わ、私たち……全裸で遭遇……っ、いえだめですだめですだめです……!!!」


 鈴木お前、混乱しすぎだろ……

 普段は氷室の横で涼しい顔して無慈悲メイドをやってるくせに、今は完全にオロオロモード。

 手が震えてるし、声も裏返りまくってる。


「にごり湯……!!」


 鈴木の目がカッと見開かれた。

 その視線の先には、大きなにごり湯の浴槽。

 白濁した湯が湯気を立て、内部はほとんど見えない。

 ……こいつ、まさか。


「ここに隠れましょう!」

「いやいやいや! 正気か!?そんなの2分も無理だわ!」

「ス、スペインでは、22分34秒の潜水でギネス認定されたという話があります……!不可能ではないはず」

「不可能だわ!! ギネスなめんな!……とりあえず落ち着けよ。幸い、まだ誰も入ってないんだ。お前が事情を説明して」


 俺の声は完全に届いていなかった。

 鈴木は突然、勢いよく自分の服を脱ぎ始めている。


「見ないでください!!」


 腕で隠くしながら言われ、慌てて目をそらすも、鈴木の白い肌と豊満な胸が視界の端に一瞬映り、脳に焼き付いてしまう。


「いやなんでお前が脱ぐんだよ!!?」


「不審に見えないようにするためです!!体操服のまま浴室に入っていたら、怪しいでしょう!!!」

「ちょっと待って、いったん俺の話を」


 聞いていない。

 鈴木は完全にテンパっていて、俺の言葉はもう脳内に届いていなかった。

 次の瞬間。


「朝倉陽!! 早く!! 潜ってください!!」

「待てって!! ぐほぉっ!」


 鈴木の華奢な脚が、まさかのキレッキレの蹴りを放つ。

 ドボォン!!

 俺はそのままにごり湯に無理矢理入れさせられた。


「あなたをしばらくここで沈んでいてください!」

「冗談言うな!! 死ぬわ!!」

「5分だけ耐えてください!私がなんとかしますから!」

「無理だわ!!!」

「仕方ありません……私が上から押さえつけます!」

「やめろごぼぼぼぼぼぼぼ!!!」


 鈴木はそのまま湯へ飛び込み、俺の肩を掴むとぐっと押し込んできた。

 にごり湯が顔にかぶさり、視界が白く泡立つ。

 く、くるしい!

 そのとき――


「わぁ~広い~」

「テスト、疲れたよぉ」

「ねぇ背中洗いっこしようよ~!」


 女子たちの明るい声が、大浴場へ流れ込んできた。

 もう、にごり湯に潜るしかなくなった。

 鈴木は、震えながら入り口の方向を見る。


「み、皆さん!! ここには……入ってはいけません!!」


 女子たちがピタッと足を止める。


「え? なんで?」

「なんかあるの?」


 鈴木の口がぱくぱく動き、明らかに追い込まれている。


「このお風呂には…………………えーと…………ゆ、幽霊がいます!!この風呂に入ると……足を掴まれて……最後はお風呂の底に引きずられるんです!!」


 ちょっと、鈴木さんんんんんんんん!

 なにが私がなんとかします、だ!

 無理そうなんですけどぉぉぉぉ!

 もちろん女子たちは一瞬沈黙。


「ゆ、幽霊?」

「鈴木さんってそういうキャラだっけ……?」

「なにそれ~こわ~い」

「メイドでありエクソシストである、この私が、今、退治していますので!! 皆さんはしばらく避難してください!!!」


 鈴木は焦りMAXで、もはや言うことが支離滅裂だった。


「に、ごり湯入りたいんだけどな~」

「行こ行こ~」


 女子たちが浴槽へ近づく。

 あ、これ無理だ……

 その瞬間。


「きゃっ!いった!」

「大丈夫~ゆかっち?相変わらずドジなんだから」


 誰かが滑って転んだみたいだ。


「違います! これは幽霊の仕業です!!皆さんに警告しているんです!このにごり湯には入るなと!!」

「何を言ってるの?鈴木さん」


 女子たちは完全に「変な人を見る目」になっていた。

 鈴木の必死のホラー演出も、まったく効果なし。


「とにかく入ってはダメです!お願いです!」


 もう説得する方法がなくなったのか、とうとう鈴木は頭を下げた。

 無理そうだ。そして俺もやばい!


「ごほっ……!」


 お湯を飲んでしまった俺は、むせて酸素が完全に抜けてしまった。

 このままでは俺は溺れてしまう。

 俺は押さえている鈴木をタップして、限界を伝えようとした。


「ひゃ!」


 鈴木が突然、変な小さな悲鳴をあげた。

 同時に俺の手に柔らかい感触が伝わる。

 ……な、なんか当たった!?


「ど、どうしたの鈴木さん?」

「なんでもありません。れ、霊の、攻撃です!」


 恨みを買ってしまったのか、鈴木は水中にいる俺へ拳を振り下ろしてきた。

 痛っ! 痛い痛い痛い!!

 溺れながら殴られるとか、なんの新手の拷問だよ!!


「あー! もしかして、にごり湯独り占めしようとしてるでしょ?ダメだよ~そんなの!」

「そんな気持ちいいの? 私も入る~!」


 女子たちは完全に勘違いしている。

 鈴木のホラー演技はもう通じていない。


「ちょ、ちょっと……待ってください!!」


 鈴木ももはや説得不可能な状態だった。

 女子たちがにごり湯へ足を入れた――その瞬間。


 ボコォォッ!!!


 酸素の限界を迎えた俺が、水面から勢いよく飛び出した。


「げほっ……げほッ……! し、死ぬ……!!」


「ぎゃあああああああああああ!!」

「で、でたぁぁぁぁ!!!」

「ゆ、幽霊っ……ホントに出たぁぁぁ!!」


 女子たちは一瞬で大パニックになり、絶叫しながら逃げ散った。

 鈴木の与太話のおかげで、どうやら俺は本当に“風呂の幽霊”だと思われたらしい。


 浴場は一気に無人になる。


「……はぁ……はぁ……殺す気か……お前」

「よ、よかった……朝倉陽、任務完了です……」

「どこがだよ!!!」


 本当は怒鳴りたいが、今は逃げるほうが先だ。


「……今のうちに脱出……」


 湯から上がり、俺は急いで出口へ向かった――その時。


 浴室の入り口で、夢乃と鉢合わせになった。


「……っ!!?」


 夢乃は、バスタオルすら巻いていない“ありのままの姿で立っていた。


 湯気に包まれ、肌の色とラインがあまりにも生々しくて――

 俺の脳が一瞬でショートする。

 やばいやばいやばい!!!!!

 全身が硬直する。

 心臓は爆音みたいに跳ね上がり、もう逃げることも呼吸することもできない。


 ――だが。


「ん……? だれか、いる……?」


 夢乃は、ゆっくりと首をかしげた。

 俺の顔をじっと見ているようで、焦点が合っていない。


 そうだ!こいつ、コンタクトしてたんだった……!

 夢乃は俺の横をスルーして歩き出した。そのままにごり湯の縁に手を添え、温度を確かめるように湯に指を入れる。


「ふわぁ……あったかそ……」


 その無防備すぎる横顔を横目に見ながら――

 今しかねぇ!!

 俺は脱衣所へ全速力で走り抜けた。

 風呂掃除より何倍も疲れた。

 天国のようで地獄のイベントだった。

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