第11話 お嬢様と眠り姫
眠い。
……あくびが止まらない。
結局、昨夜は一睡もできなかった。
そりゃそうだ。
可愛い女の子に挟まれて寝ているんだから。しかも一つのベッドで。
氷室は寝ぼけて俺の足に絡んでくるし、「あなたが寝るまで私は目を閉じません」と言っていた鈴木も気づいたら寝落ちしてるし。
俺はというと、神経がビンビンに冴えていて、目を閉じることすらできなかった。
それでも、朝は容赦なくやってくる。
不眠でも登校しなければならない。
朝、学園の廊下。
俺、氷室、そして鈴木の三人は、横一列に並んで歩いていた。
「…………」
なんだか、すごく居心地が悪い。
さっきから、周囲の生徒たちの視線が痛いくらいに突き刺さってくる。
……原因は氷室だ。
美少女で、人望があって、しかも大企業のお嬢様。
そんな彼女が男の俺と一緒に歩いているんだ。
そりゃあ注目されるに決まってる。
「誰あれ?」
「なんで氷室様と?」
「もしかして彼氏か?」
そんなざわめきが、四方八方から耳に届く。
心が削れる音がする。
「おはようございます、氷室様……ちっ」
通りすがりの男子が、丁寧に挨拶したかと思ったら、俺を見るなり舌打ち。
そして、まるで殺意でも込めたような目で睨んでくる。
……俺、氷室のファンに、やられるんじゃないのか?
そんな予感が頭をよぎった、そのとき。
ドンッ!
「うおっ!?」
いきなり背中に何かにぶつかった……いや、誰かが勢いよく飛びついてきた。
俺に嫉妬した氷室のファンの襲撃か!?
俺が身構えた、その直後。
「――陽くん、みっけ~♪」
聞き覚えのある、ふにゃっとした声。
驚いて振り返ると、そこには、
「ゆ、夢乃!?」
夢乃がいた。
ふわふわのショートヘア、ゆるい笑顔、そして俺の背中にぴったりとくっついてる。
相変わらず、距離感ゼロの眠り姫が、無邪気な笑顔で俺を見つめていた。
「やっぱりサイコーだね、陽くんの体は~♪」
「お、おい……!」
「誰なの?」
じゃれつく夢乃を見た氷室は、静かに問いかけてくる。
「陽くんの彼女だよ」
「……はぁぁ!?」
俺の叫びが学園に響いた。
「ちょ、ちょっと待て!? 彼女って、何言ってるんだよ!?」
「ん~?でも陽くん言ってたよね? 一緒に寝るには陽くんの彼女にならないとダメだって。だから私、彼女になったんだよ~♪」
夢乃のやつ、彼女やら一緒に寝るやら、とんでもない発言を連発しやがって。
おかげで場は静まり返っているじゃねぇか。
「一緒に……寝る?」
氷室の声が低くなる。そして瞳も細く鋭くなっていく。
「朝倉陽のこの動揺ぶり……どうやら、この方の言っていることは事実のようですね」
鈴木が冷静に分析する。
「まさか、私より先に……陽の抱き心地を知っている子がいるなんてね」
氷室は唇に指を当てながら、ぽつりと漏らすように呟いた。そして静かに、夢乃の方へと一歩踏み出す。
「あなた、名前は?」
「わたし~? 月ノ瀬夢乃だよ」
「私は氷室璃月」
「氷室様のメイドを勤めております、鈴木まゆです」
「ご丁寧にどうも。よろしくね~璃月ちゃん、まゆちゃん」
ふわふわとしたテンションのまま、夢乃は軽く頭を下げる。
「あなた……陽と、一緒に寝たの?」
「うん。すっごく気持ちよかったよ~」
「えへへへ」と無邪気に笑いながら、夢乃は答える。
……その瞬間、俺は悟った。
なんだか嫌な予感がする。
「陽に目をつけるなんて、なかなか良い目を持っているようね」
「そうでもないよ~。私、コンタクトだし?」
「視力の話じゃないわよ……。まあいいわ。悪いけど、陽はもう私のものになったの」
「うーん?それじゃ氷室ちゃんも彼女になったの?」
「違うわ。陽は、私の抱き枕よ」
「抱き枕……?」
夢乃はぽかんと首をかしげる。
「そうよ。つまり、これから陽を抱いて寝る権利は、私だけのものになったってこと」
「えぇ~? 独り占めはズルいよ~。私だって陽くんと一緒に寝たいのに~」
「ダメよ」
「むぅ~……じゃあ陽くんを半分こしようよ。そうすれば問題ないじゃん」
どうやってやるんだよ。
いや、物理的に無理だろ。それ死ぬって。
夢乃と氷室は真正面から睨み合い、どちらも一歩も引く気配がない。
「お、おい……お前らさ」と俺が慌てて止めようとすると、鈴木が「ごほん」と意味深な咳払いをした。
「それでは勝負してみてはいかがでしょうか?」
「勝負? いいよ~! ゲームなら自信あるし!」
「ゲームではありません」
「え? じゃあ何で勝負するの~?」
夢乃がまた首を傾げる。
その隙に、鈴木はふいに俺へ視線を向けた。
「朝倉陽。あなた、彼女にならないと一緒に寝られないと言ったのですよね?」
「ま、まあ……言ったけど……」
なんで今それを持ち出すんだよ……。
「でしたら、近いうちに合同学習会があります。そこで――朝倉陽を惚れさせ、正式に彼女にしたほうの勝ち。というのはどうでしょうか?話を聞く限り、朝倉陽と月ノ瀬夢乃はまだ付き合っていませんし」
「いいアイディアね、まゆ。私はそれで構わないわ」
「陽くんを惚れさせるの~? うーん……私、ギャルゲーってやったことないんだよね~困ったな」
「別に棄権してもいいのよ?」
「ううん。私、陽くんと一緒に寝たいし。頑張るよ」
「決まりね。いい勝負にしましょう?」
「ねぇ陽くん。どうすれば……私のこと、好きになってくれる?」
夢乃はすっと距離を詰めてきて、真剣な目で俺を見つめてくる。
対する氷室は、キッと鋭い視線で夢乃を睨んだ。
「こうして、璃月お嬢様と月ノ瀬夢乃の熱き戦いが、今、幕を開けたのでした」
「……おい。なに勝手に実況始めてんだよ。絶対楽しんでるだろ」
「いえ、まったく」
口では否定しているが、無表情のまま目だけキラキラしている鈴木。
こいつ……絶対楽しんでる。
俺は思わずツッコまずにはいられなかった。




