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8. 踊り狂う病

「――こちらです」

 招き入れられた家の中は、大きめな都市ではよく見られる労働者階級の住まいという雰囲気だった。

 思ったよりも広い玄関ホールと、そこから繋がるキッチン。二階への階段。

 階段を上がり、案内された二階の寝室へと足を踏み入れる。

「……これは」

 シエルテ達がそこで見たものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の姿だった。

「うふふふふふうふふふふふふふふふあはは」

 長い髪を振り乱し、ベッドのシーツをまるで湖面のように激しく揺らして踊る女は、それがどれだけ楽しいことなのか見せつけるように、目を見開き、口角を思い切りつりあげた笑みを浮かべて踊っていた。

「何てこと! アデル!」

 悲鳴に近い声で名前を呼びながら、ジルがパジャマ姿の女――アデルの肩に抱きつき、必死で止めようとする。

 それでもアデルは構わず、とても細身の女とは思えない強い力で抵抗し、なお踊り続けた。

「ふむ。――リィナ」

 そのあまりの光景に腰が引けているオリーをよそに、リィナは「はい」と返事をするとアデルを抑えに掛かった。

 ベッドに上がり、リィナがアデルを羽交い締めにする。――その手が触れるアデルの体は冷たい。

「アデルやめてちょうだい!」

「あはははははははは!」

 まだ踊り続けようとするアデルに、リィナは抑える腕の力を強める。途端、リィナの体がメイド服越しに淡く光った。

「リィナ、それ以上力を込めたらだめ。この子の骨が折れる」

 慌てて腕の力を弱めるリィナの肩を小さく叩いてから、シエルテはアデルに顔を近付け、目を覗き込んだ。

「なるほど……」

 シエルテはリィナが床に置いていたトランクを手に取り、ベッドの上で開いた。

 トランク内の闇の中から取り出したのは小瓶。

 シエルテは小瓶の鉄蓋を開けると、人差し指で中身の透明な液体を取った。

 その指でアデルの額を撫でる。

 変わらず笑い声を上げ続けたアデルだったが、徐々にその興奮が収まり……やがて、ぐったりとして大人しくなった。

「い、今のは……?」

 エリースの問いに、シエルテは蓋を閉めた小瓶をエリースに見せた。

「眠りの魔術を掛けた精油だよ。体に害はない」

 シエルテの言葉にジルは安堵の息を吐き、寝室のベッドにアデルを寝かせた。

「……これが、“奇病”なんですね」

 オリーの困惑を含んだ呟きをそのままに、シエルテはジルに向き直る。

「さて、親である君に色々と訊いておきたい。まず、娘さんのこの症状はいつからだろうか?」

 ジルは眠るアデルの顔を眺めてから、「二週間ほど前からです」と答えた。

「依頼人、それは他の患者も一緒か?」

 エリースは首を振る。

「いいえ。みんなバラバラです」

「そうか」

 シエルテはアデルに手を伸ばし、瞼を指で開き眼球を診る。

 手首の脈拍、口元の緩み、手足の強張り、皮膚の張りを確かめ、最後に水銀の体温計を脇に差し込んだ。

「ふむ。――娘さんの年齢と、あれば持病を教えて欲しい」

「十七歳です。持病は、特には……貧血ぐらいでしょうか」

「発病の前後、何かいつもと変わった場所に行ったり、変わった物を食べたりはしたか?」

「変わった……」

 眉間にしわを寄せ考え込むジルだったが、力なく首を左右に振った。

「無かった、と思います」

「食欲はどうだった?」

「あまり、ありません。何も口にしないのです。ですから無理矢理、水や野菜のスープを飲ませています」

「その後、嘔吐したりは?」

「していません」

「貴方達夫婦、あるいは親族に似た症状を発症した人は?」

「いいえ。その……今、同じ症状の子達もアデルと親戚ではありませんし」

「……ふむ」

 シエルテが体温計を確認する。

「やはり低体温か。衰弱は別の病ではなく奇病発症のあとに、という順序で間違いないか」

 不安げに顔を見るジルに、シエルテは「病名はわかった」と告げた。

「ほ、本当ですか!」

 エリースが声を上げた。

「これから治療方針含めて説明する」

 シエルテの言葉に、エリースとジルは不安と覚悟がない交ぜになった瞳で頷く。

「まず言っておくと、この奇病は“白衣の医者”には治せない類の病だ」

「……」

 自身のロングスカートを掴んだエリースの手が白くなっていく。

「この奇病の原因は【憑依】だ。それも最近では珍しい【妖精】の」

「えっ!?」

「妖精が、アデルに憑依しているのですか……!」

「憑依によって奇行と衰弱が起こっているのは、間違いない」

 シエルテが自身の半眼を指差す。

「憑依されているかどうか、確かめる簡単な方法は目を見ることだ。わかりやすく目付きが変わることもあるし、視る者が視れば瞳の奥に本人のものではない【マナ】や【エーテル】――つまり【魔力】が視える。それが証拠になる」

 それだけじゃない、とシエルテは続ける。

「リィナ、何が視える?」

 問われたリィナは、アデルとその周囲を見ながら目を細める。

「……あたしには、ベッド周りに光る粒が視えます。たぶんマナだと思います」

「そう。憑依された者の周りにマナが(こぼ)れている。魔術や呪術、悪魔憑きでは起こらない現象だ。そして、娘さんの“内”に視えた魔力の(たち)からも妖精憑きなのは疑いようがない。――問題は何故、この娘に妖精が憑依しているのかということだ」

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