7. 本屋の依頼人
魔術を扱うためには資格を得て、この組合に加入しなければならない――。
魔術師組合。
それが、この世界で未だ残り続ける魔力という力との共存方法だった。
――魔術師組合に加入している者は、三つの区分に分けられた。
ひとつ目の区分は『魔術師』。
一般的に魔術を扱う者はこう呼び、またそう名乗った。ほとんどの組合員はこの区分に入った。
ふたつ目の区分は『魔導師』。
魔術を研究し、魔術における“公式”を発見したものに贈られる称号『魔導師』を得た者の区分。魔術師達から尊敬を集めるその称号を贈られた者は、歴代でも多くない。
そして最後に、三つ目の区分である魔法使い、魔女。
神代に存在した『魔法』という魔術の源流を体得した者。『魔法使い』。『魔女』。
現代の魔術師組合において、存命者はわずかに五人。大いなる力を持つその五人全てが『魔女』だった。
「――なので、わたしは魔術師ではありませんが、魔術に関わる者として魔女様に畏敬の念を抱いているのです」
オリーは道案内をしながら、リィナを相手にそう力説していた。
「いけいのねん?」
「魔女様を尊敬しているということです」
「尊敬を……わかります」
リィナが力強く頷き返すと、オリーは満面の笑みを浮かべた。
「ですよね! さすが魔女のメイドさん」
オリーがする案内のまま、服屋や鞄屋、帽子屋、生地屋が並ぶ綺麗な大通りから一つ入った、裏通りへと進む。
表通りとは違い、舗装などされていない通りに並ぶ
古い町並みの中、オリーが足を止めたのは年季の入った木造一軒家の前だった。
通りに面した入り口に掲げられた木製の看板には、確かに依頼書と同じく『ブレナンの本屋』とあった。
「ここです。ここが、わたしが常連の『ブレナンの本屋』さんです」
「ふむ」
シエルテが本屋入口の扉を開けると、備え付けられたドアベルが鳴った。
――入った途端、鼻を突く埃とインクの匂い。
狭い店内には本屋らしくシエルテの背よりも高い本棚が置かれ、棚の中には革や紙の背表紙が隙間無く並べられていた。
「……“魔本”の気配がするな」
「やはりお分かりですか! この本屋さんは店主さんが魔術書の収集家で、店主さんが要らなくなった魔術書なんかも売っているんです」
店の奥へと進むと、カウンターの内、椅子に腰掛ける店員らしき女の姿があった。
細身の、地味な雰囲気の女だった。
チュニックにロングスカート。長い前髪から覗く緑色の瞳。
二十代前半くらいに見える髪の長いその女は、シエルテ達の姿を認めると、「本をお探しですか」と声を掛けてきた。
「いや。ここには仕事で来た」
シエルテがそう答えると、気付いたのか女は慌てた様子で椅子を立ち上がった。
黒ローブの金髪少女と、銀髪褐色肌のメイド。それに灰色ケープの常連女性。
「あの、依頼を受けてくださった魔術師様ですか……?」
女の視線は、半眼の少女であるシエルテに向いていた。
「魔術師組合からの依頼で来た。私は魔女のシエルテ・ネペタ。この子は私のメイドでリィナ」
会釈するリィナに女もつられたように会釈し返す。
「私はこの本屋をしているエリース・ブレナンと申します。その……魔女というのはおとぎ話に出てくるアノ……本物、なんですよね……?」
助けを求めるように女――エリースがオリーの顔を見ると、オリーは得意げに頷いてみせた。
「……まさか魔女様に来ていただけるとは」
「依頼人は君でいいのかな」
「は、はい」
戸惑いと緊張を顔に貼り付けたまま、エリースは返事をする。
「父が魔術師の真似事をしていまして。そのツテで組合に依頼を出しました」
「ふむ。依頼書によると、“踊り狂う病”だとか」
「そうです、魔女様。発病者の数は多くありませんが、ある日突然、狂ったように踊り始めて……やがて衰弱してしまう。既に衰弱死――死者も出ています」
苦々しく話すエリースの言葉に、オリーは目を見開いた。
「この町でそんな病気が!?」
「……はい」
堪えるように自身のロングスカートを握りしめたエリースの手が、徐々に白くなっていく。
「お医者様にかかることが出来た子も、治ることはなくて」
「それで魔術師組合に依頼を」
「そうです。その……お医者様にわからない病気だとしたら、魔術が原因の病気かもしれないと。もし本当にそうなら、その原因の究明と治療を」
お願いします、とエリースは懇願するようシエルテの目を見つめた。シエルテは頷く。
「まずは診察をしてから」
「……お願いします」
店を閉めたエリースの先導で、シエルテとリィナ、そしてついてきたオリーとで患者の元へと向かった。
「どうして君もついてくる」
半ば呆れて訊いたシエルテに、オリーは笑って鼻血を垂らす。
「魔女様のお仕事が間近で見られるチャンスなんですよ!」
行かない理由ないじゃないですか、と鼻血をハンカチで拭きながらオリーは言う。
「邪魔はしませんから。ホントに」
「……」
オリーを振り切れないままに、シエルテ達は裏通りから商店が並ぶ大通りまで戻ってきた。
たくさんの靴音と、人の声。
馬車の車輪が路を転がる音の中、エリースは大通りを渡り、さらに街の南側へと歩いていく。
……街の音が遠くなる。
「十年ほど前に工場ができて町になるまでは、シズルはここから北にある森での林業を主な収入にした、小さな村だったんです」
不意にエリースが話し始めた。
「村民のほとんどは工場関係で働くようになって、他所からもたくさん人が流入してきました。その人達のために住宅や商店も建ったのですが、そのために立ち退きになった人達もいて……その人達のために、町の南にフラットが建てられたんです」
「向かっているのは、そこに?」
「はい」
ここも村だった名残だろう、古い木造家屋の並ぶ光景を通り過ぎていく。
その先、野ざらしにされた丸太越しに木造の二階建て集合住宅――フラットが数棟見えてきた。
「ここです」
石造りで囲まれた水汲み場の横を通り、フラットの一つに辿り着いた。
一階に五つ並んだ玄関扉の一つ、そのノッカーをエリースが叩く。
……しばらくして出てきたのは、目の下にクマを作った四十才くらいの女だった。
「あの」
「……ああ、エリースちゃん」
疲れた顔で笑う女に、エリースはいたたまれない表情を浮かべる。
「アデルちゃんの症状はどうですか?」
一瞬の間をあけて、女はエリースから目を逸らした。
「今は……落ち着いているよ」
呟いた女は、それから不審なものを見るように視線をエリースからシエルテに移した。
視線を受けて、シエルテは「私は魔女のシエルテ・ネペタ」と告げた。
「魔女……?」
「ジルさん、この方は魔女のシエルテ・ネペタ様です。今この街で起きている病気を診るために来て下さった――」
ジルと呼ばれた女は大きく目を見開くと、そのままぽろぽろと涙を零し、手で顔を覆った。
「ああ……!」
「ジルさん、魔女様にアデルちゃんを診てもらっても?」
「どうか、どうかお願いします。うちの娘を……診て下さいませ」
絞り出すように言ったジルの言葉に、シエルテは金の髪を揺らして頷いた。




