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6. オリー・アーシェル

 汽笛の音と共に真っ黒い煙を吐きながら、汽車がホームに滑り込んでくる――。

 港街アイエラの港湾地区と住宅地区に出来ていた“隙間”に作られた、まだ真新しい鉄道駅で、リィナは目前の汽車に感嘆の声を漏らした。

 喧騒の中、客車から人々が降り――これが蒸気機関車かと感動しながら、シエルテとリィナは木製の二等客車に乗り込んだ。

 他の、大荷物の客を避けながら箱席に二人は並んで座る。

 遠くに海を眺めながら、時折、窓を黒い煙が掠めていった。

「船とも箒とも違う旅情か。……汽車の旅もいい」

 平原に延びる軌道の上を、ガタゴトと音を立てながら汽車は北東を目指して走っていく。

「シエルテ様。見えてきましたよ」

 シエルテ同様、汽車に高揚しているらしい表情の緩んだリィナが言う通り、車窓に大きな川と橋、そしてその先に建物と煙突が見えた。

「早かったな。まあ、帰りも乗ればいいか」

「そうしましょう」

 時間にして十五分ほどの乗車体験は終わり、汽車が町外れの駅に着く。

 屋根のないホームには、『シズル駅』と書かれた看板があった。

 シエルテとリィナの他には三人。客が汽車からシズル駅のホームに降り立った。

 車掌が発車のハンドベルを鳴らす――。

 発車した汽車は、川に架る鉄道橋をガタゴトと音を立てて渡り、やがてその姿が小さくなっていった。

「さて、行こうかリィナ」

「はい」

 二人は改札で切符を渡すとホームを出て、道なりに町へと向かった。



 紡績工場の町『シズル』は、緩やかに蛇行しながら流れる、水量のある『グラッツ川』の川沿いにある町だった。

「はぁ〜……」

 町の北西にあった駅から町に入り、建ち並ぶ赤煉瓦造りの工場を見上げてリィナは感嘆の声を出した。

 空へと伸びる工場の煙突からは黒い煙が幾筋も立ち上り、流れる雲と混じることで空を鈍色に染めている。その黒煙の臭いだろう、汽車同様に時々、リィナの鼻を石炭の焼けた臭いが突いた。

 機械の音を聞きながら歩き続け、工場群を通り抜けると――町の景色が一変した。


 工場から商店へ。

 石畳と煉瓦で舗装された道に、等間隔で並ぶ街路灯。

 大通りと、その大通り沿いに整然と並んだ煉瓦造りの建物群は、そのほとんどが路面店を持ち、店の前の道路には仕入れだろうか荷馬車が並んでいた。

「本当に服屋さんがたくさん」

 歩道を、上等そうな服を着た人々とすれ違い進むと、通りかかった生地屋の前でリィナの足が止まった。

「こ、ここは……!」

 目を輝かせたリィナの腰をシエルテが叩く。

「リィナ。さすがに宿の確保が先だ」

「わ、わかっています」

「……」

 疑いの眼差しをシエルテが向ける――唐突に声をかけられた。

「――あの。その格好、魔術師ですよね?」

 今日はよく声を掛けられると内心でうんざりしながら、シエルテは半眼を声の方に向けた。

 茶髪の若い女だった。

 前髪の一部を金糸を巻きつけるようにして縛り、肩に掛かる程度で切りそろえられた茶色い髪。

 灰色をしたケープと、その内に野暮ったい麻色のワンピースを着たその女は、掛けたメガネのツルを押して位置を直してから満面の笑みを浮かべた。

「こんにちは。ちょっと目付きの悪い美少女魔術師さんと、美人なメイドさん」

「……」

 妙に上機嫌な様子の女に、シエルテとリィナが同時に怪訝な顔をする。

「ふふ。こんなところで魔術師さんに会えるなんて幸運です」

「君は誰だ」

「あ、突然声を掛けてごめんなさい。はじめましての魔術師さんに会えて嬉しくて、つい。しかも同年代くらいだし。――あ、自己紹介。わたしはオリー。オリー・アーシェルと言います」

「シエルテ様に何かご用ですか」

 リィナの固い声に、オリーと名乗ったメガネの女は苦笑いした。

「そんなに警戒されるとは思わなくて。ごめんなさい。えーと……取材をさせてもらいたくて」

「取材?」

「わたし、大学で魔術の歴史――魔術史を研究しているんですよ」

「魔術の歴史……?」

 オリーは大きく頷く。

「各魔術師の家や工房で秘匿されていた魔術を学術的に収集し、体系化する学問なので、初めましての魔術師さんにはどんな魔術を使うのかを取材しているんです」

「……私達もこれから仕事なんだが」

 シエルテの言葉に、オリーがぱっと目を輝かせた。

「もしかして組合からの仕事ですか? 魔術関係ですよね? ついて行ってもいいですか?」

 まくし立てながらシエルテに詰め寄るオリーに、リィナが割って入りオリーを睨みつけた。

「あんまり失礼じゃないですか」

「ご、ごめんなさい。で、ですが、魔術師が少なくなっている昨今、このままだと魔術は使い手と共に失われていくばかり。なので――」

「わかった。わかったからとりあえず、鼻血を拭け」

 いつの間にか鼻血を垂らしていたオリーは、シエルテに指摘され、慌てて肩掛けカバンからハンカチを取り出し鼻血を拭いた。

「すみません。昔から興奮するとすぐ鼻血が出ちゃう体質で」

 オリーがメガネを掛け直す。

「改めて。シュキア大学民俗学助手、専門は魔術史研究のオリー・アーシェルです。ぜひ、お名前を」

「……はぁ」

 根負けしたシエルテは吐き出すように「魔女のシエルテ・ネペタだ」と応えた。

「なっ!?」

 ――オリーの体がぶるぶると震え始めた。

「ま、まままままま……!」

 オリーが狼狽してよろける。リィナに支えられ、オリーは礼を言った。

「はぁ、はぁ……魔女。ほ、本物なの――い、いえ、本物の魔女なのですか……?」

「そう言った。……いい加減、人目が気になるんだが」

 大声を出したオリーのせいで、往来を行き来する人々の視線は当たり前にシエルテ達へと集まっていた。

「ご、ごめんなさい……ちょっと、興奮しすぎました。うわっ、また鼻血が……!」

 ため息を吐き、シエルテが歩き出すと、戸惑いながらリィナも後に続いた。

「……いいのですか?」

「放っておけばいい」

「……わかりました」

「あのー」

「では、このまま向かいますか?」

 シエルテは頷き、黒いローブの中から取り出した依頼書を開く。

「あ、あれ? もしかして、無視されてます……?」

「記載された依頼主の住所は、『ブレナンの本屋』とある。店ならすぐに場所はわかるだろう――」

「わ、わたし、そこなら案内できます!」

「……」

 手を挙げるオリーを見て、シエルテはため息混じりにわかったと答えた。

「……なら、道案内は君に任せようか」

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