5. 奇病への依頼
適当に目に付いた中流階級向けらしきレストランに入る――。
窓際テーブルに通された二人は対面に座り、シエルテが注文した。
しばらくして、二人の前にそれぞれ運ばれてきたのは白身魚のムニエルと丸パン、それと白ワイン。
「海に来たなら魚料理を食べないとな」
「そうなのですか」
リィナはナイフで白身を切り取り、フォークで口に運ぶ。
「……おいしい」
「だろう?」
シエルテも食べ始めると、そういえば、と思い出し笑いをする。
「この街で拾った日も、リィナは野菜スープを食べて同じ事を言っていた」
「……」
「あの時は泣いていたが」
「もう! うるさいですよ」
照れ隠しで怒りながら、リィナは自分の前に置かれたワイングラスの脚に指を置いた。
白ワインが注がれたそのワイングラスを、シエルテの前まで滑らせた。
「あたしは昼間からお酒を飲むダメ人間じゃないので。どうぞ」
「ふむ。この程度、飲酒のうちには入らない。やはり、リィナはまだお子様か」
頬を膨らませたリィナを小さく笑って、シエルテは渡された白ワインをあおる。
「仕方ない。代わりに、リィナには食後に紅茶とデザートを頼もうか」
ぱっと目を輝かせたリィナに、シエルテはまた笑った。
食事を終えたその後は、リィナの提案で街の観光をすることになった。
適当に歩いて通りかかった商店通りでは、輸入雑貨や輸入家具の店などが並び――その少し先にあった開けた広場では、異国風の容姿をした者達が露店を出している光景があった。
「ふむ。さすがに港街だな」
この国では見られない野菜や果物。スパイスの匂い。工芸品の数々を眺めながらシエルテが呟いた。
「あの、シエルテ様」
「構わないよ。好きなものを買っておいで」
足取り軽く雑踏に消えるリィナの背中を見送っていると――ピィー、と甲高い音が聞こえて、シエルテは音のした方に顔を向けた。
港の方角ではない、建物の合間の少し離れた空に黒煙が見える。
「……汽車、か?」
今いる位置から汽車のその姿は見えなかったが、旅の途中で見たことはあった。長距離移動に必要な蒸気船とは違い、地を走る汽車は箒で空を飛べるシエルテ達には無縁のものだった。
「――『いやしの魔女』シエルテ・ネペタ様で間違いございませんか?」
不意に声を掛けられ、リィナの買い物が終わるまでの間、特に目的もなく露店をまわっていたシエルテは足を止めた。
「君は?」
黒いローブを着た初老の女だった。人目をはばかることなく、女は丁寧なお辞儀をする。
「私は魔術師組合アイエラ支部を預かっておりますイズリスと申します。魔術師組合にいらっしゃった際、ご挨拶できなかったのでこうして参りました。『いやしの魔女』として高名なシエルテ様に、こうしてお会いすることができ、光栄でございます」
「そう。それで、要件は? それだけ?」
「い、いえ。魔女シエルテ様にはこの街にいらっしゃる間に、こちらの依頼をお願いできないかと思いまして」
緊張した様子のままイズリスはシエルテに紙を一枚、差し出した。
「……奇病?」
依頼書と書かれた紙に目を落としたシエルテの呟きに、イズリスは神妙な顔で頷いた。
「死者数はまだ三人ほどなのですが、現在同じ病気だと思われる発症者が五人。いずれも主な症状は衰弱だそうです」
「ふむ。医者には診せているのだろう?」
「はい。ですが病名がはっきりとはせず、また、治療も進んでいないそうで。……その。発症者の何人かは狂ったように踊り始めたりする、そうです」
シエルテが半眼の眉をひそめた。
「“踊り狂う”病か」
「依頼者は患者家族や遺族ではないそうですが、魔術や呪術が原因ではないかと、当組合に依頼を出されたそうです」
「ふむ……」
「なので、魔術による治療実績のあるシエルテ様に依頼を受けていただけないかと」
「話はわかった。場所は近いのか」
はい、とイズリスは地図を取り出す。
今いる街アイエラ周辺が描かれた地図の、アイエラから東にすぐの町をイズリスは指で示した。
「場所は隣町のシズル。今は紡績工場の町として有名なところです。駅もあるので、汽車で行けばすぐですね」
「ほう」
イズリスの言葉を聞いて、シエルテの目が半眼なりに開いた。
「紡績工場の町ということは、服屋や生地屋もあるのか?」
「え? はい、ございますね。布や服の買い付け先として賑わっているとか」
「ふむ。なるほど、その依頼受けよう」
礼を述べるイズリスと契約し――帰ったイズリスと入れ違いで戻ってきたリィナは、依頼の話を聞いて承知しましたと受けた。
「このまますぐに向かわれますか?」
「そうしようか。リィナ買い物は」
「終わりました。食料なんかもついでに」
そう言って、リィナは手に持ったトランクを持ち直した。
「どうやら依頼者のいる隣町は、服や布の店が多いらしい」
ぴくり、とリィナの頬が動いた。
「そう、ですか。解呪の刺繍も一枚使ってしまいましたし、ちょうどいいです」
ふ、とシエルテは笑う。
「そうだな。ついでに服を作るために布を買うのもいい」
そうですね、とリィナは弾んだ声で応えた。
――シエルテがリィナに頭を下げるよう、手で示す。
下げたリィナの頭をシエルテは撫でた。
「……だから、あたしはもう子供じゃありませんってば」
「そうだな。では、このまま今日中に隣町へ行こう。そっちで宿を取ったほうがいいだろう。――ふむ。いい機会だから汽車で行こうか」
「汽車?」
「汽車で行こうリィナ」




