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23. リィナの目

「――それで作ってもらったのが、この指輪なんですよ」

 リィナから七年前の思い出話を聞きながら、オリーはメモを取りつつ相槌を打った。

「それを使って魔術を?」

「そうです。それでもあたしは魔術の才能があんまりなくて、使える魔術は二つだけなんですけどね。――ちなみに、シエルテ様が使っている『金の腕輪』もその時一緒に作ってもらったんですよ」

 言われてオリーは、森で魔術を使ったシエルテの腕にあった『金の腕輪』を思い出した。

「あたしの指輪とは違って補助じゃなくて、抑制用ですけど」

「抑制用?」

 刺繍の手を止めることなく、リィナは頷く。

「あたしの指輪のように、魔術師が杖などの補助具を使うのは魔力の消費を抑えたり、魔術発動で術者に掛かる負荷を減らすためなんですけど。シエルテ様の腕輪は逆なんですよ。魔力の消費を増やし、負荷を掛けているそうです。確か、一種の呪いだって」

「それは……何故です?」

 意味がわからないといった顔で訊くオリーに、リィナはくすりと笑った。

「力加減が苦手なんですシエルテ様。いつだったか、シエルテ様が加減を間違えて山を消し飛ばしたの、あたしも見たことありましたし」

「山!?」

「はい。山頂がなくなって、ちょっと小さくなってましたね、山」

「……」

「どこまで話ましたっけ――そう。指輪と腕輪を錬金術師さんに作ってもらって。その場で魔銀の、このくらいの小さな塊を叩いて指輪の形を作って、その後、シエルテ様が紙に描いた図案をバーンズさんが小さなノミで彫り込んでいったんです。ルーペを使いながら小さなハンマーで少しずつ――っと、はい出来た」

 糸切りバサミで糸を切り、ケープから刺繍枠を外すと、リィナはオリーにケープを手渡した。

 灰色ケープの背中部分――銀糸が幾重にも重ねられて幾何学模様を描き、金糸がその周囲で“星座”を象った刺繍が施されていた。

 突然、回想が打ち切られた文句を言うことも忘れ、オリーは刺繍の美しさに眼鏡の奥で目を細めた。

「綺麗……これが『守りの刺繍』?」

「そう。ちょっと待ってて」

 そう言うとリィナはケープに手を伸ばし、刺繍に手をかざした。

「――【接続せよ】」

 リィナの言葉で刺繍が淡く光を放ち始めた。

「【我は月夜を望む者。起動せよ表された古き(しるし)十重(とえ)二十重(はたえ)に定められた路は、黒を夜の闇へと還さん】」

 刺繍の光が落ち着き、リィナはケープから手を引いた。

「これでこのケープを身に着けていれば、アイエラの街を歩いても具合が悪くなったりしないはずです」

 オリーは感動に震える手でケープを持ち、刺繍をためつすがめつする。刺繍の模様を作っている糸にも魔力が込められている。

 刺繍の周囲に、オリーにも分かるほどの魔術の気配があった。

 ――リィナが自分に魔術の才能はないと思う理由は、単に比較対象が悪いからだろう、とオリーは苦笑した。

「ありがとうリィナさ――リィナちゃん」

「ふふ、どういたしまして」

 リィナは満足げに笑みを浮かべ――ふと思い出したように部屋のドアに目をやった。

「シエルテ様、そろそろ帰ってくるかな」



 アイエラの街に出て十数分。

 迷子を探す方が面倒だと使い魔カラスのヴァイスに言われ、シエルテは部屋を取ったホテルの前で空を見上げていた。

 青空に黒いカラスの姿が現れると、羽ばたき音と共に下りてきてシエルテの肩に留まった。

「わかぁらん。古い街は積もった魔術の残骸が多すぎる」

「まあ、そうか。悪いなヴァイス」

「いんや。“こっち”で飛べるのは気分がいい」

 ヴァイスは羽根にくちばしを入れ――ふと動きを止めた。

「……なあ魔女。あのメガネとかぁいう変なものつけた娘かぁら、助けてくれって言われたわけじゃないんだろ? なんでわざわざ具合悪くなってる原因探してやるんだ?」

「ふむ……珍しくリィナが心を許している人間だから、というのもあるが、少し気になることがある」

「気になることなぁ」

「そう。そして、その確認のために魔道具屋へ行きたい」

「へー」

「だから案内を頼む」

 ぴたりとヴァイスの動きが止まった。

「オレは場所知らんが?」

「探して欲しい。確か、あっちの方だったはずだ」

 ヴァイスが、カラスらしからぬため息を吐いた。

「あのなぁ」

「古い石の家で、二階の窓が開いている。そこから客が出入りするんだ」

「相変ぁわらず人の住む街でだけ迷う困った魔女め。あー……魔道具屋なら匂いもするかぁ。わかぁったよ」

 羽ばたき、ヴァイスが飛び上がった。



 ……しばらくして。

 魔道具屋を見つけたと戻ってきたヴァイスの案内で、シエルテは無事魔道具屋の前までたどり着いた。

「……」

 歩道に立って、開いている店の窓を見上げる。

「ん? 魔女、トランクは?」

「ホテルに置いてきた」

「おいおい。箒が取り出せないと、あそこまで飛べないだろ」

「歩いて行くから問題ない」

 そう告げるなり、シエルテは何でもないように店の()()()()()()()()

「小娘の目がなくなった途端にこれだ」

 ヴァイスの嘆きなど無視して、壁を普通に歩いて登っていくシエルテの姿に、まばらとはいえ近くにいた通行人達がどよめきを上げた。

 シエルテの肩に掴まっていられずヴァイスが先に魔道具屋二階の窓枠に飛び、少し遅れてシエルテも窓枠に到着した。

 ――店内は七年前とは違い暗くはなく、平台や棚も空きが目立っていた。

「お客さんとは珍しい――あれ、アンタは」

 聞こえた男の声。

 埃の匂いがする店内でカウンターに頬杖を突いていた若い男が、シエルテを見てぱっと笑顔になった。

「やっぱりそうだ。アンタ空から港に下りてきた魔術師さんだろ」

「……ふむ」

「その顔はピンと来てないな。ほら、港から出してやっただろ」

「……ああ」

 言われてシエルテは思い出した。男はアイエラの港で会った港湾作業員だった。

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